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第135話 マルシエル観光①

 会談の翌日、7月21日早朝。立派な寝床の中で、リズは目を覚ました。

 どうやら、いつの間にか眠りに落ちてしまっていたらしい。借り物のフォーマルな装いのままだ。とても、就寝に使って良いものとは思えず、彼女は申し訳無さと恥ずかしさを同時に覚えた。

 そして……壁に向いたまま寝入っていた彼女は、振り向いてみるのに若干の勇気を要した。

 振り向いて、それからどうするか。


(まさか、それぞれの部屋に訪ねてみるわけにも……)


――とは思ったものの、自分が捨てられていないか確認するのが、三人の顔を見に行くのが、彼らに対する素直な気持ちではないか。

 今更取り繕うという自分を、むしろ恥ずかしく思い、彼女は意を決した。上体をゆっくりと起こし、部屋の内側へと向き直る。


 杞憂であった。


 彼女のベッドのほど近く、三人が床で雑魚寝しているではないか。三人とも、国賓の連れという扱いであり、それぞれにきちんと部屋が割り当てられているというのに。

 この、仲間たちの穏やかな寝顔を見つめ、リズは胸が締め付けられる思いだった。

 どうして、各自の部屋で寝ていないのだろう。彼女は考えた。


 自分が聞いていないところで、何か話し込んでいたのかもしれない。

 自分の寝顔を見ようとしていたのかもしれない。


 ただ……彼らの姿を認めたときに生じた強い安堵が、一番の答えではないかと、彼女は思った。

 起きたときに不安にならないよう、(おもんぱか)ってくれたのではないかと。


 普段は抜け目なく、ほとんど隙を見せない仲間たちが、今では安らかに静かな寝息を立てている。

 寝顔を見ている内に、穏やかな心持ちになっていったリズは、仲間たちを起こしてしまうのをもったいなく思った。できる限り音を立てないように、寝床から身を滑らせていく。

 床に腰掛けた彼女は、優しげな顔になって、ただ静かに三人を見つめた。


 安堵の後には、責任感がやってきた。単に、喜んでばかりはいられない。

 マルシエル側は、少なくとも今のところは、手荒な真似をせずに客として扱ってくれている。そのことへの恩は確かにあるが、今後のやり取り次第で、どのように転ぶかは不透明だ。

 この先を思うと、やはり楽観視はできない。

 それでも、あの会談のときよりずっと気持ちが楽なのは、やはり……


 すると、三人の内、アクセルが最初に目を覚ました。


「おはよう」


「……お、おはようございます」


 雇用主が体育座りでそばにいることに、彼は少し呆気にとられたようだ。戸惑いを見せる彼に、リズは微笑みかけた。



 マルシエル議会がリズたちの扱いをどうするか、一週間以内には結論を出すという話だ。

 結論が出るまでの間は、とある議員が招いた客人という扱いに。滞在中の行動の自由は、よほどの野放図でなければ認められる。

 つまり、一般的な観光の範疇(はんちゅう)であれば問題ない。

 監視も兼ねた要員が帯同することにはなるが。


 リズたちの身支度が終わり、市街への外出の準備を整えたところで、護衛兼案内係の女性が入室。

「ご滞在の間、どうぞよろしくお願いいたします」と、彼女、セリア・メルカデルは頭を下げた。

 日に焼けた褐色肌、背はスラリと高く、キリッとした目つき。落ち着きと自信を感じさせる(たたず)まいの彼女に、リズはにこやかに「こちらこそ」と返した。


 挨拶の後、一行は迎賓館から出ていった。まずは本島から別の島へ向かうため、港へと足を運んでいく。

 しかし……港へ向かう道すがら、ニコラがセリアに問いかけた。


「やはり、この四人で固まっていないと、よろしくないでしょうか?」


「いえ……お連れ様が別行動される分には、特に問題ないものと伺っておりますが」


 セリアがついているのも、国としてはあくまで念のため程度の考えらしい。

 それだけ、リズたちへの信用と、国内の治安への自負があるということだろう。

 話題を持ちかけたニコラは、少し困ったような微笑を浮かべ、先の問いかけを補足した。


「まずは服屋にと思いまして。ただ……」


「ああ、わかった。長くなるんだな」


「みなまで言わずとも」とばかりに、マルクが口を挟んだ。

 初日から早々、別行動になりそうな一行。仲が悪いというわけでもなく、むしろ理解があるというべきか。セリアは苦笑いし、男二人に声をかけた。


「合流に手間取ると、少し面倒なことになるかもしれません。別行動される際、何か目的地があればお伝えいただければ」


「それはもちろん。念のための集合場所も、事前に定めておきましょう」


 客人の話の早さに、案内係は少なからず安心を覚えているようだ。そんな様子を認め、リズもホッとする思いだった。



 行政機能等が集中する本島から離れ、一行はマルシエル諸島でも面積の大きい島へ。

「出世頭」などと言われるその島は、諸島内でも最大の商業地区が存在する。国の内外から大勢が集まるという、商人たちにとっては憧れの地でもある。

 港から出ると、さっそく、活気に満ち満ちた空気が一行をお出迎えした。

 街行く人々の格好は、実に国際色豊かだ。露出が少なく白い装いの現地民が一番多いが、他国からの客人も相当の数がいるようだ。


 島の遠方には立派な橋が見え、そこから(つな)がる別の島には、飛び立っていく船の姿が。

 さすがに大列強ということもあり、飛行船が当たり前のように飛んでいる。リズを追い出した王都でも、同じように飛んでいたものだ。

 人混みを前に、リズが飛行船をぼんやり見つめていると、セリアは随分ときまり悪そうな顔になって()びを入れてきた。


「申し訳ありませんが、今回のご滞在で空港へは……」


「……ああ、いえ、お気遣いなく」


 今のリズを空港に行かせるのは、やはり色々とよろしくはないのだろう。

(変に気を遣わせてしまったかしら……)と、彼女も少しバツの悪い思いを(いだ)いた。


 その後、事前の話通り、女性陣と男性陣で別れて行動することに。「迷子にならないようにね」と口にしたリズに、青年二人は苦笑いした。

 確かに、目の前の商店街は相当な盛況ぶりだが……仮にも、諜報員としてやってきた二人が、互いを見失って迷子になることもあるまい。

 冗談交じりの心配に小さく手を振り、二人は人混みの中へスッと消えていった。


 そんな中、一行の中でも割としゃべる方のニコラは、静かに人混みを見つめていた。変装のための人間観察であろう。

 熱心な仲間に微笑みを向け、リズは「私たちも行きましょうか」と声を掛けた。



 別行動を始めたマルクとアクセル。しかし……


「どこか行きたいところは?」


「いえ……特には」


 何も考えていなかったであろうアクセルが応じると、マルクは困ったように笑った。


「強いて言うなら、酒場でしょうか……いえ、酒もやってる大衆食堂あたりが」


「ああ、やっぱりそうなるか……」


 別に、酒目当てで行くわけではない。情報収集にというわけだ。

 職業病のようなところもあるが、この先のことを思えば、情報はいくらあっても困らない。

 とはいえ……


「僕ら、一応は観光客じゃないですか」


「そうだな」


「観光客が、昼にならない内から酒ってのも、ちょっと……」


 そこで、二人はそこら中に散在する屋台に度々立ち寄り、買い食いを楽しみながら島内の観光――もとい、観察に勤しんだ。

 二人が最初に気づいたのは、日差しが強い南国ではあるが、島民の焼け具合は一様ではないことだ。中には、薄い褐色の肌の者もいる。

 そして、そういった肌の者は、装いに品や格式が感じられることが多い。おそらく、人を遣わせる側の者であろうと、二人は認識した。

 ただ、目に見える形での社会階層がそこにあると思われるのだが、階層ごとの分断は生じていないようだ。


 それに、高い階層にあると思われる人間が、庶民も多く集まる商店街に顔を出している。富裕層らしき人物を見かける頻度の高さは、二人にとって意外なものであった。

 つまり、立場あるはずの人間が、日々の買い物を人任せにしていないように思われるのだ。

 おそらく、自分の目で見て買うという経験を重視する文化が、この国には深く根付いているのだろう。商店街で見かける現地民は、一見客であろう海外の者に負けず劣らず、真剣に楽しそうに品定めをしている。


「旅ってしてみるものですね」


 様々な立場の人間が入り乱れる、快活な雰囲気の雑踏を前に、アクセルはしみじみと口にした。

 そんな彼に、マルクは「そうだな」と、短い中に感慨深く返した。

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