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第137話 権力者たちの思惑①

 7月22日夕方。ラヴェリア聖王国、王城内。

 第三王女アスタレーナの招集による継承競争会議が、今から始まろうとしている。

 しかし、全員がこの場に集ったわけではない。部屋はいつもと違い、薄暗い中、部屋の中央には大きな魔力の球体が浮かんでいる。

 そこに映し出されているのは、第六王子ファルマーズの姿。紺の陰影で描き出される弟の映像に、第四王女ネファーレアは(いぶか)った。


「お姉様、これは一体?」


 彼女の疑問も、無理はないことだ。次なる王権を占う継承競争の会議に、末弟は遠隔地から参加するという。

 つまり、この会議を差し置いてでも、外せない用事があるというわけだ。

『僕から言おうか』と本人が持ちかけるも、司会者たるアスタレーナは首を横に振った。


「会の進行もありますから、私が説明します。我々から振った案件でもありますので」


 彼女の発言に、他の継承者とその側近たちが、わずかに反応した。静けさと緊張の中、彼女は事情の説明を口にしていく。


 国際的な重大事と言えば、ハーディングで生じた政変が挙げられるが、別の大陸ではさらに深刻な問題が発生していた。

 飛行船の墜落事故である。

 魔法技術の粋を尽くして作られる飛行船は、所有する各国にとって、国力の象徴でもある。それが墜落するというのは一大事だ。

 そのため、これまでに生じた墜落事故は、各国が隠蔽してきたという。遺族向けには、客死した、あるいは空港内での事件に巻き込まれた等の説明で。

 しかし……ここ数年で生じた墜落は、最近発覚した分だけでも10を超えるという話だ。露見していない分を加味すれば、総件数は更に増えるだろう。

 世に飛行船が現れて以降、ほとんど問題がなかったというのに、だ。

 技術的には各国で共通する部分も多く、さすがに当事国だけの問題として片付けるわけにはいかない。

 一方で、世間に情報が出回れば、飛行船という産業に対する大打撃となりかねない。当事国のメンツというものもある。


「……というわけで、この件は各国の通商及び技術関係者の、ごく一部にしか知られていません。決して他言しないように」


 釘指す妹の言葉に、第二王子ベルハルトが「それはもちろん」と答えた。


「それで、ファルは事故の調査を?」


「はい。国名は明かせませんが……先方の外交筋より協力依頼があり、外務省と技術省連名で承認しています」


 幸いにして、ラヴェリアの飛行船が落ちるという事態には陥っていない。

 だが、他人事とも言い切れない。相手からの要請は、むしろありがたくもあった。当事国との関係強化にも役立てられるだろう。

 しかし……


(ラヴェリアの飛行船が落ちていないのは、避けられているだけかも……)


 調査部門に先入観を与えまいと、口にはしないでいたが、アスタレーナは墜落に対して事件性を感じていた。

 それまで安全だったものが、急に落ち始めているのだ。これは、背後で何らかの動きがあるのではないか、と。

 ただ、アスタレーナは、そうした疑念を口にしないでおいた。確かな証拠もない中で言うことではないし、そもそも、この場はそのための討論会でもない。


 末弟がこの場にいない理由について、説明を受けた継承権者は、いずれもが了承した。

 もっとも、継承競争に深く関わる法務省として、第五王女レリエルは複雑な思いを(いだ)いているようだが。


「さすがに、出向いた状態で挑戦権は行使できませんね。かといって、呼び戻すのも先方に対して無礼ですし……心苦しくはありますが、今回は致し方ないでしょうか」


『まぁ……どうせ挑戦権、まだ使わないと思うし。こちらのことは気にしないでほしいな』


 エリザベータの状況をうかがい、機を見計らって動くという他の兄弟と違い、技術部門を代表するこの末弟は、手掛けている魔道具の完成を以って動き出すという。

 そういったスタンスはすでに知れたことであり、会議に直接参加できないのも、ある程度容認できることではあった。


 さて、話はいよいよ本題に。自然と場が静まり返る中、アスタレーナが口を開いた。


「エリザベータがハーディング領トーレット港から発った件は、すでに承知かと思いますが……」


「足取りが(つか)めたのか?」


「はい。先日、マルシエルに到着したとのこと」


 彼女がそう言うと、室内が少しどよめいた。

 それぞれの側近たちが緊張を示す中、兄弟の多くは落ち着いたものだが……ネファーレアは苛立ちと焦燥が(にじ)み出ているようだ。

 そんな妹を一瞥(いちべつ)した後、アスタレーナは少しの間、口を閉ざし……

「悪い知らせがあるようだな」と、どこか楽しそうなベルハルトに、彼女は苦笑を返した。


「マルシエル本島へ向かったと、現地要員からの報が」


 これには他の兄弟達も驚いた。話の先を促した兄も、目を白黒させている。


「いやぁ、早いな。政府への接触は?」


「そこまでは……防諜が堅固な国ですので、本島まではさすがに」


「革命の件もありますから、普段にも増して警戒はあるでしょうね」


 助け舟を出してきたレリエルにうなずき、アスタレーナは外務省諜報部としての立場から、状況を話していく。

 ハーディングの件に関しては、マルシエルも最初から革命に協力的だったわけではない。現地情報の収集を主目的に、機会主義的に立ち回っていた部分は大きい。

 だが、事の発端であるラヴェリアの持つ負い目に比べれば、何ということもない。

 つまるところ、現状の国際協調の流れの中で、ラヴェリアには明確な失点があり……大列強としてのプレゼンスにおいて、少し尻に敷かれる状況にあるという。

 そのため、もとより国内防諜が強固なマルシエルで、要員を自由に動かすのは難しい。何かやらかせば、外交的には相当の痛手となるのは疑いないのだ。


「……ですので、すでに現地での地位を確立した現地要員からの、日常的な観察と定時報告。これぐらいが、現時点での諜報の限界です」


 アスタレーナは頭を下げたが、ここで不平を漏らす者はいない。上向きにツバを吐くような行為だからだ。

 それに、他に聞くべきこともある。落ち着いた様子の長兄ルキウスが尋ねた。


「マルシエル政府からの動きは?」


「いえ、今のところは」


「さすがに無いか……」


 本島へ向かったという報告を信じるならば、そこで何があったのか。継承競争の今後を考える上でも、極めて重要な事項だ。

 しかし、事の重要さとは裏腹に、ベルハルトが余裕のある態度で口にした。


「庇護を求めに行ったって可能性は、まずないと思う」


「理由は?」


 尋ねてきた兄に対し、ベルハルトは少し居住まいを正し、相手をまっすぐ見据えて言葉を返していく。


「あの革命の中で他国を巻き込む機会は、いくらでもあったと考えます。新政府樹立後も、ハーディングを盾にとってエリザベータが顕職に就くようであれば、こちらとしては手出しが難しくなっていた。結局、巻き添えを避けて身を引いたのでしょうが……ならば、マルシエルならいいのかというと、そういうヤツでもないでしょう」


「なるほど……では、どうしてマルシエルに?」


「こちらに対する抑止では? 国外へ出たエリザベータに対し、こちらが足取りを追えなくなる程度の国であれば、それはそれでよし。仮にマルシエル到着を確認されようと、政府へのアプローチを(ほの)めかせば、こちらとしては動き出しづらい」


「では、本島へ向かったというのは、単なるブラフと? 実際、特定の建造物以外への訪問は、海外からの一般人も可能なはずです。見せかけるだけならば、問題はないものと思いますが」


 レリエルが横合いから口を挟み、ベルハルトは腕を組んで考え込んだ。そして、司会へ向き直り、一言。


「こちらから、政府への働きかけは?」


「まさか」


 ありえない提案というのは、本人も察していたのだろう。彼は短い返答に困ったような笑みを返した。

 もっとも、こういった場では考えを――口にしていいものは――明言すべきではある。アスタレーナは先の言を補足した。


「こちらから働きかければ、先方にかえって怪しまれる懸念がありますので。接触を匂わせることでこちらを動かし、裏目を出させようという罠かもしれません」


「しかし……では、こちらからは特に何も、打てる手がないということですか?」


 どこか陰のあるネファーレアの問いに、アスタレーナはうなずいた。

 事を急ぎたがる妹の気持ちは、彼女にも理解できた。ここで手出しできないまま、時間を浪費することになっては……

 さりとて、拙攻に走ってしまうわけにも。動き次第ではヤブヘビとなりかねない。

 彼女は渋面で口を閉ざし、考え込んだ。自然と、場の空気も重いものに。

 そんな沈黙を、ベルハルトが破った。


「レナ。話は変わるが、海賊連中の動きは?」


 兄からの問に、彼女は「相変わらずです」と答えた後、そこまで事情に明るくない他の面々のため、もう少し話を付け足していった。

 トーレット開港以降、かの港から発つ外洋への航路では、海賊の出現が相次いでいる。

 ただ、ラヴェリア国内では、その事がほとんど知られていない。

 もともと、ラヴェリア国旗を掲げた船は、狙われにくくはあった。ただ、最近は以前にもまして、海賊から避けられる傾向にある。

 それだけ、最近再開したばかりのトーレットからの航路に、海賊たちが群がっているということでもある。


 つまり、ラヴェリア国民にとって、海賊に襲われるというのは他人事であり……

 しかし、外務省の人間にとっては、決して他人事ではない。

 もしかすると、外征担当の将帥にとっても。室内の一同を見回し、ベルハルトは言った。


「ちょっと、海賊退治にでも出かけようと思う。そうだな……1ヶ月ぐらいか」


 この意図をすぐさま察し、レリエルが彼に問いかけた。


「その海賊退治の最中、エリザベータお姉様に出くわしたら、それはお兄様の獲物と?」


「話が早い」


「では、挑戦権を今から行使するというお考えですか?」


「それなんだが……実際、どうなんだ? あくまで、私が出撃するのは別件のためであって、偶発的に出くわしたら交戦するという程度の考えなんだが。これでも、挑戦権の行使は必要なのか?」


 強く詰問するでもなく、単に個人的な疑問といった風に、ベルハルトは問いかけた。


 実際、継承競争における各種の取り決めは、かなり曖昧に作られている。法務省のレリエルが起草し、兄弟がそれを承認したのだが……

 堅物の妹にしては緩いルールのあり方に対し、アスタレーナには、いくつか理由として思い当たるものがあった。

 まず一つに、細部まで厳密化することで、継承権者が自縄自縛に陥りかねない恐れがある。あまり長引かせたくない争いであり、ルールに起因する停滞は望ましくない。

 別の理由に、レリエル自身の公平性の精神もあるだろう。ルールの厳密性が高まれば、起草者有利に傾くのではないか、と。

 そしてもう一つ。ルールの厳密性、それに罰則規定まで加わった時――


 継承権者同士で、相手を罠にハメようという暗闘が生じるのではないか。


 口にすれば、かえって兄弟の和を乱しかねない。明確に悪化するまでは、とりあえず様子見に徹する考えのアスタレーナだが……彼女は、緩いルールの不備を問われたレリエルを見つめ、一人気を揉んだ。

 少しの間、張り詰めた緊張感が室内を満たし……やがて、レリエルが口を開いた。


「遭遇する蓋然性が高いものと見込んでの出撃であれば、やはり挑戦権の行使は必要と思います。でなければ、外務が多いお兄様方が有利になり過ぎるのでは」


「ああ、やっぱりか……」


「偶発的遭遇というのであれば、例えば……お兄様が挑戦権を行使した上で、ファルマーズのところにエリザベータお姉様が出現し、交戦状態に入った。そういう状況であれば、お兄様を差し置いての、挑戦権行使無しでの交戦も、正当なものと思われます」


『カンベンしてほしい』


 末弟が心底困った風に口にし、場の空気は少し(ほぐ)れた。

 結局、レリエルによる裁定について、持ちかけたベルハルトは異議を申し立てることなく、素直に了承した。


「いやぁ、面倒な話を吹っかけて悪かった」


「いえ、いずれ表面化していたであろう問題だとは思います。お兄様が提起してくださって、むしろ助かりました。エリザベータお姉様が海外へ出られたことで、状況も大きく変わったように思います。現行のルールに、若干の手直しは必要かもしれません」


 淡々と口にする生真面目な妹に、長兄がうなずき、「少し考えてみてくれ」と依頼した。


 こうして、第二王子ベルハルトが正式に挑戦権を行使。向こう1ヶ月間、他の継承権者への偶発的遭遇がない限り、標的を優先的に狙う権利を得た。

 ただ、話はまだ終わらない。ベルハルトは末弟に対し、人の良さそうな笑みを浮かべて頭を下げた。


「なぁ、試作機を貸してくれ」


『魔導船の?』


「もちろん。一番速い奴がいい」


『……最初っから、これを当て込んでた?』


 あくまで競い合う相手に対して、協力を要請してくる兄に、末弟は呆れたようなため息をついた。

 そして彼は少し悩み、ルール担当者に尋ねた。


『姉さん。僕が協力するのは、ルール上問題ない?』


「挑戦権の譲渡は認めていませんが、それ以外の協力であれば。それに……」


『何?』


 珍しく言い淀んだレリエルは、アスタレーナにチラリと視線を向けた。そして……


あくまで(・・・・)、海賊退治が目的ということですから……技術部門が手を貸すことで、海の平和により一層の貢献できるのではないかと」


『なるほど。世間的にも良いこと、と』


「そういうことだ」


 妹からのフォローを受け、やや調子づいている兄に、末弟は困ったような笑みを向けた。


『わかった。僕の裁量が許す範囲で、承諾するよ。海賊退治って名目であれば、みんな文句は言わないはず。ただ……』


「ああ、わかってる。壊さないように気をつけるって」


『ほんとに、わかってんのかなぁ……』


 それなりに年が離れた兄弟のやり取りに、場の空気が砕け、ちょっとした含み笑いも。

 兄弟の仲がシリアスになりすぎないのは、この次男坊の人徳とも言える。周囲と同様に少し顔を綻ばせながら、アスタレーナは兄に対して、感謝にも似た気持ちを抱いた。


――その一方で、父を同じくするあの妹に対し、名状しがたい感情を覚えもしたが。


 それから少しして……魔力の球に映し出されたファルマーズが、何か考え込む様子を見せた。それにつられ、砕けた空気も引き締まっていく。そして、彼は言った。


『貸した船だけど、別に壊してもいいよ』


「そういうつもりはないんだが……」


『いや……完璧な技術なんて、無いって思ってさ。少しぐらい故障した方が、かえって勉強になるとも思う。人的被害が出なければ、それでいいよ。帰ってきたら直すから』


 他国へ事故調査に向かっている、この末弟の思慮ある発言に、室内は静まり返る。そんな弟を見て誇らしげに、ベルハルトは何度かうなずいた。


「立派な弟を持ったもんだ」


『兄さんは……まぁ、嫌いじゃないよ』

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