第124話 賊への殴り込み
リズは単騎で敵の本丸へと出撃していった。見えない階段を駆け上がり、目指すは甲板の最前部。
駆けてものの数秒で、彼女は船首上に姿を現した。
海賊たちは、予想以上に体格が良い連中であった。
つまり、こういった稼業で食えている奴らということだ。
そんな彼らは、事前の見立て通り、すでに倒れた仲間をまたぐように立つ者ばかり。どこまで理解してそのようにしているか定かではないが、観察力なり勘なりにも優れているようだ。
さて……そんな海賊たちだが、単身で乗り込んできたリズに、呆気に取られている。
もっとも、それもわずかな間のことだった。短い静寂の後、思い出したように怒声が甲板に満ちる。
だが――耳を覆いたくなる罵詈雑言の嵐の中、リズは自身へ向かう魔力のきらめきを見逃さなかった。
迫りくる魔弾に対し、腰からサーベルを一閃。軽く魔力を乗せた白刃が、《魔法の矢》を消滅させた。
これは彼らによる、一つの策だったのだろう。奇襲が防がれたことで、怒声は困惑に取って代わられた。
一方でリズは、海賊たちへの認識を改めた。
つい先程まで一方的に攻め込まれていた中、こういう対応を取れるのは、集団としての統制が取れている証拠だ。どのような形であれ、強いリーダーが君臨している可能性が高い。
そもそも魔法を使える者が少ないのかもしれないが、ただ一発だけに絞った奇襲も、中々のものであった。ボートで接近するところを見ていたからこそ、乗り込まれてもごく少人数と見込んでいたのだろう。
思っていたよりも、合理性のある対応を見せてくる海賊たちに、リズは注意深く視線を巡らした。
頭目らしきものは、すぐに見つかった。比較的大柄な賊の中でも、頭一つ抜けて長身の大男。凶悪そうなヒゲ面。
いかにもといったその顔に、リズの胸中で不意に妙な思いが渦巻く。
(賊らしい賊って、これが初めてね……)
母国から国賊として追われる立場の彼女だが、これまで縁があった者は、まっとうに生きてきた善男善女ばかり。
そこへきてようやく、絵に描いた賊である。
(これが、ご同輩ってわけかぁ……)
一人で乗り込んだ鉄火場のど真ん中、向けられる視線は当惑と、隠しきれない敵意に殺意。
そんな中、胸中にふと生じた思いに、リズは思わず皮肉っぽい笑みを浮かべた。
火に油を注ぐと知りつつ。
案の定、彼女に対して悪罵が飛んでくる。
だが、頭目らしき男がゆっくり手を上げると、手下たちは少ししてから静かになった。統率力を見せつけてくるその大男が、野太い声で尋ねてくる。
「お嬢ちゃん、どういうつもりだ? 勘違いなら見逃してやらんこともないぞ」
相手は、あくまで自分が上の立場にいるという構えでいる。メンツというものもあるのだろう。
余裕と自信を見せるこの男に、リズは少し考えこみ、返した。
「いえね、ちょっと、あなたたちに憧れてまして」
「なんだ、仲間にしてほしいのか? それとも、可愛がられたいのか?」
頭目の言葉に続き、部下たちが下卑た笑いで囃し立てる。
この可愛がるという言葉の二ュアンスに、察しがつかないリズではない。
下世話な連中を鼻で笑った後、彼女は大声で言った。
「私もあなたたちみたいに、弱い者いじめして略奪するのに興味がありまして。とりあえず、この船でもいただこうかしら」
朗々とした宣言に、大男たちの笑いが引いていく。
この、わかりやすい反応を、むしろリズは面白く思った。もう少しいじってみたら、どうなっちゃうかしら――悪い虫が疼くままに、彼女は言葉を重ねていく。
「ま……別に、あなたたちの船ってわけでもないでしょうけどね。お手入れされなくても、首輪ついていらっしゃるんでしょ?」
「て、てめえ!」
「おい!」
我慢しきれなくなった一人が口を挟み、横からそれを制する仲間の声。リズは唇の端を釣り上げた。
カマをかけた当てこすりは、うまくいったようだ。背後に誰かがいる、飼われているタイプの海賊だ。
先の発言に敵勢がいきり立つ空気の中、リズは構わず、最後の地雷を踏み抜きに行った。
「あなたたち、新しい飼い主に養ってもらいなさいな。次のエサは臭いでしょうけど……あなたたちみたいなのでも、先輩方は可愛がってくれるんじゃない?」
ならず者相手に臭い食事と切り出せば、意味するところは明白である。先輩というのは、解釈次第であろう。
もっとも、海賊たちは、決して良い方向に考えなかったようだ。
下世話な話題の意趣返しに、甲板の上の空気は一瞬だけ凍り付き――すぐに弾け飛んだ。頭目が激昂し、がなり立てる。
「やっちまえ!」
そうして敵が一斉に動き出す中、リズは《念結》で話しかけた。
『挑発して動かしたわ』
『見てる。しかし、近づく奴は撃てんぞ。誤射もあり得るし、そちらも気が散るだろ』
『ええ。そのまま待ってて。今から他のを動かすわ』
迫りくる敵は、手に剣なり斧なりを持っている。
彼らはさほど脅威ではない。リズがいるのは船首近く。幅が狭まる中では、お互いの存在が邪魔になって、まともに武器も振るえないだろう。
厄介なのは、その場に留まる弓使いたちだ。下からの貫通弾に対し、倒れた仲間を迷彩に用いている。
弓使いたちの他には頭目も、その場に留まって動こうとはしない。まずは様子見といったところか。怒りを乗せた咆哮を放って手下を動かしつつも、その中身は冷徹で狡猾なのかもしれない。
(ま、頭の相手は少し後ね)
船首へ迫る海賊たちに対して剣を構えつつ、リズは魔法を放った。
――正確には、撃ったのは彼女ではなく、仲間たちのところに置いてきた魔導書だ。
魔導書から上方へ放たれた《追操撃》が、突如として賊たちの視界に入り、マスト中程の高さから急降下。
甲板上に襲い掛かる誘導弾の連撃に、泡を食った弓使いたちが動き出す。甲板に走る突然の衝撃に、リズの方へ突進してきた連中も、多くが足を止めた。
誘導弾の連射で倒れた敵はいない。とはいえ、これを直撃させてやろうという考えは、リズにはもともとなかった。
ただ、相手が隠れ蓑から動けばそれでいい。
『動いたわ』と仲間に伝えたその矢先、動かされた弓使いへと《貫徹の矢》が的中、すぐさまその場に倒れ伏す。
申し分ない連携を決めてくれる仲間の存在に、リズは感嘆の念を抱いた。
彼女の方へ申し訳程度に矢が飛ぶも、狙いは甘い。下からの攻撃の圧が効いているのか、弓使いたちはそちらに気を取られているようだ。
そんな中で、頭目はその場を離れず、《防盾》で誘導弾を相殺したようだが。ある程度、魔法にも覚えがあるのかも知れない。
とりあえず、攻撃がおぼつかない連中は後に回し、リズは接近戦要員に注意を向けた。振り回される刃と刃を、鋭いステップと剣さばきで切り抜けていく。
船首付近で一気にかかってこれる敵は、せいぜい二人が限度。戦場が狭すぎて、弓使いも持て余し気味だ。
相手側に数の利を発揮させない環境だが、もっと効果的な安全策もある。
単に、甲板から出ればいいのだ。
自身へ飛んでくる矢、切りかかってくる刃を剣で打ち払いながら、リズは甲板の縁の外に立った。
さすがに飛び掛かってくる奴はいない。
手が届かないところに立つ彼女に、ならず者たちば飛ばせるせめてもの武器は、まずは唾が交じる罵声。
そして、腹いせに投げつけられる剣。
自身へ迫るその刃を、リズは指二本で掴み取り、流れるような所作で投げてきた男の足元へと返却。
足元に突き刺さった自分の武器を見た一瞬の後、男は力が抜けたようにその場でへたり込んだ。
他の連中に対しては、足元へ《魔法の矢》の連射。連弾が甲板を力任せに叩きつけ、響き渡る衝撃音の連続に、大男たちもたたらを踏む。
それでも引き下がる様子を見せない彼らを前にし、リズは一射。集団でも一際大柄な巨漢に魔弾が直撃し、ただの一発で体が少し浮き上がった。
わずかな滞空時間の後、仰向きに倒れこむ音が響く。
死んではいない。
しかし、いつでも殺せる。
倒れて身動きが取れない大男の輪郭に沿って、リズは《魔法の矢》を無感情に連射した。けたたましい音と衝撃に包囲され、荒くれたちも顔が青ざめていく。
「死体よりは、生きてる奴を引き渡したいのよ」
淡々と告げ、指先に魔力を集めたリズは、今度は目の前の男たちの顔を順番になぞるように指を遊ばせていった。
この脅しに男たちの動きが止まり――次の瞬間、指先から一射。
男たちの間をかすめて飛んだ魔弾は、リズを撃ちかけていた射手の元へ。
彼は放たれた弾をどうにか避けるも、見えない脅威が下から襲いかかった。たちまち貫通弾の餌食となって倒れ伏す。
リズの前にいる大男たちの中には、このやり取りで後ろを振り向く者もいれば、音で全てを察したであろう者も。
しかし、彼女が一発撃った瞬間、身をすくませたのは共通である。
彼らはもう、動けなくなった。
そんな連中を軽く一瞥した後、リズは頭目に向かって叫んだ。
「手下の方が勇敢ね。それとも、小娘を先にくれてやったおつもりかしら?」
挑発するも、真顔の頭目は言葉を返してこない。
彼めがけて、リズは《魔法の矢》をいくつか放った。これに対し、必死に《防盾》を構え、どうにか切り抜ける頭目。
そして、彼は言った。
「遊んでやがるのか?」
「降伏させたいのよ。その首に小銭がかかってるかもしれないし」
「……ハッ! てめえ、楽しんでやがるんだろ? 俺らの飼い主様と、どこがどう違うってんだ? てめえらこそ、そのお力で好き勝手やってやがるんだろうが。なあ!?」
好き勝手やっているのは、実際そのとおりである。
楽しいのは、半分正解である。口喧嘩の煽りで楽しくなっている部分は、確かにある。
しかし、戦いそれ自体に喜びはない。
ため息をついた後、リズは言った。
「お前の背景なんて知ったことではないけど、そういう泣き言に興味を持つ人もいるわ。続きは牢屋でやりなさい」
降伏してくれれば、確実だった。
それが叶わない相手ならば、力づくで黙らせるしかない。それも、殺さない程度に加減しつつ。
リズは頭目めがけて弾を乱射した。先ほどよりも圧のある弾の群れに対し、頭目は《防盾》を幾重にも構えている。
しかし――着弾するその直前に、頭目は全ての《防盾》を解いた。
迫る弾の群れが直撃すれば、おそらく死ぬだろう。
全身に光を浴びる中、彼は唇の端を吊り上げ――
しかし、弾は当たらない。彼の目前で時が止まったように固まる弾の群れは、やがて消えてなくなった。
「情けのつもりか?」
「いえ」
リズが短く答えると、上空から一つの誘導弾が急降下。頭目の背を撃ち、彼は衝撃で倒れこんだ。
直後、甲板に横たわるその大柄な体に、船外から貫通弾の一射。
頭目は完全に沈黙し、甲板上は静まり返った。
そこでリズは、健在な中で頭目に一番近い賊の足元へ、魔弾を放った。
「そこのあなた」
「ヒッ!」
なすすべなくなっているその男を、少し哀れに思いつつ、リズは口を開いた。
「あなたたちのリーダーが生きてるかどうか、確かめなさい。嫌なら……」
罰がなければ動かないかも……そう考えたリズだが、与えるべき罰を考えるのもなんとなく嫌になり、彼女は結局「海にでも放るわ」と言った。
相手は、これを事実上の死刑宣告と受け取ったのだろう。血相を変えて頭目の下へ駆け寄り、彼は脈を取った。そして……
「い、生きてます!」
「そう。とりあえず、自殺されないように拘束でもしておいて」
手短に命じるも、男は動けない。その理由を察したリズは、大声で言った。
「仲間には、あなたを撃たないようにさせるわ」
すると、胸中に様々な感情が溢れ出したのだろう。彼は崩れに崩れた笑みを浮かべ、船内へ走り出した。
その後、リズは適当な相手を見繕い、彼と同様にその場の下働きにしていった。もはや抵抗の意思を見せない海賊たちを、下働きたちに拘束させていく。
こうして動けるものがあらかた減ったところで、リズは念のために下からマルクを呼び寄せた。
合流するなり、彼からまずは労いが一言。
「お疲れ」
「どうも」
そんな二人からそう遠くない辺りに、今も倒れ伏す男が二人。
この戦いでの死者は、この二名だ。いずれも、貫通弾の当たり所が悪かった。
この不手際を、マルクは誠意を以って詫びた。「すまない」と。
実のところ、不可抗力ではあっただろう。しかし、言い訳もせずに頭を下げてくる仲間を前に、リズは少し考えた。
仕方ないとは言いだしづらい。悪党であれ、亡骸のそばで言うのは抵抗感がある。
言葉に悩み、真剣な相手の顔をマジマジと見つめ……リズは、少なくとも一つ、遠慮なく確実に言える感謝にたどり着いた。
「あなたたちが仲間でいてくれて、本当に助かってるわ。ありがとう」
この素直な言葉に、マルクは「どうも」と、少し表情を柔らかくして答えた。




