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第139話 二度目の会談

 7月27日。リズへの対応について、マルシエル議会として決定がなされたとのことで、彼女は再び会談の場へと向かった。

 議事堂への訪問は2度目になるが、彼女は初回よりもずっと強い緊張を覚えた。自身の秘密を明かし、先方が対応を定めたという今回こそ、会談本番といった感がある。


 ただ、前回と違って、今回は仲間の同席を認められている。許可が出たというより、先方が「よろしければ」と持ち掛けてきたのだが。

 リズが仲間たちに出自や略歴まで明かしたのなら、いっそのこと同席した方が色々と話が早い……というわけだ。

 そういった合理性のためだけでなく、リズに対する配慮もあっての申し出でもあろうが。


 実際、会談の部屋に通された彼女は、居並ぶ面々を前に身が引き締まる思いを(いだ)いた。

 参加者は、まず前回同様に議長と側近の重役議員、そして秘書官の3名。加えて、今回は他の高官と思しき人物も数人参席している。

 事が事だけに、相当の立場がある面々であろうが、リズに対して威圧的なところはない。むしろ、彼らもまた、恐縮や緊張感を(にじ)ませている。

 いずれにせよ、一人でこの席に臨んでいれば、相当心細く感じていたことであろう。

 それとなく視線を向けてみると、仲間たちもやはり表情は硬く、緊張を隠せない様子だが。

 彼らを巻き添えにしていることを、リズは心の中で少し()びた。


 彼女ら、殿下御一行様が着座すると、まずは議長が口を開いた。


「今回の会談においては、国内各セクションから責任者が参加しております」


 そう言って、彼女は参加している者の名と所属を列挙していく。軍部、外交、通商、法務、情報、総務……

 多岐にわたる人員の同席に、リズは改めてこの場の重要さを痛感した。


「私共ばかりで席を埋める形となってしまいましたが、事情の重大さを考慮してのことと、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」


「はい、心得ております」


 もとより無理を言っている側というのは承知のこと、丁寧に詫びてくる議長に対し、リズも深々と頭を下げた。


 さて、さっそく会談は本題へと移っていく。

 まず、リズからの要望に、マルシエルが国としてどう答えるか。お付きの高級官僚が、場の一同に書類を回していく。

 それを確認しながら、議長が内容に触れていった。


「殿下が手ずから拿捕(だほ)してくださり、我が国へとお持ちくださった船舶につきましては、その所有権を認めます」


 これは、ある程度は想定通りではあった。

 今回の会談に至る前、観光や情報収集の合間に、リズたちは例の海戦に係る聴取に応じていた。航路を同行したルグラード海軍及び商船と利用者たちの証言もあり、聴取自体は何の問題もなく終わっている。


 その過程で知ったのは、海賊から船を奪い取った場合の通例についてだ。

 海賊船がもともと盗難船であったなら、まずは国に引き渡され、本来の持ち主を調査するところから始まる。マルシエルが海難への保険から始まった国という背景もこともあってのことだ。

 この場合、船を確保した者には、国と被害者の協議の上で報奨金・謝礼金が支払われることになっている。


 一方、海賊船がもともと海賊本来の所有物であった場合、奪い取った者にそのまま所有権が認められる。

 では、リズたちのケースだが……もともとの所有権者に関し、その事実調査が実にスムースであった。犠性者が少なく、下っ端の船乗りたちは協力的だったからだ。

 結果、最初から海賊が所有していた船舶だと、早期に確認が完了。拿捕にあたって大きな働きをしたリズたちに、その所有権が移行したというわけである。

 そうした慣習について、あらためて、通商と法務の高官から説明がなされていった。


 次いで、今回の所有権公認に関しての補足事項がいくつか。

 まず、得た船の扱いについて。必要があればマルシエルとしてもある程度は協力する用意がある。

 例えば、必要最低限のメンテナンス作業と、その費用。競売にかけて現金化するのであれば、諸々の手続きと手数料。

 そういった諸々については、国として面倒を見るというのだ。


 ありがたい申し出ではあったが、予想外と言うほどのものではない。手厚い対応に、リズは腑に落ちるものがあった。

 おそらく、自分たちがスムーズに出国できるのなら、それに越したことはないのだろう。

 それをあえて口にする彼女ではないが……先方は、ある意味では誠実だった。外交部門の高官という年配の男性が、咳払いの後、周囲を一瞥(いちべつ)して言った。


「言わば、殿下が足を得るための庶務につきましては、国として手助けさせていただこうという考えです。殿下のご滞在が続くことに対し、お互いに危ぶむものはあるものと思われますので……また、ハーディングの件では我々も恩恵を被っております。ささやかながら、その恩返しにという意味合いもございますが」


 少し遠回しな表現をされたとは言え、その意図するところがわからないリズたちではない。参席者の理解力を考慮すれば、むしろ十分にストレートな物言いとさえ言えるかもしれない。

 相手方の本音は予想できていたつもりだが、実際に耳にするとは思わず、リズは少し面食らった。

 しかし、隠されなかったおかげで、マルシエルのスタンスがより鮮明になった。それはそれで、望ましくはある。


 先の発言を、マルシエル側が申し訳なく思っているであろうというのは、彼女にもよくわかった。そういう空気感がある。

 ただ、謝られるべき事項は、また別にあった。引き続き、外務高官が口を開く。


「マルシエル国旗の掲揚につきましては……殿下にラヴェリアからの接触があった際、重大な事態へと発展する懸念があり、我が国としては認可できないという結論に至りました」


「もとより、その考えでした」


 実際には……政府との接触なくマルシエル国旗の掲揚許可を得ていれば、それがベストであった。

 だが、こうして(つな)がりができてしまった以上、ラヴェリアが外交的に探りを入れてきた場合、そこから予期せぬ事態へと発展していく可能性はある。そういうリスクは、リズとしても避けたいところであった。

 よって、国旗掲揚の不許可は、もともと覚悟していたことではあったが……「最初からそのつもり」というのは、やはり強がりという部分もある。


 一度書類に視線を落とした後、リズは仲間たちに目を向けた。場の空気に慣れたのか、いずれも落ち着いたものである。

 旗の件に関しては、特に強い意見など無いらしく、三人とも粛々とこれを受け入れる格好だ。


(とはいえ、何かしらの旗があれば……)


 旗なしの船は、おおむねワケありの船として扱われる。リズの船であれば、まったくもってその通りのワケありではあるのだが……旗なしというだけで、航行上のリスクが増す。

 となると、やはりいずれかの公的機関に認められた、何らかの旗が欲しいところ。


 さすがに、海洋国家マルシエルも、船を持つ者の心情は手に取るようにわかるようだ。新たに書類が回され、今度は法務部門の中年女性が口を開いた。


「マルシエル国旗の代わりとして、協商圏の公認旗はいかがでしょうか」


 とはいえ……リズたち四人は、若いなりに物知りな部類ではあるが、海洋国家に詳しいわけではない。

 そこで、協商圏という概念について、簡易な説明が始まった。

 協商圏というのは、マルシエル諸島を中心に存在する複数の海洋国家で構成された、一種の連盟である。


 さて、マルシエルは強大な国だが、そうでもない島国も多い。そういった細々とした国の旗を掲げるより、協商旗を掲げる方が、いずれにとってもわかりやすい。

――ということで、単体で通じるマルシエルはともかく、協商圏内の国々は、自国の旗よりも協商旗を勧めているという現状がある。


「協商旗も、実際には各国の国旗に準ずる身分の保証能力がありますので、公認には相応の審査が必要なのですが……」


 法務の高官は、そこで口を閉ざして茶を濁す態度を取り始め……「働きかけましょう、ということです」と、議長が苦笑いで言葉を継いだ。

 協商旗の掲揚許可を下すための組合は、協商圏内にいくつか存在する。もちろん、マルシエルにも。そこに、政府の力で許可を通させようというのだ。


 説明の後、リズは複雑そうな法務高官に目を向けた後、深く頭を下げた。

 マルシエル政府との接触は避けつつ、それでも公権力の認可を……と考えた場合、協商旗はちょうどいい落とし所である。マルシエル国旗よりも自然に映るだろう。

 とはいえ、ラヴェリア外務省の姉からすれば、協商旗はバレバレのかく乱でしかないかもしれないが……確証もないままに突っ込める案件でもないはず。

 この提案を、彼女は妥当なものと認め、改めて口を開いた。


「ご面倒をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 船は得た。旗も、どうにかなる流れだ。思いの外、会談がうまく運んでいる。


(後は、船のクルーかしら……)


 安堵の中で、そんなことをふと考えたリズだが……話はまだ終わっていなかった。


――というより、マルシエルにとっては、これからが本番というべきか。


 再び新たな書類が回り、リズはそれに視線を落とした。

 事業委託提案書とある。

 要は、マルシエルから彼女に対し、任せたい仕事があるということだ。

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