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第138話 権力者たちの思惑②

 7月22日。マルシエル本島、議事堂にて。

 議会を構成する議員は、多くが有力商会の出のような名士だ。中には一代で財を成したという成功者も。いずれもが、同業者をはじめとする国民からの信認を受け、この座を勝ち取ってきた者たちである。

 しかし、生き馬の目を抜くような商業国家で議席にまでのし上がってきた猛者たちも、今回の議題には緊張感に満ちた表情で臨んでいる。


 大列強ラヴェリアの王族、それも廃嫡された王女にして次期継承権争いの標的という人物が、この国に来訪したというのである。


 議会招集にあたり、事前に簡単な通達こそあったが……改めての状況説明に、議席はざわついていく。

 だが、そもそもの真偽を疑う声は上がらない。例の会談では他ならぬ議長が応対し、秘書官に加えて別の有力議員も同席していた。さらに、禁呪を用いての確認まで行っている。

 継承競争というものの実在を、疑わしく思う議員もいるが……議員一同に配布された書類には、歴史学や政治学等の有識者の所見が記されている。過去の事例から推察するに、ラヴェリアでは継承権争いが通例化している可能性が高い、と。

 この見解について、若い世代の議員を中心に、それでも少し腑に落ちない様子を見せる者が散見されるものの……とりあえず、例の人物がラヴェリアから追われる立場にあるという前提の元、会議を進行することに。

 進行役を務める、中年の男性議員が、落ち着き払った様子で最初の議題を口にした。


「まずは、(くだん)の人物について、その呼称を定めたいと思います」


 議会としての統一された呼称には、会の進行上以外にも、どういったスタンスで付き合っていくかという、議会の方向性を定める象徴的な意味合いがある。

 重要な議題ではあるが、特に紛糾することなく、全会一致で決定がなされた。


「では、エリザベータ・エル・ラヴェリア嬢について、本議会は殿下と呼称することに決定しました」


 これは、自然な流れではあった。

 まず、廃嫡された王女という話ではあるが、今回の訪問自体は非公式なものだ。ラヴェリアに対して配慮する必要はない。

 また、このマルシエルという国は、その成り立ちからして王侯貴族というものを持たない。そのため、廃嫡された他国の王族相手に殿下という呼称を用いても、難色を示すような身内はいない。

 結局は、この国の価値観において、リズが殿下と呼ばれるにふさわしいかどうかという点に集約される。


 その点で言えば、この国は彼女に対して相当の恩義があった。革命における多大な貢献により、商売相手は秩序を取り戻し、さらには近隣諸国が協調する流れが構築されたのだ。


――そういった恩を考慮しても、どこまで肩入れすべきかは、慎重な討論を要する事項だが。


 では、エリザベータ殿下の来訪に対し、マルシエル議会はどのように対応するか。議員の一人が問いを発した。


「殿下からのご要望について、改めて確認したいのですが、亡命ではないと」


「はい」


 質問に対し、議長の秘書官が書類片手に答弁していく。


「殿下ご自身、我が国には長く留まれないとお考えです。ご要望としては、殿下ご自身が船を所有するために、諸々の許諾をもらえれば……とのことです」


「……ということは、こちらに着くまでに拿捕(だほ)したという海賊船も、そのおつもりだったと?」


「はい」


 その会談に同席していた秘書官は、実にあっさりした様子で答えた。

 しかし、これが初耳の者にとっては、驚かされる事実だったようだ。議場が少しざわめいていく。


「いやはや……すさまじい行動力ですな」


「まったく。他国の革命を助けたと思えば、次は賊から船を奪い取るとは」


 この場に集う面々も、何らかの形で身を成した者ばかりである。年齢性別の別なく、いずれも相応のバイタリティを備えているのだが……

 商魂たくましい議員たちも、リズの働きぶりには舌を巻いた。

 しかし、話はこれで終わりではない。継承競争で付け狙われている彼女は、実際には裏で想像以上の事態を切り抜けている。

 そこで、ラヴェリア側の動きの傾向を把握し、この場で共有するという意義もあって、秘書官が各事例について触れていった。


 まず、今までで一番大きな仕掛けは、第五王女レリエルが召喚・使役したという、魔神アールスナージャによる襲撃。

 しかし、この襲撃に先立つモンブル砦の確保において、革命勢力は死霊術師(ネクロマンサー)の関与を認識していた。魔神襲撃は、この下手人の背景となる組織に嫌疑をなすりつける格好になっている。

 事実、当事者からの証言を得るまで、マルシエル諜報部と議会は前述2件に関連性があるものとして事を認識していた。


 次いで大事(おおごと)になりかけたのが、第四王女ネファーレアによる、《インフェクター(汚染者)》を刺客とする攻撃。

 この件について、マルシエル諜報部は把握していなかった。別大陸の、それも長閑(のどか)な農業地帯という、普段は注意を向けない地域での事件だったためだ。

 また、悪名高い魔剣が動いたとはいえ、ある程度は手綱を握っていたようで、人畜への被害は些少。リズが早めに動き出したということもあって、あまり深刻化することなく解決を見ている。


 他に大物が動いた事例としては、第三王女アスタレーナ――というより、ラヴェリア外務省公認での、サンレーヌ会戦への関与がある。

 この件については、リズの命を狙うどころか、革命への手助けであった。


 いずれの件も、関わった当人たちが、事の露見を避けるように動いていた節が見受けられる。その点を、秘書官が指摘した。

 そうした一連の事象のおさらいの後、はたと気づいた議員が声を上げた。


「第一王子、第二王子両殿下の動きが見られませんな」


「エリザベータ殿下の話では、ラヴェリアから出る前に攻撃が二回。おそらくは、両殿下の手の者が動いたのでは、とのことです」


「なるほど……両殿下は軍属であらせられる。国内ならばともかく、出てからは動きづらいと」


「ラヴェリア主戦派との兼ね合いもあるのでしょうな」


 それぞれの立場を踏まえて、実際に起きた事象に思考を巡らせると、事の真相がおぼろげながらも浮かび上がってくる。


 では――マルシエルとして、具体的な方策は?


 それを定める段に入ると、議員たちは、にわかに慎重さを見せて口を閉ざした。事の重大さを理解するがゆえの沈黙であろう。

 しかし、慎重さが求められる議題ではあるものの、可能な限り早くに結論を出さねばならない。ラヴェリアが、リズとの接触を把握していないとは限らないのだ。

 そこで、総責任者たる議長は、リーダーシップを発揮した。とても受け入れられないような案でも、構わず俎上(そじょう)に載せて、まずは議論を促していく。


「たとえば、何らかの手段で殿下を捕縛し、ラヴェリアに突き出すというのは?」


「正気ですか!?」


 若手議員から義憤を感じさせる鋭い声が飛ぶも、議長は彼の反応に、むしろ好感触を(いだ)いた。丁寧な所作で手を向け、言葉の先を促していく。

 ややあって、考え込んでいた彼は口を開いた。


「さすがに、国として恩がある相手を売り飛ばすのは……それに、殿下がこちらへ来られた件は、ハーディング新政府も把握していることと考えられます。かの人物を我が国が損なったと知れれば、外交において深刻な影響があるのでは」


「信義を失う形になるだろう。“付き合いやすい大国“としての地位が損なわれる恐れもあるな」


「ラヴェリアに売り渡す格好になったとして、先方が喜ぶかどうかも微妙ではありませんか? 他国で殿下が逃げ回っているからこそ、継承権を巡る競争が成立しているものと考えられますが。その標的を我が国が提供したとして、それは競争の本旨を理解しない……いわば、ありがた迷惑と捉えられる可能性も」


「そもそも、我が国の兵で容易に捕縛できるようなお方ではないからこそ、政府としての接触を図ったということもあるのでは……」


 と、横合いからも言葉が飛んで、議論が活発なものに。

 これは、議長の思惑通りであった。反発しやすい案であればこそ、それぞれがこぞって意見を表明する。まずは、互いの見解を汲み上げることだ。

 一通りの意見が出尽くしたあたりで、議長は生贄となった最初の案を取り下げ、次の案を提示した。


「では……殿下は、我が国から出ていこうというお考えをお持ちですが、逆に我が国が殿下を(かくま)い、ラヴェリアと対立するというのは?」


「いちいち極端ですな……」


 議長とは付き合いも長い年配の議員が、呆れたような顔で口にした。やや棘のある言葉を、皆に聞こえるような大声で。

 無論、議長はこれに嫌な顔一つせず、旧友に柔らかな笑みを向けた。これを受け、彼は少し考え込んだ後、所見を口にした。


「いかに国家として恩がある相手とはいえ、ラヴェリアと事を構えるリスクまでは負えないものと考えられます。そもそも、これはラヴェリアを仮想敵国の枠に加える覚悟が必要な案と思われますが……あえて、敵を増やすこともないのでは」


 これに続き、他の議員も否定的な意見を口にしていく。


「ハーディングにおける革命の前後で、他に不穏な動きを見せる国もあった。ラヴェリアとの摩擦を増すのは、他の方面への負担を増やす悪手と思われるが」


「我が国が明確なアクションを取ることで、例の継承競争が表面化する懸念もあります。事が明るみになった際の国際的な衝撃は、想像を絶するものになるのではないでしょうか」


「それに……継承競争に道義・人倫上の問題がないとは申しませんが、結局は他国の王室典範に関わる事項です。殿下を匿うのは、ラヴェリアの国体と主権に対する、深刻な侵害行為と受け取られませんか」


 このマルシエルという国は、思想的にはだいぶフラットな国である。平和にお付き合いできる国であれば、その内情が独裁的であろうと民主的であろうと、特に干渉しようとはしない。

 早い話、通貨と話が通じるのなら、この国にとっては商売相手である。

 よって、他国がどのように王を決めるか、あるいはどういう王に仕えるべきとしているか。その国民意識に踏み込もうとはしないし、そういった干渉をむしろ毛嫌いする傾向すらある。

 そういった観点で言えば、リズを保護するという案は、ラヴェリアの価値観に対する明確な敵対行為と言えた。マルシエルの価値観に沿うものではない。


 こうして、保護案も完全に否決された。となると……


「殿下のご意向通り、やはりここから出発していただく、と」


「そうなりますが……関係を持ち続けるべきかどうか。陰ながら支援するか。()が起きた際、我々はどのように振る舞うべきか……」


 国から出ていってもらうとしても、まだまだ議会として定めるべき事項はいくらでもある。それらを議長が列挙していくと、議場は静まり返った。

 とはいえ、沈鬱さはそこにはなく、いずれもが真剣に事に向き合う姿勢を見せている。ここでの決定が、マルシエルの未来を左右するかもしれない。そういう認識が共有できているのだろう。

 仕事仲間である議員たちを見回した後、議長は一つ、自分の見解を口にした。


「殿下が来られたことで、我々はこうして議会を開くに至りました。厄介事を持ち込まれたとお考えの方も、おられるかもしれません。ですが、私の考えは、むしろ逆です」


「逆とおっしゃいますと?」


「殿下の証言がなければ、我々が知らないところで継承競争が進んでいたことでしょう。関与する、しないは別にしても、そのような重大事が水面下で動いているなど、考えるだけでも恐ろしいではありませんか」


 この言葉に、多くの議員は無言でうなずき、賛意を示した。議席に上がる前も上がってからも、情報の価値は痛いほどよくわかっているのだ。

 こうした反応を認めた後、議長は言葉を結んだ。


「ご証言にあたっては、相当の勇気を要したことでしょう。そのおかげで、これからの我々は救われるのではないか。私はそう考えます」

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