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第123話 反撃開始

 敵船の撃沈成功というのは朗報だが、予想以上の事の運びに、作戦を再考する余地が出てきた。

 もとはというと、リズたちがボートを横付けした上で外部から攻撃を行い、一隻を無力化するという策であった。そうして一隻相手をしているうちに、もう一隻を軍の側で……という考えだったのだが。

「これなら、お任せしてしまってもいいんじゃないか?」というマルクの発言に、エリックも賛意を示した。


「こちらが囮になっている間に、我が艦を有利な位置取りに持っていけば、次も効率的に処理できるでしょう」


 実際、敵船を撃滅するのならば、軍艦と協働するのが合理的だろう。

 しかし……リズには、もう少し別の思惑があった。乗り込みをかけたい理由が。


 そこで彼女は、同乗者たちの了解を得た上で、一度敵船の射程外へと船を動かすことにした。後の動きの算段をつけるためだ。

 砲弾が届かない距離になると、さすがに賊も静かになった。この隙に、先に沈められたお仲間の救助に当たっている……というわけでもなかろうが。

 落ち着ける状況になったところで、リズは《遠話(リモスピ)》の紙を受け取り、軍の側に話しかけた。


「少々よろしいでしょうか。これからの動きについてですが」


 ここで応対したのは艦長である。「挟撃を仕掛けましょうか」と提案した彼に、リズは少し間を開けて言った。


「できれば、あの船を無傷で確保したいと考えております」


「なるほど……そのための移乗攻撃案でしたか。しかし、危険を冒してまで船を確保する理由は何でしょうか?」


「次にこのような事態になったとき、拿捕(だほ)した船をこちらの戦力として運用できれば、心強いのではないかと」


 リズが答えると、同乗者たちが反応した。仲間二人は合点がいったような顔に。エリックは、「その手があった」といった気づきを得た顔に。

 もちろん、乗っ取りをかけにいくのはリスクがある。

 一方、この先の航路が安全という保証もない。予想以上にうまく事が運んでいる中、多少の労と危険を覚悟の上、後の安全を買いに行く意義はある。

 通話先はしばし考え込んだ後、リズの案に答えた。


「透視法によって、敵船内の状況を把握できるということでしたな」


「はい」


「では……とりあえず、砲撃を受けない距離にまで接近し、外部から攻め立てていただきたく思います。それで敵が立て直せないようであれば、機を見計らって乗っ取りをかけることといたしましょうか」


「了解いたしました。案を取り上げていただき、ありがとうございます」


 艦長への感謝の後、リズは同乗者たちに「そういうことだから」といった感じで、少し申し訳なさそうな微笑を浮かべて小さく頭を下げた。

 とはいえ、異議は上がらない。エリックにしてみれば艦長命令を受けたわけであり、上官が認めた方策の有効性について、彼自身も認めるところのようだ。

 仲間二人は、むしろ望むところといった様子。自信ありげな笑みを浮かべ、仕掛けに行くその時を心待ちにしているようですらある。


 こうして策が定まり、最後に艦長は「過ぎた心配かもしれませんが、無理をなさらないように」と言った。

 これに「ありがとうございます」と返し、ボートを動かして旋回させるリズ。


 これから敵船に横付けしに行くのだが、馬鹿正直にまっすぐ突っ込む意味はない。エリックの指示に従い、敵船に上端で接する弧を描くラインで接近することに。


「小回りが利くこの船であれば、この動きが一番妥当でしょう。敵船に動きがあっても、少し補正すれば良いかと」


「了解しました。では、行きましょうか」


 撃たせて引き付ける理由もなくなった今、次はほとんど撃たせないライン取りで接近する。針路については専門家の指示に任せ、リズは操船に専心することに。


 そうして、ボートが再び加速を始め、大きく迂回しながら敵船へと進んでいった。

 距離を詰めてくるこのボートに対し、敵船も機敏に反応し、砲撃で応戦してくる。が、着弾点は、かなり遠い。

 大砲というものの取り回しを考えれば、船から攻撃できる範囲というのは、かなり限定される。的が大きい艦隊決戦ならばともかく、今回の的はかなり小さい。

 さらに海兵の知見も加えれば、砲に撃たれ得る危険域を避けるのは、そう難しいことではなかった。


 それでも砲を撃ち続ける敵船は、どうにか回頭して狙いを合わせようとしているようだが……エリックの的確な指示とリズの操船の前に、敵の努力が実を結ぶことはない。

 やがて、大きな水しぶきも上がらなくなり――敵船は別の攻撃手段を取ることにしたようだ。望遠鏡で様子を見ていたエリックが、同乗者たちに注意を促す。


「弓を取り出したようです。では、次は船首側へ回り込みましょう」


「了解しました」


 砲台は、ほぼ固定と言っていい据え付けの兵装だ。それに比べると、弓は自由度が大きい。海原の小舟を狙うのは相当難しいだろうが……撃たれる側としては厄介ではある。

 そこで、兵を並べにくい船首に回り込み、一気に接近しようというのだ。ある程度近づけば、敵船の船体そのものが壁にもなってくれる。


 それでも、いくらか矢の雨に(さら)されるのは間違いなく、エリックは緊張した様子でいるが……

「矢はどうする? 避けるか?」と落ち着いた様子で尋ねるマルク。

 すると、ニコレッタが「これを使いましょう」と笑顔で言って、大きな木片を船底から取り上げた。

 世間一般にはオールと呼ばれる物体である。

「なるほど、頭いいな」と、皮肉も含みもなく、実際に感心した様子で返すマルクだが……

「えっ?」と、エリックは不意に言葉が漏れ出したようだ。

 彼の言わんとするであろうニュアンスに、他の三人は思わず苦笑いした。


「ご心配なく。ウチの者でしたら、これでもきちんと防ぎ切りますから」


 笑って表情を崩しながら宣言するリズに、部下二人は微妙な笑みを浮かべて立ち上がった。


「オール持ったまま船に立つと、何か変な気分だな……」


「ホントですね」


 とはいえ、程よい厚みがあって、盾にはちょうどいい装備だ。

 とりあえずの防御策を講じたところで、リズはボートの再加速を始めた。


「ある程度ジグザグに動かすから、バランス崩さないようにね」


「振り落とされたら拾ってくれよ」


「いえ、《空中歩行(エアウォーク)》使ってよ」


 などと軽口を交わしつつ、敵船へと突っ込んでいく。


 これに対し、海賊たちから矢の雨が飛んできた。

 狙いはいい加減だ。手当たり次第にといったところだが、それゆえに広くまんべんなく降り注ぎ、むしろ厄介ではある。

 すると、四人の頭上で、木片に何かが突き刺さる音が生じた。

 これを怖いもの知らず三人は、きちんと防げたと解釈し、エリックは当たっていたかもしれないと感じたようだ。

 思い思いの反応を示す四人を乗せ、ボートはさらに矢の雨の中を突っ切っていく。


 船上から弓で狙うにしても、適切な距離感というものはある。

 ボートが近づけば近づくほど、相手の射線がつっかえる形になって、攻撃の手が一気に緩まっていく。

 やがて、一息つける間合いに入った。安堵のため息をつくエリックだが、彼が目を閉じた直後、またも軽快な直撃音。驚いて目を開ける彼に、防御担当のマルクは苦笑いした。


 ボートを直接脅かした射撃は、それが最後だった。

 敵船首の陰に入り込もうかという位置になると、矢がそもそも放たれなくなる。

 防御の必要もないと認め、ニコレッタとマルクは、どちらともなくオールを下ろしてひっくり返した。突き刺さった矢が、一行の視界に現れる。


「四本」


「三本です」


「よし」


「何の勝負よ」


 やや呆れ気味に言ったリズだが……こんなことは、まだ若いながら色々あったであろう彼らの人生でも、初めてだったことだろう。

 にもかかわらず、彼らにとっては、エンジョイできる要素のある出来事でしかなかった。頼もしい限りである。

 とはいえ、本領を発揮してもらうのはこれからだが。


 オールから矢を抜き始めた二人に、リズは敵船を指さした。

 「それが終わったら、仕掛けましょう」と切り出し、これからの動きについて、ざっくりと話していく。


 エリックは引き続き、本艦との連絡と、作戦全体についての指示や助言役を。

 敵への攻撃はマルクとニコレッタが担う。リズは、ボートの操船も兼ね、様子見の待機要員に。

 では、実際にどのように攻撃を仕掛けていくか。攻撃方法は、魔力透視を併用した《貫徹の矢(ペネトレイター)》。その標的は……


「とりあえず、甲板上の連中を優先的に。ただ……」


「何です?」


「たぶん、通信手がいるだろうとは思うけど……さすがに、狙うのは難しいわね」


 透視すれば、船内にいる敵の姿は把握できる。だが、通信手の見分けがつかないとなれば、中の全員を撃たざるを得ない。

 リズはそのように考えていたのだが……


「それらしいのは、識別できるぞ」


「えっ?」


「たぶん、無線の魔道具を使ってるはずですし、それっぽい反応を見分ければ、担当者を撃てますよ」


 こともなげに言ってのける二人を見て、リズは思い出した。


(そう言えば、そういう前職だったわ……)


 情報戦を生業にしてきた彼らならば、敵の通信網を断ち切る訓練も、相応に積んできていることだろう。リズは、その道のプロフェッショナルに託すことにした。

 ただ、少し条件も付けて。


「敵は、あまり殺さないのが好ましいわ。甲板上の連中は戦闘員が多いでしょうから、遠慮しなくてもいいけど……それでも、情報源としての価値があるかもしれない。それに……」


「何だ?」


「連中を裁くのは、私たちじゃないわ。できる限り引っ捕らえて、法の手に委ねましょう」


 この考えを、仲間の二人は認め、リズにうなずきを返した。

 エリックは知らないことだが、この戦いに積極的に関わっていく理由として、自分たちの稼ぎのためという面もあった。賞金稼ぎ的に振る舞うのなら、ならず者は殺さずに捕らえる方が上等であろう。


 方針を共有した後、リズは敵船首から側方へとボートを静かに動かしていった。船首側からでは、透視しても奥行きがありすぎ、識別するのが難しいからだ。

 そして、ボートがちょうどいい配置に着き……これまで囮だった一行は、敵の懐でついに攻勢に転じた。船体という巨大な壁を遮蔽に、その向こう側を見通し、貫通弾で敵を撃ち貫いていく。


 二人は、リズの考えを尊重し、敵に対してうまく狙いをつけていった。

 彼らは経験上(・・・)、死にはしないが動けなくなる程度の急所というものへの理解がある。船体越しに認識するぼんやりとした人影の、そのちょうどいい急所に、二人は狙いを定めていく。

 標的は主に甲板上。これまで大砲や弓を撃ってきたと思われる連中だ。他よりも高いところにいる奴は、とりあえず勘弁しておくことに。


 攻勢が始まってすぐ、敵船の上の方からは怒号が響き渡った。

 何をされているのか把握できない中、仲間たちが一方的に撃たれて倒れている。その混迷と怒りが、声になって表れているのだろう。

 そして……船内へと動いていくように見える人影。それが向かう先の、このような状況でも動かない、固定的な魔力反応――


「通信手らしき者を撃ちました」とニコレッタ。マルクも「確認した」と続け、リズは二人への感服の念を新たにした。

 言われてから状況を見回し、それっぽい者にたどり着くことはできる。

 しかし、リズにできるのはそこまでだ。

「ホント、助かるわ」と、つい口から(こぼ)れたリズに対し、二人は敵船に顔を向けたまま、ほぼ同時に微笑んだ。


「お褒めの言葉は、全部終わってからだな」


「ふふっ、そうですね」



 そうして攻撃を続けた二人だが、程なくしてピタリと手がやんだ。

 甲板を見上げ、マルクは「おりこうさんな連中だ」と、皮肉気味につぶやいた。


 現状の方針では、敵を無力化さえできればそれでよく、倒れた相手まで追い打つ必要は無い。

 そこで敵勢は、一度倒れた者への追撃がないことに気づいたのだろう。下から仰ぎ見る甲板では、倒れている連中の人影しか見えない。

 おそらく、まだ健在の敵は、倒れた者をまたぐか踏むかして隠れ蓑にしているのだ。

――連中に透視法への理解があるかどうかは疑わしいが。


 期せずして対応をしてきた敵を前に、ニコレッタが提案した。


「甘いところを見せてもつけあがるでしょうし……なるべく倒れた者の急所を外しつつ、追撃をかけてみますか? こちらが無慈悲かも知れないと思わせた方が、いい駆け引きになりますよ」


 おとなしそうな顔をして、考えは中々に冷徹だが、マルクは「悪くない」と評した。

 ここまで静観していたエリックも、この二人に同意見だ。


「一方的に攻撃できているというのは、望ましい状況です。相手が音を上げるか瓦解するまで、攻勢は継続するのが妥当かと」


 しかし、リズは考えこんだ。

 彼女なりに色々と思うところはあるのだが……腹を(くく)り彼女は口を開いた。


「甲板上の敵で、今も動けそうな奴って何人ぐらい? ざっくりでいいわ」


「20もいかないぐらいだな」


「数人、死んだフリっぽいのもいます」


「了解」


 この短い返答に、仲間二人は振り向いた。


「もしかして」


「乗り込むわ。援護お願いね」


「やっぱりか……」


 静かに見守るエリックの顔が、徐々に深刻そうになっていく傍ら、仲間二人は落ち着いたものである。


「エリザベータさんが後れを取るとも思いませんが……慣れない環境での戦闘ですし、気を付けてくださいね」


「識別で誤ることはないと思うが……念のため、《念結(シンクリンク)》でも使っておくか」


「そうね、ありがとう」


 と、淡々とした調子で先に進めるリズたち。互いに《念結》を掛け合い、連携の準備を整えていく。リズの手持ちの魔導書は、ボートに置いて増援(・・)に。


 彼女らに対し、最初は信じ難い物を見るようだったエリックも、結局はこの流れを了承した。

 できれば敵船を拿捕したいというのは、隊としても正直な意向だったのだ。

 それに、彼は海戦において、この中の誰よりも経験があるが……これは、普通の海戦の域を脱している。

 彼は、こういう奇妙な戦場において、どういうわけか場慣れ感のある三人に託した。

 とはいえ、三人に信頼を向ける一方、やはり心配は尽きないようで。


「決して、無理をなさらないように! 手に負えない敵だと少しでも判断なされたら、その時は遠慮なく海にでも飛び込んでください!」


「は、はい」


 圧のある気遣いにたじろぐリズだが、少ししてから彼女は、案じてくれる相手に柔らかな笑みを向けた。

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