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第115話 変装のススメ②

 夕方、日が沈みかけた頃。


「へぇ……だいぶ変わったな」


「そうですね」


 日焼けを楽しんだ女性二人を目にした、マルクとアクセル。

 彼らは、別に魅了された感じではないが、とりあえず感心したようではある。リズが思っていた反応とは違うが、好感触自体は与えたらしく、変装としては成功だろう。


 宿は四人で一つの大部屋に泊まっている。なんだかんだ、お互いに後ろ暗い部分がいくらかある身分だけに、お互いのためとして同室している形だ。

 ベッドが4つ並ぶ部屋の中、壁際のドレッサーは1つ。ニコレッタに促されるまま、リズはその前に陣取った。

 彼女がドキドキしながら鏡を見ると、映し出されている自分は、すっかり焼けて小麦色に近いものになっていた。

 これだけでだいぶイメージが変わっており、新鮮な自分の姿に、リズの口から思わず感心のため息が漏れ出る。

 そこで、「ご感想は?」と、淡白な調子で尋ねるマルク。


「やっぱ美人だわ」


「それは認めるが……」


 褒めたというより、本当に「認めた」といった風の彼に、リズは苦笑いを浮かべた。


 中々のイメージチェンジを果たしたリズだが、これだけでは変装として不十分かもしれない。

 自身の髪を指先で弄んだリズは、「切った方がいいかしら」とつぶやくように(こぼ)した。

 これに対し、ニコレッタは「もったいないですよ」と即答。


「そ、そう?」


「ええ、もちろん」


 どことなく力のこもった返答に、リズはいくらか気をよくした。先程のマルクと違い、少しは褒められているように認識したからだ。

 あまり面と向かって言われることはないが、容姿を褒められて悪い気はしない。大勢から無視され続けてきた、王宮暮らしの反動という面もあろうか。


 だが、褒められたと思ったのは、リズの早合点であった。ロングヘアの利点を、ニコレッタが力説する。


「変装する上では、髪が長い方が有利です。簡単にヘアスタイルを弄れますので。短くするのも有効ですが、戻すのに時間がかかりますし……髪型で遊んで不自然でないのは、ロングが似合う人の特権ですよ」


「……なるほどね」


 褒められたわけではないにしても、その道のプロが言うことであり、リズは黙って耳を傾けた。

 男二人も、化粧や美容にはあまり興味がないようだが、変装については興味があるらしい。彼らも聴衆に加え、ニコレッタは自分の仕事について語り始めた。

 彼女曰く、夏場は服でごまかすのが難しい。特に口元。スカーフやマフラー等で隠すのは不自然で、顔を(さら)さざるを得ない。

 二人が肌を焼いたのも、肌の露出が増える季節の中で、どうにか効果的に変装するためのことである。

 それに加え、ヘアスタイルを変えることで、その人が持つイメージを変えようというのだ。


「港町の女の子みたいなノリで整えましょう。髪はアップでまとめて、おくれ毛を少しアクセントに」


「……お任せします」


 リズはとりあえず、ノリノリのスタイリストに全てを委ねた。

 承認を受け、鏡の中にいる仲間が揚々とリズの髪に触れる。その様が、リズにとっては、なんとも新鮮な光景だった。


 リズ自身、身だしなみの作法について覚えはあるが、それ全て自分のためであった。

 なぜなら、王宮内における彼女は、王族の一人でありながら、同時に不可触民のようなものでもあったからだ。彼女を敬う者は数少なく、彼女には恐れ多くて触れない。彼女を軽んじる者は、穢れ多くて触れない。

 彼女の身に宿る貴賤は、決して相殺されることがなかったのだ。

 そのため、身だしなみを整えるために彼女が誰かに触れたり、逆に触れられたり……そういうことは、ありえないことだった。


 少し昔では考えられなかった、この初めての経験に……リズは、湿っぽい感慨のようなものは特に感じなかったが、ちょっとした興奮を伴う暖かな感じを覚えた。

 日焼けに加え、手際よく変えられていくヘアスタイル。見知らぬ自分が鏡に映し出され――

 程なくして、割と雑にまとめたポニーテールの少女が出来上がった。何箇所か、髪がまとめきれずにそのまま取り残されている。

 これが、普段とは少し印象を変えるための、ちょっとした工夫とのことだ。

 実際、リズが自身で整えたのなら、こうしたアクセントはなかっただろう。当人にちょっとした違和感を覚えさせつつも、バランスは損なわず、新たなイメージを与えている。見慣れない中に自然さを覚え、リズは感服した。

 しかし、まだ終わりではない。責任者が楽しそうに言った。


「服の用意がありますから、これを」


 そう言って、ニコレッタは紙袋を手渡してきた。いつの間にやら調達してきたらしい。

 何から何までやってくれるのは心強いが……ニコニコしている彼女に、どこか気圧される感じも覚えつつ、リズは別室へと足を向けた。


「のぞかないでね」


「あのな……」


 余計な一言に、男性二人は苦笑いを浮かべている。

 無言のアクセルは、やや頬が赤いようだ。


(マルクと違って、可愛らしいところがあるわね……)


 とは思ったが、リズは黙っておいた。


 さて、ニコレッタが調達した服というのは……水兵服であった。下はズボンで男物である。

 季節柄を踏まえれば、かなり快適な服だ。日焼けとヘアスタイルも合わさり、一気に活動的なイメージに。

 ただ、この装い自体は気に入りつつも、変装としての選択理由をリズは尋ねた。


「これって、乗組員を装って乗船する感じ?」


「色々と考えましたが、これが適切かと」


 そう答えたニコレッタは、男性陣も静かに耳を傾ける中、色々の部分を流れるように語った。


 普通の乗客として乗るのであれば、何らかの監視をごまかしきれない可能性はある。

 そこで、リズの手下三人が、普通に乗客となろうというのだ。海外へ行こうという客は様々だが、あまり社会的身分がなさそうな若者というのは、中々に珍しい。

 この三人を囮にした上で、リズは乗客のポーターを装って乗船する、と。


「積み荷の中に入ることができれば、それが確実ですが……やはり、無理ですね」


「それは、さすがに」


 困り顔で言ったニコレッタに、アクセルがすぐ応じた。

 なにしろ、爆破事件で封鎖した港である。不審物の警戒に手を抜くのはありえない。他国への信用もあるだろう。

 それに、新政府がこれまでより透明性を重視する施策を打ち出している以上、積み荷の偽装が許されるはずもない。クリストフからの紹介状があるとはいえ、こういうところで彼の信用を傷つけるわけにも……


 というわけで、リズは乗組員を装いつつ、実際には乗客として乗船することに。

 さて、変装はこれで終わりかと思いきや、まだ隠し玉があるという。ニコレッタは、包み紙で巻かれた平べったい何かをリズに差し出した。


「これをどうぞ」


「え、ええ」


 次から次へとモノが出て来る部下に圧倒されるものを覚えつつ、リズはそれを受け取った。

 包み紙を取ってみると、それは何の変哲もない干し肉のようであった。無言で指さすリズに、ニコレッタがうなずく。


「普通に食べてみていただけませんか?」


「少し恥ずかしいわね……」


 と言いつつ、リズは干し肉を一口噛み切り、口を閉じて食べ始めた。

 何の変哲もない、本当にただの干し肉である。この効能について、ニコレッタは言った。


「固いものを食べてる時って、リズさんでもそんなに美人に見えないでしょう? 輪郭が整わないですからね」


「なるほど、確かに」


 マルクが答える横で、アクセルが感心したようにうなずく。

 実際、ジャーキーを口に含んでいる間、顔に自信があるリズも、鏡に映る自分はさほどでもなく見えた。


「当日は、干し肉ではなくパンでもいいかもしれませんね。口元を隠しながら食べ歩くといいでしょう。硬めで酸っぱい物だと、自然と眉が少し寄って丁度いいかもしれません」


「……食べながら動くのは、ちょっと行儀悪いんじゃない?」


 一口分の干し肉を食べきり、リズは言った。

 もっとも……普段と違う自分を演じるなら、そういう行儀の悪さも、いいオプションになるのかもしれないが。

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