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第125話 乗っ取りと偽造

 戦闘要員と思しき乗組員を捕縛した後、リズは投降者に対し、船内の非戦闘員を表に出すよう命じた。

 あの状況下で戦力を出し渋っていたとは考えにくいが、それでも人手ではある。リズとマルクは警戒を絶やすことなく、中から一同が出てくるのを待ち構えた。


 しかし……中にいた者は、リズたちの憐憫(れんびん)を誘うものであった。多くは戸惑いと怯えを隠し切れないでいる。

 彼らと戦闘員との体格の差を見るに、平素における食生活の差を思わせる。いかにも下働きといった風だ。船内におけるヒエラルキーは、明確に荒くれたちの下だったのだろう。

 それに……彼らは負けた側ということを承知のことだろうが、醸し出す雰囲気の中に強い絶望感や悲壮感はあまりない。むしろ、諦めと安堵が入り混じるような空気が感じられ、リズは彼らの境遇を思った。

 もっとも、正式な裁断を下すのは、また別の存在なのだが。


 とりあえず、この船を完全に制圧し、拿捕(だほ)するにあたって、まずは非戦闘員も拘束しなければ。

 リズは何人か適当に見繕い、仲間を捕縛していくように指示を出した。

 これに対し、命ぜられた数人は、なんとも従順に事をこなしていく。捕縛に反抗する態度を見せる者も、ほとんどいない。多くが粛々と、この先のことを受け入れているようだ。


 その中にあってリズの目を引いたのは、他よりも少し上等な服を着ている青年だ。他とは明らかに違うしかめっ面で、彼女に敵意ある視線を向けてきている。

 抵抗こそしていないが、精神的に屈してもいない。

 彼女が横を一瞥(いちべつ)すると、マルクもその青年に目を付けたようだ。《念結(シンクリンク)》で所見を伝えてくる。


『航海士か、会計役あたりだろうと思う』


『なるほど。育ちよさそうだものね』


『正確なところは、聞いてみないとわからないが……』


 と、二人が裏でコソコソ話している間に、あらかた捕縛が完了した。

 もはや制圧下にあると判断し、リズは船外のニコレッタに連絡した。


『こっちは制圧したわ。艦長殿とお話ししたいから、入れ替わりましょう』


『了解です』


 連絡の後、ニコレッタがすぐさま動き、甲板で合流。「お疲れ様」と笑顔で(ねぎら)ったリズは、入れ替わりで例のボートへ戻った。


 宙を駆け下りていく彼女の視界に入ったのは、複雑な表情で見上げてくるエリックの顔。

 ボートに静かに足をつけたリズは、色々と考えた末、黙したままでいる彼に頭を下げた。


「ご心配をおかけいたしまして……」


「……そうですね。ご手腕を疑うわけではありませんが、あくまで民間の協力者ですし……そばで見守るだけというのは」


 と、心労の種を一通り口にした後、彼は「お見事でした」と言った。苦笑いで、「私には見えていませんが」とも。


 その後、リズは《遠話(リモスピ)》の紙を受け取り、艦の側に(つな)いだ。応対する艦長に、現状を告げていく。


「敵船の人員は、ほぼ捕縛しました。自由に動けるのは、非戦闘員が5名程度、いずれもこちらの指示に従う姿勢を見せています」


『……予想以上の手並みですな。感服いたしました』


 とはいえ……リズからすれば、敵船を沈めた艦の手際に舌を巻いたものだが。


「皆様方のご活躍が先にあったからこそ、張り合うように発奮した部分があったと思います」


『なるほど。何はともあれ、ご無事で何より。これから、そちらに艦を寄せましょう』


「お願いします」


 ひとまず大仕事を終え、リズは細く長いため息をついた。軍艦が合流するまでの間、懸念事項がないでもないが……

 実のところ、上は彼女の予想を超えて静かなものだった。数人とはいえ、反骨心を見せる船員がいたものの、実際に騒ぎ立てることはない。

 また、彼らに対して仲間二人は、威嚇するでもなく静かに構えて時を待っているようだ。


 結局、拍子抜けを覚えるほど平穏無事に、合流の時がやってきた。軍船がかなり近づき、その背後に少し距離を開けて商船が。

 リズはボートを軍艦に横付けし、上に引き上げてもらうことにした。


 軍艦へ戻った彼女に、まずは惜しみない称賛の嵐。

 加えて、彼女に同行したエリックにも。囮役に付き合った彼のことを思えば、同僚たちも気が気ではなかったことだろう。

 拍手がひとしきり収まったのを見計らい、リズは皆の前で改めて、水先案内人を務めた彼に礼を述べた。


「お疲れさまでした。あなたのおかけで、無事に帰還できました」


「いえ、こちらこそ。良い経験になったと思います」


 この、“良い経験”という表現に彼女は微笑み、エリックも笑みを返した。

 次いで、艦長が彼女に歩み寄り、直々に礼の言葉が。


「ご協力のおかげで、無事に危機を切り抜けることができました。艦の一同を代表し、お礼申し上げます」


「いえ、そんな……」


 頭を下げてくる老紳士を前に、リズは内心、申し訳なく思うところがあった。

 これで、事が終わったわけではない。「協力する」だの、「乗り込みをかける」だの、ああいう宣言をした時のように、またお願いを一つするつもりでいるからだ。

 決して、ゴリ押ししようとは考えていないが。


 時が来るまではとりあえず黙っておくことにし、彼女は丁寧な礼に応じ返した。

 艦に戻ったら、忘れてならないことがもう一つ。年配者の責任者に失礼がないようタイミングを見計らい、リズは動いていった。

 用があるのは、艦に置いてきたアクセルだ。彼の前まで歩き、彼女は声をかけた。


「おまたせ」


「お疲れさまでした」


(初仕事みたいなものだったし、一緒に行けばよかったかしら……)


 過ぎたことであり、こちらに残す相応の理由もあり、仲間たちの同意と納得もあった件だが……それでも、心残りのようなスッキリしないものはあった。

 そうして、彼の顔を見つめていると、居心地悪そうになった彼が「どうかしましたか?」と尋ねてきた。


「いえ……船旅の間だと、こういう別行動も増えそうだと思って。あなたにも悪いし、ちょっと考えておかないとね……」


「そんな。別に構いませんよ」


 彼は、リズに気遣いさせていることを、むしろ申し訳なく思っているのかもしれない。少なくとも、置いてきたことに不満はないようで、安心した彼女は顔の力を抜いた。


 やがて軍艦は、敵船にほぼ横付けする位置になった。乗り込み用の舟板が展開され、海兵たちが敵船へと移乗していく。リズもこれに同行した。

 これまでおとなしくなっていた海賊たちだが、軍人を前にすると態度が一変。口汚くがなり立て始めた。


「ケッ! クソガキのおこぼれにあずかりやがって! いいお仕事でございますなあ!」


「クゥーン、ワンワン!」


 当てつけて嘲笑(わら)う荒くれたち。

 とはいえ、彼らは捕縛済みだ。無力化した敵の無礼に対して、手を上げる海兵たちではないが……やはり、思うところはあるらしい。

 ただ、怒りよりも恥の念が(にじ)むように見えたのが、リズには心苦しかった。

 そこで一計を案じることに。マルクの下へと駆けていき、彼女は尋ねた。


「あなた、《離望鏡(テレグラス)》使えたでしょ?」


 《離望鏡》で生成した魔法の水鏡は、術者か協力者の視界をそのまま映し出す力がある。

 この確認に、マルクはうなずいた。


「何に使うんだ?」


「連中に、ご同輩の姿でも見せてやって」


 そう言ってリズは、船の外を指さした。

 これだけで理解したらしく、マルクは「なるほどな」と了承。彼は海兵たちに一言断り、まずはならず者たち全員がよく見える位置で、魔法陣を一つ書き上げた。

 魔法の水鏡を用意した後、彼はリズの頼み通りに甲板の縁へ向かい、海を見下ろした。

 すると、海賊たちの目の前に、海の光景が映し出された。先に沈められた一隻の残骸と、それら木片にしがみつく賊。どうにか生き残った者は、目でざっと数えられる程度しかいない。

 これが、笑われていた海兵たちの戦果である。

 笑い声を挙げていた荒くれたちも、この光景にはぞっとしたらしく、口を閉ざした。

 しかし、戦果とはいえ、犠牲者を見て良い気がする海兵たちでもないだろう。リズはそう考え、用が済んだ鏡を消すようマルクに頼んだ。


 静かになった敵船の中、海兵たちが気を取り直して作業を遂行していく。

 まずは潜伏者がいないかの確認。次いで危険物の確認、船体構造の把握などなど。動けない賊の相手は後回しだ。


 そういった作業の中、最優先の仕事が一つ。

 船内から「ありました!」と声が響き、程なくして甲板へと海兵が数名駆け上がってきた。

 彼らが運んできた小箱の中には、ちょっとしたクッションのように布物が敷かれ、中央に鎮座するのは一枚の書状。


 私掠免許状である。


 船籍を明らかにせず、略奪を繰り返す私掠船にあって、この書状は事の背景を示す数少ない証拠物件だ。誰の権限において、他国に対する海賊行為を認めるのか、それが記載されている。

 しかし……一方で、大変に危険な代物でもある。


 甲板でも、人が比較的少ない一角に小箱を置き、そこに一人の海兵が魔法陣を張った。魔力のドームが現れ、透明度の高い青色の光が、少しずつ輝きを増していく。

 これは、《防盾(シールド)》の亜種であり、定点で幾重にも重ね張りしていくことで、時間経過とともに強度を高めていくものだ。熟練が必要であり、局所的にしか働かないが、危険物を抑え込むのにはもってこいである。

 つまり、この私掠免許状とは、そういった危険物だ。


 その道のプロであるこの海兵に加え、魔法にも確かな知識がある面々ということで、リズたちにもお声がけが。

 さっそく彼女は、自身の興味もあって、私掠免許状の確認に入った。


「なるほど……」


 見た瞬間、彼女はポツリと(こぼ)した。

 この私掠免許状は、単なる公文書・契約書ではない。魔法契約が施された免状に、彼女は《爆発(エクスプロージョン)》の魔法陣が組み込まれているのを認めた。マルクとニコレッタの認識も同様だ。

 耐爆要員の海兵は、この三人の見立ての正確さに少し驚きつつ、口を開いた。


「おそらく、定時連絡が途絶えた、あるいは禁止している港に寄港した時、起爆させるという運用でしょう」


「ということは、この船も危ないですか?」


「皆様のおかげで、通信室は早期に抑えることができています。即座に、ということはないでしょう。ただ、長く放置されるとも考えにくいかと。文面を最低限は確認した後、免状は海へ投棄します」


 その文面とやらで、まず確認すべきが署名である。どこの誰の権限で、海賊行為を許しているかだ。

 だが、私掠船を用いる上、免状に起爆機能まで持たせる連中である。


 わざわざ、読める文字で書く素直さはない。


 免許状に《爆発》の魔法陣を認識したリズたちだったが、読めるのはそれだけでもあった。おそらく暗号であろう、見慣れない文字ばかりが記されている。

 読める文章ではないのは確かだが、これでも何らかの手がかりになる可能性はある。対爆魔法のすぐ近くでは、海兵が数人必死にペンを走らせている。


 彼らの献身ぶりを見て、リズもどうにか手助けをと思った。

 そこでリズは、対爆魔法越しに免状を見つめ……一つ提案した。


「複製できるかもしれません」


 これに海兵たちは驚き……仲間たちが口を挟む。


「魔法契約の複製は、原理的に不可能じゃないか?」


「プロテクトありますよね」


 実際、魔法契約の根幹に、偽造・複製防止の仕組みがある。それがなければ、他者の介入を許した際に契約を偽造され、正規術者の責任が勝手に増大するからだ。

 理解ある仲間たちにうなずきつつ、リズは話を先へと進めていく。


「魔法的な契約が機能しなければいいわ。魔法としての書式要件を満たさず、文面だけ模写できれば」


「なるほど……そういう手立てが?」


 そこで彼女は、一つ実演して見せた。紙を一枚取り出し、一辺を内側に少し折り曲げる。

 次に、折り曲げた部分も含めるように、紙へと魔方陣を刻んでいく。ゆっくり刻んでいくのは、初歩中の初歩である《霊光(スピライト)》だ。

 しかし……書き進めていった途中、完成間近というところで、彼女は折り曲げた部分を開いた。

 すると、できかけの魔法陣の外殻が崩れた。魔法陣としての形式が損なわれ、紙に残っているのは、中央部分のそれっぽい模様だけである。

 これで要領を把握したニコレッタが声を上げた。


「つまり、紙を重ねて複製をかけ、要らない部分を切り分けるわけですね」


「そういうこと」


 この案を、さっそく艦長に説明したところ、彼は心底申し訳なさそうな表情で頭を下げた。


「何から何まで頼りきりですが……」


「いえ、お任せください」


 部下に手書きで模写させているとはいえ、より正確に複製できるのなら、そちらの方が情報源としては好ましい。暗号の解読にあたっては、ミスコピーから誤読が生じる懸念もあるのだ。

 艦長の意向をくみ取り、リズは免状の複製にかかった。ベースとなる紙を下に敷き、現物を見ながら指であたりをつけ、別の紙片で適切にマスキングを施していく。

 そして彼女は、実際に複製を始めた。免状本体から魔力の記述を読み取り、それが別の紙へと転写されていく。

 徐々に複製が進む中、不要部の転写が済んだのを確認し、彼女は紙片の一つを取り払った。

 魔法として機能させるためのパーツを失った今、書き記されていく複製品は、魔法になり損ねたそれっぽいものにしかならない。


 やがて、複製が完了した。正確に言えば、不完全な複製が。

 署名した本来の術者との、魔法的な(つな)がりはすでにない。起爆機能も取り払われ、未解読の情報源としての価値だけがそこに残っている。


 思惑通りに成し遂げたリズだが……彼女が気にしたのは、手書きしていた海兵たちの反応である。危険を顧みない彼らの仕事を奪ってしまったのではないかと。

 そんな彼女の心配をよそに、当の本人たちは感動した様子でいてくれて、人知れず彼女は安堵したのだが。


「こういう手段があったとは……」


「軍として、このような手段を制度化すべきでは?」


 と、かなり好感触である。

 しかし、複製系魔法自体が規制対象であり、今回のマスキング法に至っては邪道も甚だしい。乗り気の部下に対して艦長は、なんとも言えない味わいのある苦笑で押し黙った。

 ただ、彼自身、リズの働きぶりには感服したらしい。彼女が丁寧に手渡した複製書を、彼もまた礼節を以って確かに受け取った。

 そんな中、「良いものを見た」といった感じで、どことなく楽しそうなマルクが口を開いた。


「まさか、私掠免許状を偽造するとは……」


「やればできるものね」


「まったく……どっちが賊かわからんな、これじゃ」


 言われてリズは、辺りを見回した。

 状況についていけない賊たちが、目を白黒させている。


「まったくだわ」と、彼女はにこやかに笑って応じた。

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