第130話 船と仲間
食事の後、リズと仲間三人は船長室へと向かった。他の船室に比べ、明らかに広い部屋だ。
元は、あの大男が占有していたらしいこの部屋を、今では四人でシェアして使っている。
四人で使っても、商船にあった船室よりだいぶ広いのだが。
軽いため息とともに寝床へ腰かけるリズに、マルクが「お疲れさん」と声をかけた。
「だいぶ、船長らしくなってきたんじゃないか」
「だといいけど」
飴と鞭、その落差に乗っかっている部分はあるが、船員たちの心を掴めてきているのは確か。
こうした、好ましい方向への流れを、他の仲間たちも認めてくれているようだ。
しかし、マルクとしては何か言いたいことがあるらしい。表情を少し引き締め、彼は言った。
「一つ、聞きたいんだが」
「何?」
「この船を確保した理由だ。次なる海戦に備えて……というのは、実際そうなんだろうが、軍の方々への方便のようにも感じる。何か、別に真意があるんじゃないか」
彼が口にするとともに、部屋の空気が一気に引き締まっていく。
アクセル、ニコレッタの二人も、この点は気になっていたようだ。無言で、リズの方へと真剣な目を向けてくる。にわかに真面目な空気になり、場が静まり返った中……
しかし、この空気を作った本人は軽く咳払いした。少し申し訳なさそうに、困り気味の苦笑いを浮かべ、彼は口を開いた。
「いや、すまん。ここまでの行動は、まっとうな善行だと思う。こういう方向性自体には、別に不満はないんだ。むしろ、こういうことで体を張るのなら、望むところだと思ってる」
「私もそうですね。胸張って、良いことしてるって実感はありますし、何より毎日が楽しいです」
「僕も」
と、今の生活そのものについて、仲間たちはかなり好意的に考えてくれている。
「ただ、何か思惑があるのなら、聴いておきたいとも思う。言えない部分もあるだろうし、無理にとは言わないが」
「うん、ありがとね」
隠したり隠されたりは、もう慣れっこなのだろう。強く拘泥する様子を見せない仲間に、リズは言葉を続けていく。
「ラヴェリアに追われる身だって、話したと思うんだけど」
「ああ」
「それで、自分の船が欲しかったのよ」
それから、彼女は自分の構想を語っていった。
船――それも、外洋航海に耐えるもの――というのは、民間人が売買しうる財貨の中でも、最上位層に位置する財である。とてもではないが、確かな社会的身分がない彼女らの手が出る代物ではない。入手にあたっては行政手続きもある。
そこで、今回のショートカットである。海賊が用いたものを奪い取り、現場で軍から承認を得ようというのだ。
もちろん、船が目的地のマルシエルに着けば、これまでの悪事の証拠物件として押収される可能性は高い。
しかし、話の流れ次第では、以後も運用を認めさせることはできるかもしれない。あるいは……
「強引に接収する国ではないでしょう。ある程度、金銭的な報いはあるはず。それを元手に、別の船を買えるかというと、少し難しいでしょうけど……」
「かなりの稼ぎにはなるかもしれませんね。少なくとも、確保した者としての権利は認めてもらえるでしょう」
「本来なら、沈められていた船ですもんね」
仲間たちの指摘に、リズはうなずいた。
彼女らの働きについては、軍も公式に認めるところ。商船側の証言もある。
つまり、この船をマルシエルが押収したとしても、その功績だけは大手を振って認めさせることができるわけだ。
後は、その功績が金になるか、あるいは船のままになるか。
ー通りの構想を口にした後、リズは苦笑いして「甘い見立てと思われるかと思って、今まで黙ってて。ごめんね」と言った。
諜報員たちは、こういった海の事情に特別明るいわけではない。
しかし、彼らはリズの構想に現実性を認めた。
「船をそのままいただくのは難しいだろうが、十分まとまった金にはなるだろうな」
「そういう金払いで評判を悪くする国でもないですしね」
「それ以上となると、やはり交渉次第でしょうか」
と、いずれも今後については前向きな意見を持っている。
ただ、船がこのまま、売り物になるかどうかという問題はあるが。
「もしものための、もう一隻にするって話をしたでしょ?」
「ああ。賊が現れれば、まずは軍艦に代わって、こっちを動かすって考えだろ?」
「ええ。そういうつもりで、軍の方々にご説明してあるけど……実際に、そういう事態になる可能性は、あまりないとは思ってるの」
リズがそう言った後、少ししてアクセルが意図を把握した。
「船籍不明の船を従えた軍艦だなんて、手出ししづらいでしょうね」
「そういうこと。堂々と戦利品を帯同させれば、賊も差し控えるとは思う。そういう意味では、海戦にならずとも盾の役は果たせると思うけど」
「なるほどな」
無論、戦いになれば、率先して動く考えではある。軍艦、商船の身代わりになれるのなら、この船が沈んでもそれは仕方のないことだろう。あの二隻を差し置いて、この船を惜しむ理由はどこにもない。
しかし……仮に沈められずに事を済ませたとしても、犠牲者が出る可能性はある。その懸念を思い、リズはため息をついた。
「何事もなければいいけどね、本当に」
しみじみと口にする彼女の後、言葉は続かない。皆も、そういう事を考えているのかもしれない。
と、その時、彼女はふと思い出した。
「そう言えばだけど」
「何ですか?」
「いえ、ずっとエリザベータのままっていうのも……」
親か周りがつけたであろう本名よりは、自分で名乗ってきた愛称の方が愛着はある。
ただ、そっちで呼んでもらおうと強く呼びかけるのは、なんとなく気恥ずかしいものはある。
いつになく歯切れ悪い感じで口にした彼女に、ニコレッタがいい笑顔で声を掛けた。
「私のことはニコラで良いですよ」
「そう。よろしくね、ニコレッタ」
「んもぅ」
意地悪く返すリズに、芝居じみた不満げな顔を向けるニコレッタ。
これをマルクはサラリと流し、問いかけた。
「ハーディングではリーザで通してたが……リーザで良いのか?」
「リーザでもリズでもいいけど……環境が変わったし、気分転換で変えてみても良いんじゃない?」
「ま、同じ名前を連用すると危ないからな」
その手のプロらしい含みを持たせ、彼は苦笑いした。
彼が意図している通りの理由ではないものの、場を大きく移るたびに愛称を変えてきた過去は実際にある。今更ながらに(そういう面もあったのかな……)と我が事を振り返った彼女は、口を開いた。
「私のことは、リズでいいわ。よろしくね、ニコラ」
「はい、リズさん」
一応、雇用主と被雇用者の関係ではあるのだが……リズとしては、生計を一にする旅仲間といったところ。
船員の多くが彼女たちに絆されつつある中、親しい仲間とも改めて距離が縮まったようで、彼女としては何よりであった。




