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第119話 懸念の船路②

 航海始まって3日目の朝。

 リズは小休止を取っている船員に、ロープの結び方を教えてもらっていた。

 彼女のメイド時代、雑用で何かを縛るという経験はそれなりにあった。そんな彼女から見て、船乗りたちの結索術は実に手並み鮮やか。適当に手早くというわけではなく、系統だった術技のように映った。

 そこで、声を掛けて手ほどきを……というわけだ。

 教師側にしてみれば、技を褒められて悪い気はしないだろう。ロープ(さば)きに興味を持つ娘というのは、やや奇異な存在かもしれないが。

 そうして和やかにロープ結びを教えてもらっているところ、通りかかったアクセルが感心した表情で話しかけてきた。


「なるほど、熱心ですね」


「ええ、興味があったから」


 にこやかに返答したリズだが、相手が思っていた言葉とは違っていたらしい。アクセルは、勘違いを恥ずかしがるように、少し小声で言った。


「賊を縛り上げるための予行練習かと……」


「あ~、そういうこと」


 海賊との遭遇について、話題には上がったものの、まだそういう報告は届いてこない。このまま気苦労だけで済めば……といったところか。

 いざ戦闘となれば、積極的に関与する腹積もりのリズたちではあるが、安全な航海に越したことはない。


 しかし、その日の昼。船に急報がもたらされ、リズたちは船長室へと案内された。

 室内で待っていた船長の表情には、真剣味と苦々しさが入り交じっている。自然と重い空気になる中、彼は言った。


「開港後初めての船、こちらとは目的地が違うものですが……そちらから、襲撃を受けたという連絡が」


 もっとも、連絡できたということは、船同士で連絡を取り合う魔道具が無事であり、船が沈んではいないということだ。船長を始めとし、船員たちにも、そこまでの深刻さはない。

 実際、賊と交戦したとはいえ、船自体は無事だったという。


「賊の船は二隻。大砲で一隻は沈めたものの、もう一隻の接近を許すこととなり……最終的に接舷戦闘となりました。負傷者を出しつつも、敵船を沈めたとのことです」


 というわけで、勝ちはしたが、軍艦の人員的な被害は無視できない状況にある。

 よって、目的地までの航路から少し寄り道をし、中継地点となる島で負傷者と予備兵の入れ替えを行うという話だ。


 大損害には至らなかった。商船を守りきれたというのも、重要である。

 しかし、船長としては懸念があるという。


「海賊側が二隻というのが、かなり珍しい事象です」


「そうなのですか?」


「同じ船の中であっても、分け前をめぐって争い合う連中です。海戦で死ぬより、仲間割れで死ぬ可能性が大きいとも、冗談交じりによく言われます。そういった連中が二隻というのは、ありえない話ではないですが……」


 海賊側が一隻で動くのが普通と考え、商船一隻に商船一隻を振り分けている現状がある。そこを予期した連中が、徒党を組んだと考えることはできる。

 あるいは、他の可能性も。

「裏で手を引く連中がいる、そういう可能性もあり得ますね」とアクセルが指摘した。


「確かに。出航のタイミングがわかっていたのなら、軍艦の存在も把握できていただろうしな」


「複数隻で動く海賊が今後も目撃されれば、これが組織的な作戦行動の線も?」


「実際、相手の動き出しが早いように思います。海路封鎖中、何らかの拠点を用意されていた……あるいは、自然発生的に出来上がったのかも」


 活発な議論を始めるリズの仲間たちに、船長は渋面でうなずいた。


「軍の側とも、同様の見解にたどりつきました。偶然の可能性はありますが、何かしら背景がある動きかもしれない、と。だからといって、何かできるというわけではありませんが……当初よりも、厄介な状況にある可能性が高くなったものと思われます」


 室内に緊張感が満ちていく。船員たちは気が気ではないようだ。

 ただ、当初想定よりも困難な状況の可能性が増した中ではあるが、前の発言を取り下げるリズではなかった。

 彼女は場の面々を見渡し、「時が来れば、尽力します」とだけ、改めて宣誓した。仲間たちもこれには異を唱えない。


 しかし――仲間たちがこの方針を受け入れるとしても、リズの口から語られない部分は、まだ多い。



 その日の夕方。

 リズたちの船室はやや手狭だが、間に合わせ程度の机はある。その机に向き合い、リズは広げた魔導書に筆を走らせていた。

 と、そこへ、「何か、考えがあるんですよね?」と尋ねるニコレッタの声。

 彼女は二段べッドの上から、やや身を乗り出すようにしている。リズが何を書いているのか、興味津々といったところだ。

 男二人も、リズの考えには関心があるらしく、彼女の背にじっと視線を向けている。


 いざ海賊が現れたとなれば、この四人での初めての共同作戦が始まる可能性が高い。そう考えれば、彼らの様子も無理もないことであろう。

 雇用主であるリズが、積極性を見せて首を突っ込んだ件ということもあって、なおさらのことである。

 しかし、何か期待を(いだ)いていたかもしれない三人に対し、リズの返答は少し頼りないものであった。


「考えがあるにはあるけど、やってみないと、なんとも……」


「ぶっつけ本番か?」


「ええ」


 とはいえ……あの革命自体、ぶっつけ本番の連続であった。

 そして、この三人は、あれをどうにかしてしまったリズの働きぶりを、それぞれの立場からよく把握していた。それを踏まえれば、今回の戦いも心配するには当たらない。

 加えて、リズのみならず、互いの力量への信頼もあるのだろう。頼りなさげな雇用主の返答ではあったが、三人は何ら深刻さや不安の色を示さなかった。

 だが、それでも疑問自体はあるらしい。マルクはその点について尋ねた。


「積極的に関与しに行くようだが、何か目的は?」


「目的ね」


「……あ~、いや、別に反対というわけじゃないんだ。むしろ支持する」


 こうして尋ねること自体、やや否定的か懐疑的な含みがあったかも――そう思ったのか、マルクは先の態度を訂正するように言葉を継いだ。


「この海路の安全は、俺の故郷にとっても無縁じゃないからな。ハーディングに不都合があれば、心苦しいものもある。ただ、それ以外の思惑もあるのなら、それはそれで聴いておきたいんだ」


「私も気になってました。今後に関わることかもしれませんし」


「確かに、そうですね」


 つまり、仲間の全員が、今の状況について説明を求めている。

 魔導書を書き進めているところであったが、さすがに背を向けたままでは感じが悪い。

 彼ら自身、リズがワケアリっぽいことを認識した上で、好き好んで付き従っている部分があるとはいえ……リズはきちんと向き直って誠意を見せることにした。


「色々と考えはあるわ。目論見がうまくいったら、できる限り話すつもりだけど。とりあえず、恩を売っておきたいとは思うの」


「恩というと……マルシエル相手ですか?」


「正解」


 アクセルの言葉に、にこやかな笑みで応じたリズは、自身の考えを続けていく。


「軍の助けをすること自体は、管轄するルグラード王国への恩にもなるでしょう。国を離れてからも、印象の足場固めをする意義はある。ただ、どちらかというと、マルシエルからの心証を良くしておきたいの。航海の安全に貢献したということでね」


「なるほど」


「軍の方々には、その証人になっていただければと思う。私たちの働き次第だけど、マルシエルに売った恩が、すぐに現金化されるかも」


 その言葉にニコレッタは、感心したようなため息をついた。


「私たちへのお給金のこと、考えてくださってるんですね」


「えっ……いや、当たり前でしょ? タダ働きさせちゃったのでは、あまりに申し訳ないし……」


 もっとも、リズの考えがうまく通るか定かではないが……航海の道中でも、稼ぎに(つな)がるようにという彼女の積極性を、三人は認めた。

 もとより人のためという目的はあったが、頑張り次第では自分たちのためともなる。自分たちの技芸を生かす道をと考えていた三人にとっては、その点でも願ってもない好機であろう。


「つまり、軍公認で賞金稼ぎをするわけだ」


「ま、そんなところ」


 まだ語っていない理由は他にもあるが、現状の説明で、とりあえずは十分のようだ。仲間がヤル気になっているのを認め、リズは再び魔導書に向き直った。

 スラスラ書き進めていくところ、少ししてから、アクセルが後ろから声をかけてきた。


「あの、お邪魔でしたら申し訳ないのですが」


「いえ、大丈夫よ。遠慮しないで」


「船、揺れてますよね? それでも書けちゃうんですか?」


「ええ、まぁね……」


 揺れを感じつつも、魔導書に記す分においては、特に支障がない。

 激しい揺れではないから、というのもあるだろうが……記述の精密さに自信があるリズも、こういう環境下で意外にも無理なく書けてしまう事実に対しては、なんとなく気持ち悪く思った。

 もっとも、彼女の背に仲間たちは、感服したような目を向けてくれているのだが。

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