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第133話 私の名は

 思いがけない大物を前に戸惑いを隠せないリズだったが、相手もこういった反応には慣れがあるのだろう。議長は慈愛すら感じさせる様子でいる。

 めでたい場には違いないのだろうが、それでも気後れする思いはある。追いつかない現実感の中、リズは精神力を発揮して、どうにか内面の平常を取り戻した。

 その後、ここまでの案内人がイスを引き、リズが着座。案内人はそのまま彼女の傍らについた。いかにも付き人といった格好である。


 こうして円卓にそれぞれが座し、まずは議長が切り出した。


「ハ一ディングの一件が始まって以降、陰ながら動向を注視しておりました。まずはその点につき、ご不快な思いを(いだ)かれたものと、お()び甲し上げます」


「いえ、そのような……責任ある大国であれば、むしろ避けては通れない仕事かと」


 そうせざるを得ない事情を認めつつも、裏から監視され続けていたと聞いて、愉快な気持ちになるものではない。

 そういった感情は当然のようにあるリズだが……様々な勢力が同様の行為に手を染めていた中、正式に謝罪されたのは、これが初めてだ。


(……まぁ、姉上のは例外かしら)


 内密の会談ではあろうが、国家元首が頭を下げてくるというのは異例であろう。リズはむしろ、身を引き締めた。

 そんな彼女に議長が言葉を続けていく。


「ハーディングからこちらへ向かわれていると聞き、ぜひともお声がけをと考えていた矢先、今度は航海中に海賊船を拿捕(だほ)したとか。着いて早々にご迷惑かとも思いましたが、こうしてお話をさせていただければと、一席を設けさせていただいた次第ですわ」


 語り口は滑らかで、朗らかなものがある。人当たりの良さも相まって、相手をくすぐるような力も。

 浮足立つものを覚えつつ、リズは居住まいを正し、どうにか自然に見える笑みを作って小さく一礼した。

「お褒めに(あずか)り、光栄に存じます」と、面白みのない言葉を返す。


 それから、議長付きの秘書官という若手の男性が、今回の会談の目的について告げていった。

 まず、革命について当事者の観点から、話を聞かせてほしいというのが一つ。


「ハーディングの方々の立場が悪くなる事項もあるかもしれません。しかし、それ以外の、特に遠慮なく話せるものであれば、是非とも。幸いにも、革命等の騒動から縁遠く運営してきた我が国ですが、昨今の情勢を考慮するに、今後は楽観視できるものでもありませんので」


「そういうことでしたら、喜んで」


 世間に回せない話などは、結構ある。会戦時における思惑や算段などがそうだ。

 このマルシエルという大国の立場や世評も考え、リズは快諾した。

 他に先方が聞きたいというのが、この国へと訪れた理由だ。


「理由、ですか」


「はい。ハーディングを離れたのは、やむにやまれぬ事情あってのことと理解しておりますが……あのまま留まるという道もあったように思います。それを選ばず、大陸を出て我が国へ来られた理由に、我々は興味を持っております。何かしら、やってみたいことがあるというのでしたら、一枚噛ませていただければ……とも」


「それはつまり……」


「よろしければ、ビジネスパートナーになれるのではないかと」


 国の代表が口にしたパートナーという表現に身構えるリズだが、同席する中年男性が、この点について苦笑いで補足した。

 曰く、事業計画のようなものがあれば、それに出資する用意があるという程度の申し出だ。囲って飼いならす考えはないという。

 というより、そういった付き合い方がうまくいく相手ではないと、理解してもらえているようだ。


 この提案を受けて、リズは考え込み……大いに悩んだ。



 この国へ来た理由というのは、もちろんある。


 問題は、それが継承競争に絡んだものだということだ。


 まず、ラヴェリアによる追跡手段のかく乱という目的が一つ。

 何かしらの魔法的な手法による追跡だと見当はついているものの、どこまでの精度があるかはいまだ不明。

 ただ、ここまでの経験を踏まえると、魔法的手法によって大雑把に位置を特定しつつ、現地要員を使って精度を高めているのでは……と、リズは考えた。

 あるいは、現地要員が追跡法の補助となる、中継点の役割を果たしているのかもしれない。

 いずれにせよ、大海へと繰り出せば、正確な捕捉は難しくなるのではないか。

 そして、諜報的に手出しづらい大国へとたどりつけば、その時点で行方をくらまし得るのではないか……そういった可能性を、彼女は見込んでいた。


 もう一つが、船の確保と、そこから波及する効果である。

 まず、相手による捕捉を難しくするため、大海を逃げ回る船を得たい。

 そこで、船を得るということならば、懐が広いマルシエルに恩を売るのが効果的ではないかという考えがあった。

 実際には、その懐の広さと深さに、少なからず驚かされているところだが。


 それはさておき、この国で船を確保するというのは、継承競争に対してもいくらかの牽制力もあると彼女は考えていた。

 何かしらの社会的身分や後ろ盾がなければ、船の主となるのは難しい。そういった前提の上、仮にマルシエル旗を掲げる船をリズが操っているとなれば……これは、大きな抑止力になるのではないかというわけだ。

 仮に、事情を探ろうとしても、諜報的には難しいだろう。


 首尾よく船を得られていた場合、この会談が無ければ、むしろ好都合という面もあった。

 というのも、ラヴェリアが外交的手段を用いて状況を探ろうとしたのなら、ありもしない接点を探るために奔走し、事の次第によってはヤブヘビになるかもしれないからだ。


――そういう腹積もりがあったのが、どういうわけか、このような事態になっているわけだが。



 あらかた、先方からの意図が話され、リズから話すのを待つ空気となっている。

 彼女はティーカップに手を触れ、平静を装って軽く口に含んだ。


(味がわからないわ……)


 この状況に、体も混乱しているようだ。彼女は外面をどうにか保ちつつ、脳裏で思考を巡らせていく。

 マルシエルへの来訪理由に関し、自分の船が欲しいからというのは、言っても構わないだろう。

 ただ、その理由は聞かれる可能性が高い。


 リズは悩んだ。


 例の海賊船の正式な入手、あるいは現金化について、単なる行政・司法的手続きで済ませられるのではないかと考えていたのだが……予想を超えて大事になっている雰囲気だ。

 ただ、この会談を断るという選択は、やはりあり得なかっただろう。他国の海軍と連携をとって海賊に対処しておきながら、渡航先の政府からの会談要求は断る……などというのは、あまりに不自然だ。艦長たちにも悪い。


 しかし……何を、どこからどこまで話したものか。


 船を得たいという考えだけを口にして、それで納得する相手だろうか?

 相手が求めているのは、むしろ、船を得た先にある考えではないのか?

 そもそも……それ以前のことも、気にして然るべきではないのか?


 言葉を交わしてこその会談と理解しつつも、リズは黙りこくってしまった。そこへ、議長が気遣わしげになって、助け舟を出してくる。


「急な話で申し訳ありません。私自身が直接、お話できればと思っていたのですが……」


「いえ、お気遣いありがとうございます。しかし……」


「何でしょうか」


「閣下は、私の出自などは、特にお気になさらないのですか?」


 これは聞いておきたかったこと、むしろ、聞かねばならなかったことだ。

 先方は、自分の過去を把握しているのか。知らないのならば、それを把握しようという考えはあるのか。話を先に進めるにあたり、そこだけは確認しておかなければ。

 覚悟して問いかけたリズは、身構えて相手の反応を待った。すると……


「我々が把握しているのは、ハーディングでのご活躍と、それ以降のみです。ただ、現地からの報告を踏まえれれば、何かしら特別な過去か背景があるものと考えてはいます。今後のお付き合いのあり方次第ですが、そういった面を把握する必要はあるかと」


 議長は真剣な眼差しを向けて、そう答えた。言外に、「浅い付き合いであれば、そこまで追及はしない」と。

 しかし……仮にこれっきりの関係になったとして、この大国は、自分から目を離すものだろうか?

 リズは、そうは考えなかった。

 かといって、「構わないでくれ」などと言えるはずもない。国家の主席者たるものが、直々に在野の人間に声をかけてきているのだ。当人が拒否したとしても、その後の動向に注目するのは当然だろう。

 そして、こうして明確な面識を得てしまった以上、自分の身に何かがあれば……


――ラヴェリアからの動きがあれば、継承競争のことを認識されるのではないか?


 エリザベータ・エル・ラヴェリアという本名、その出自、継承競争のこと……黙っておくべきかどうか。黙ったとして、それが明るみにならないままでいられるか。この国が、真実に気づかないままでいてくれるかどうか。

 リズは、心が揺らいでいるのを感じた。味がわからない茶を、もう一度口に含ませていく。


 潮時かも知れないという思いは、実際にあった。ラヴェリアの出方次第ではあるが、この国の興味を惹いてしまった以上、色々なものが隠し通せなくなるのではないか、と。

 それに……ティーカップを(つか)む手が、わずかに揺れる。小さな器に映る自分の、着飾った姿。装いに似つかわしくない、迷いと当惑入り交じる表情。


 間違いなく、栄誉を感じて然るべきこの場で、自分自身というもののルーツを本気で悩んでいる。

 自分を褒め称え、興味を持ってくれている大人物に対し、隠し事をしたりはぐらかしたり……そういうことを本気で考えている。


 そんな倒錯っぷりに、彼女は少し、疲れを覚えてしまった。


 ややあって、彼女は顔を上げた。腹を(くく)り、口を開く。


「お目にかけていただけていること、本当に光栄に思っています。しかし、貴国とこれからいかなる関係を結ぶにせよ、私の出自を明かさないままでいる事は、大変な不義理にあたるのではないかと」


 これは、すでに半分、そういう告白であった。

 つまり、自分は安易に明るみに出せない背景の持ち主である、と。

 同席する男性二人は、これまで柔和な様子でいたが、さすがに表情が緊張したものになっていく。

 そんな中でも、議長は一人、悠然とした風格を伴って構えているが。


「ご無理にとは申しません。ですが、明かさなければとのお考えであれば、謹んでお伺いしましょう」


「ありがとうございます。ただ、単に口にするにしても、いささか問題がありまして……そこで一つ、お目にかけたい魔法があるのですが」


 招かれた側とはいえ、会談の場で魔法を用いるというのは、よほどのことがない限りは慎まれるべき行為である。

 断りに許しを得て、リズはまず、使いたい魔法について解説した。対象者から出生の地名、本人や縁者の名を引き出す魔法、《家系樹(ペディツリー)》のことを。

 一通りの説明の後、今度は魔法を実演する運びとなった。そこで、議長の承認と本人の許諾の元、案内係に魔法を用いることに。

 彼女に魔法を用い、魔法陣から魔力の樹が伸びていく。そこに記された名前を見て、被験者は驚きを抑えつつうなずいた。


「確かに、私のことが記されています」


「そうですか……では、この《家系樹》を用いて、改めて自己紹介をなさるということでしょうか」


 真剣味を増した議長が問いかけ、リズは少し考えてから答えた。


「その考えですが……貴国に同等の魔法を使える方がいらっしゃれば、そちらの方にお任せしたく存じます」


 リズは過去に、《家系樹》を装った魔法モドキで、身分詐称を行った過去がある。

 信じてもらえないかもしれないからこそ、彼女は言い逃れできない形での暴露を望んだ。

 そういう意図が、気づかない内に覚悟となって、相手方に伝わったのかもしれない。緊張を増す中、議長の言葉を受け、秘書官が速やかに手配を進めていく。


 程なくして、議会直属という高位魔術師の一人がやってきた。年配の男性である。

 彼は、リズが国賓として招かれているということを聞かされているのだろう。部屋に入るなり、まずは彼女に深く一礼をした。

 そして、多少の当惑を見せつつ、彼は議長に尋ねた。


「今一度、確認をさせていただきたいのですが、こちらのお嬢様に《家系樹》を用いると」


「はい。頼めますか?」


「ご本人と議長承認ということでしたら……」


 招いた相手に、こういう魔法を用いるのは、極めて失礼にあたる。他ならぬ客と主人その人の許可のもととはいえ、術者としてためらうものはあるということだろう。

 しかし、議会直属というだけのことはある。意を決するまでは実に早く、彼は迷いのない所作で魔法陣を刻み始めた。


 そんな彼を前に、リズは、なんともいえない感慨を覚えた。

 他人が《家系樹》を使うのを見るのは、これが初めてだ。たったそれだけのことだが、この禁呪の使い手が他にもいるという事実に、彼女は奇妙な安心を覚えたのだ。


 ただ……すぐに魔法陣が出来上がり、術者の表情が凍りついた。魔法に一番近いところにいる一人が固まったことで、場の空気も緊張で凍てついていく。


「し、信じられません……」


 年配の術者は、そう言って口を閉ざした。

 血の証明は、ここまでで十分だ。

 これ以上、人任せにしたままでいることを避け、リズは改まって自身を名乗った。


「私の名は、エリザベータ・エル・ラヴェリア。ラヴェリア聖王国の現国王、バルメシュ陛下の第四子です」


 そう口にしてから、彼女は気づいた。

 本名を名乗るのは、生まれてはじめてのことだと。

 そして、この国よりも先に、名乗っておくべき三人がいたことを。

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