表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/429

第121話 小舟の出撃

 風力推進ボートの試運転を終え、リズは一度母艦に戻った。

 前方の不審船2隻は、依然としてこちらへ接近してきている。撃ち合う射程まではまだ猶予があるが、それも時間の問題といったところだ。

 そんな中、絶好の囮役を手にしたわけだが……これを囮だけでなく、移乗攻撃にも用いようというリズの発案に、海兵たちの多くは戸惑った。

「さすがに、そのような危険まで負わせるわけには……」と。

 ただ、艦長は真剣に検討してくれているようだ。無言で考え込んでいる。彼に加え、いざとなればリズと同じ目に遭うであろう、マルクとニコレッタも。

 しかし、アクセルはこの案にあまり乗り気ではないのか、不安が顔に表れているようだ。


 リズが帰還してから少しの間、微妙な沈黙が流れ、やがて艦長は言った。


「接舷はともかくとして、ですが。懐にまで近づくというのは、良い案かもしれません」


「艦長?」


「半端な位置で砲を撃たれ続ける方が、よほど危険だろう。あの小舟であれば、敵船に十分近づいた方が、むしろ安全ではないか」


 疑義を呈した部下に対し、艦長は落ち着いた態度で答えた。

 彼が口にしたことは、リズも考えていたことである。艦砲はあまり下に向けられるものではない。艦同士の接近戦であれば、それでも当たり得るだろうが……近づいてきた小さな的を狙い撃つのは至難だろう。

 大砲以外にも、飛び道具の用意がある可能性は高いが、それこそ船に横付けするほどに近づけば、他の武装も意味を成し得ないはず。

 この、懐に飛び込むという考えの妥当性を、海兵たちは最終的に認めた。


 では、そこまで近づいて何をするかだが……リズは案を提示した。


「『船を破壊するぞ』と脅しても、結局は降伏しないでしょう。というよりは、降伏がポーズでしかない可能性が、十分に高いのではないかと。であれば、最初から制圧にかかるのが、妥当であるように思います。頭目を標的にすれば、比較的早く決着するのではないかと」


「とはいえ……数の利は相手方にあるでしょう。地の利もですな。そのあたり、何かお考えがあるのでしょうが」


「はい」


 そこでリズは、仲間を見回してから考えを述べた。

 話は単純だ。敵船のすぐ横にボートを接舷させ、乗り込む前に掃除するのだ。

 《遠覚(テレタクト)》と《幻視(ヴィジョン)》を用いれば、船の中にいる敵勢を把握するのは容易。後は、《貫徹の矢(ペネトレイター)》で外から狙い撃ちにしていく。

 甲板にいる相手に対しては、《追操撃(トレイサー)》で攻撃を仕掛けるのも良いだろう。

 いずれにしても、相手に魔法戦闘の覚えがなければ、数の利をほとんど無視できる。こういう攻め手を相手が想定していなければ、地の利はむしろこちらにあると言ってもいいだろう。


「なるほど。相手が船でも、結局は室内戦を応用できるというわけだ」


「そういうこと」


 室内戦のエキスパートである元諜報員たちの力を活かしてやろう……そういう考えもあっての策だ。

 懸念としては、海賊たちが魔法を使えるかどうか。これについては海兵が実情を述べた。


「初等魔法を使える者は、たまにいます。ですが、そう数は多くありません。今回の策に対して、相手は対応しきれない可能性が高いものと思われます」


「《防盾(シールド)》で防がれる可能性が、無くはないという程度でしょうか」


 リズの確認に、その海兵はうなずいた。


 これで、相手に近づきさえすれば、一方的に攻撃できる可能性が共通認識となった。

 本当に乗り込んで制圧するかどうかは、状況次第ではある。しかし、接近していくという策の有用性について、艦長は承認した。


 だが……話がまとまりつつある中で一人、アクセルは不安そうというか、何か言いたげで、それを抑え込んでいるようにも映る。

 そこでリズは、はたと気づいた。


 敵船に近づくこの策は、マルクとニコレッタを同行させる考えでいた。

 アクセルは、連れていけない。魔法を使えない彼の場合、敵船の外から攻撃するのも、《空中歩行(エアウォーク)》で乗り込むのも不可能だからだ。

 彼が手持ち無沙汰になるのを承知で、ボートに乗せるのも……と、リズは考えた。

 ただ、そうした事情を口にするわけにもいかない。

 仮に、彼の体質を正直に明かせば、それはそれで話がまた面倒な砲口に転びかねない。かといって、単に「魔法を使えない」と言って恥をかかせてしまうわけにも。


 敵を前にし、移動手段を手にし、気づけば彼を置き去りに論を推し進めていたことを、リズは申し訳なく思った。

 個人的な仲間となって、まだ日が浅いということもあり、こういうところでの気遣いは重要だろう。彼女は思考を巡らせ、自然なフォローを入れようと口を開いた。


「アクセルは、こちらで万一に備えて。ボートで接近するのが、うまくいかない可能性もあるから」


「……はい。その、何と言いますか……あまり無理はしないでくださいね」


 気遣いを見せる部下に、柔らかな笑みを向けた後、リズは艦長に向き直った。


「彼は弓術の名手です。仮に敵船の接近を許した場合、彼に適切な狙撃対象をお伝えいただけませんか? きっと、ご期待に添える働きをするものと」


「できることならば、そういった事態にならないように願いたいものですが……心強くはありますな」


 艦長はそう答え、アクセルに顔を向けて小さくうなずいた。

 アクセルとしても、この流れは好ましいようだ。表情を柔らかくし、彼はうなずき返した。


 この流れで、誰をボートに乗せるか、最終決定を行うことに。

 そこで、リズたち三人の実働要員に加え、海兵から一人をボートに同行させることになった。軍艦側との連絡及び、正規軍人としての判断役というわけだ。

 同行者である青年の海兵は、エリック・デルテルムと名乗った。彼自身の申告では、戦闘力はさほどではないが、それなりに魔法の覚えはあるらしい。

 特に、彼が《空中歩行》を使えるというのは、リズたちにとって朗報であった。万一があっても、どうにか命だけは助けられそうである。


 出撃人員が決定し、最後に装備の貸与。乗り込みの可能性アリということで、リズたちには制式武器のサーベルを一振りずつ。

 これは、実戦においてあまり使うものではなく、どちらかというと制服の一要素といったものである。

 軍として、リズたちを正式に、作戦協力者として承認したという側面も。


 準備が終わり、出撃者四人は例のボートに乗り込んだ。艦後方から少しずつ、ボートが海へと降ろされていく。

 その巻き上げ機の近くにまで寄ってきたアクセルが、一行に叫んだ。


「きちんと、帰ってきてくださいね!」


「もちろん!」


 可愛いところを見せてくれる部下に、リズは笑みを浮かべて朗らかな声を返した。


 ボートが着水し、ここからが本番である。リズは少しずつ、船尾の魔導書に力を注ぎこんだ。

「思ったより遅いな」とマルク。「人数が増えて重くなったからか」

 実際、リズが先にやってみせたときと違い、発進はかなり緩やかだ。

 ただ、これには理由がある。「急加速したのでは迷惑でしょ」と、リズは言った。


 同乗者がマルクとニコレッタだけであれば、リズは何の遠慮もなく急発進させる考えであった。

 しかし今回は、気遣いして然るべき関係者が同乗している。今後を踏まえれば、現場の海兵からの心証も重要であり、彼女はそういった配慮をしていたというわけである。

 とはいえ、気遣われる立場のエリックは、「お気遣いなく」と答えたが。


 そうこう話している内に、ボートは少しずつ加速していった。体感できるほどにスピードが乗っていき、やがて波間を切り裂いて海を疾走していく。

「これ、いいですね!」と、ニコレッタが楽しそうに言った。戦いに行くための移動手段なのだが……実際、リズとしても楽しくはある。


「後で、アクセルさんも一緒に乗り直しません?」


「……いいけど。働くの私だけど……ま、いいけど。福利厚生ってヤツね」


 少し冷ややかに返したリズに、ニコレッタは真顔になり、すぐに申し訳無さそうな顔に。

 とはいえ、アクセルを仲間外れにした意識は、リズにも確かにある。ニコレッタの提案は、リズとしても価値あるものだ。改めて笑みを向けると、ニコレッタも苦笑いを返した。

 そうした女性陣の話に、タイミングを見計らってマルクが一言。


「何事もなく終わったらな」


「それはもちろん」


「あとな……このボート、借り物だぞ。しかも、軍の官給品だ」


 そうなのだ。すっかり私物のように考えていたリズたち二人は、舞い上がっていた自身を恥じ入るように口を閉ざし、それぞれ顔を海に向けた。

 そんな一同に囲まれ、今から戦場に向かうというのに不釣り合いな、どこか余裕がある雰囲気の中、エリックは含み笑いを漏らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ