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第113話 旅は道連れ

 別れを済ませ一人になったリズは、サンレーヌ市街を歩いていった。

 革命で占拠したあの日と比べると、市内はかなり活気を取り戻している。


 当時の外交情勢については、この街の民衆も気を揉むばかりの毎日であったらしい。上層部が武断的に寄っているというのは知れた話のようで、そこに革命の蜂起というニュースがやってきたのだ。気が気ではなかっただろう。

 それに比べれば、今はだいぶ落ち着いたものだ。このハーディングを中心として、革命に便乗した各勢力が手を取り合い、国際協調の流れができてきている。

 こうした国際情勢については、新政府の広報から積極的に情報を市井へ流している。新政府なりの思惑あっての広報活動だが、民衆の反応は上々といったところだ。密室会議で軍費を絞られるよりは、ずっと好ましいだろう。


 前向きな変化を感じられる大通りを、リズは歩いていった。この状況を作った立役者の一人だが、すれ違う人々に、彼女がそのように認識されることはない。

 それが彼女には気楽で何よりであった。


 そうして彼女は、街の外に出た。清々しい晴天の下、草地にやや幅広な街道が整備され、地平の向こうまで続いている。

 どこまでも続くように見える道を、彼女は軽めに駆け出した。

 何も、後ろ髪引かれる思いを振り払うためとか、そういうわけではない。

 駆けていくのは、あくまで時短のためである。来月頭には、トーレットが開港されるという話だ。そして、それまではできる限り、仲間たちとともに過ごしていたい。

 となれば、サンレーヌ・トーレット間を駆け抜けるのは、彼女にとって至極当然の道理である。


 彼女は風を切り、街道を軽やかに駆けていく。


 あの地に自分を引き留めようという思いは、実のところ、ほとんど湧いてこなかった。

 継承競争のことを思えば、いつまでも居られるものではない。第三王女によれば、「ある程度は、競争の進行を停滞させる」という話であり――リズは、その言葉は信じた。

 ただ、長く見積もっても、一ヶ月程度が関の山だろうとも。


 長居できないからこそ、彼女はここから出ていく。そして、また来れる――というより、来れるようにする――からこそ、振り向かないでいられる。

 いつか来てまた会うというのは、彼女にとって淡い願望ではなく、現実的な目標なのだ。

 それこそ、ハーディングの前に世話になった、ロディアンの町と同じように。


 走りながら、そのための算段を思い巡らせていくリズ。

 すると、彼女は自身を追う何者かの気配を察知した。振り向くことに、かすかな抵抗を覚えつつも、後ろへと視線を向ける。

 しかし、後方には何もいなかった。岩、木立、遠くに建物。身を潜められる物はいくつかある。


(さっそくってところかしら?)


 継承競争以外にも、各所から目をつけられても仕方ないという認識はあった。街中で仕掛けられなかっただけ幸運と思い、リズは再び駆け出した。

 やはり、追手は気のせいではない。彼女はより一層の力で、地を蹴り出していく。追手を振り切ってやるために。

 しかし――


「ちょ、ちょっと待て!」


 後ろが音を上げた。これも駆け引きの一環かも、とは思いつつ、後ろに顔を向けるリズ。

 そこには、彼女と同世代ぐらいの若者が三人いた。いずれも見知った仲であり――

 革命勢力に紛れ込んでいた、諜報員である。


 三人とも、膝に手を当てるなりして、疲労した様子を見せつけている。お仲間に合わせる芝居かもしれないが……

 相手が相手だけに、自然とこういう勘ぐりをしてしまう。そんな自分に、やや自嘲気味な笑みを浮かべつつ、リズは三人に近寄っていった。

 この三人は、それぞれ別々の勢力に所属していた。


 まず一人目、マルク・ルチアーニは、ハーディングの隣にあるクレティーユ領からの諜報員だ。

 彼はモンブル砦の確保においてリズと交戦し、彼女の手で捕虜となった。そういう意味では、縁深い仲と言える。

 次に、ニコレッタ・ローレン。メガネを掛けた、いかにも地味なこの少女は、海外の商業国カトマイアからやってきた。

 目立たない風貌の彼女だが、変装と演技の名手だ。サンレーヌ城占拠にあたっては、城内の使用人に扮し、警備兵たちを何人も無力化していった。

 最後に、アクセル・リスナール。ハーディング伯直属の諜報員であり、魔法に反応しないという、極めて稀な体質の持ち主だ。


 では、それぞれ違った背景を持つはずの三人は、リズに一体何の用があるというのか?

 彼女自身、それはすぐには想像もできなかった。それに、何やら妙なことに、三人ともどことなく恥ずかしそうにしているではないか。

 やがて、ニコレッタが口を開いた。


「あの……エリザベータさんは、この後どちらへ?」


「どこって……言ってもいいものかしらね?」


 この三人で固まって動いているというのは妙な話だが、相手は諜報員である。下手に明かすこともないかと考え、リズはそっけない返事を口にした。

 すると、ニコレッタは男二人に視線を向け、代わりにマルクが口を開いた。


「実を言うと、俺たちは今、無職なんだ」


「そ、そう……」


 珍しく言い淀んだリズに、マルクは言葉を続けていく。

 何でも、上同士は仲良くやっているところだが、諜報員としては任務に失敗したと考えられるとのこと。

 実際、同僚たちを束ねていた彼としては、それに抗弁できるはずもなく、退官勧告を受け入れたという話だ。


「家族は厚遇してくれるって話だったからな……家族に手当が回ると考えれば、退職も悪くはないな、と」


「そうだったの……ニコレッタ、あなたも?」


「はい……退職金が故郷に。それはいいんですけど、私の稼ぎが……」


「ああ、ごめんなさい。もういいわ、大丈夫」


 言わせてしまっている感に、やや罪深さを覚え、リズは小さく両手を振った。

 残るはアクセルだが……話の流れから考えれば、聞くまでもないことであった。だからといって、彼をスルーしてしまうのも、なんとなく気まずい感じはあったが。

 三人を見回し、リズは尋ねた。


「それで、何のご用? 大体、想像はつくけどね……」


「……その、何だ」


「僕たちのこと、雇ってくれませんか?」


 言い淀むマルクに割り込むように、アクセルが言った。真面目な顔を向けてくる彼に、リズは問いかけていく。


「あなたたちぐらいの才能があれば、どこでも引く手あまただと思うけど……」


「それはそうですが……」


「……エリザベータさんについていくのが、一番、その才能(・・)を活かせる道だと、そう思ったんです」


 控えめでおとなしそうなニコレッタが、真剣な眼差しをリズに向け、はっきりと口にした。

 これに合わせ、マルクも言葉を重ねてくる。


「今更、堅気の仕事には戻れないんだ。なんだかんだで、ひりつくような緊張感や自分を試される環境に、魅了されてしまっている。故郷含め、この付近が安定していくのは幸いだったが……もう、俺の居場所ではないとも、思ってしまったんだ」


「……で、私に付いていけば、危険にありつけると?」


 皮肉を込めて問いかけるリズに、三人は顔を見合わせ、うなずいた。


 リズが本当はどういう人物なのか、その背景も知りはしないだろうが……実際、ついていけば、彼らなりの自己実現に(つな)がることであろう。

 彼らの見立てが、決して的外れではないことに、リズは大きなため息をつき……少し疲れた感じの顔を上げ、言った。


「わかったわ。雇用主になってあげようじゃないの」


「いいのか?」


「……あなたたちが想像する以上に、私って結構……アレなんだけど。ま、逃げたくなったら言いなさい。言わずに勝手に逃げても、軽蔑はしないわ」


 この言葉を、挑戦や挑発と受け取ったのだろう。再び顔を見合わせた三人は、不敵な笑みをリズに向けた。


 こうして彼女は、思いがけない形で最初の仲間を得た。

 実のところ、単独で動き回るのは身軽ではあるが、できることに限界もある。自分以外の協力者が必要と、薄々感じていたのは事実であった。

 ただ、仲間が必要とはいっても、ラヴェリアという超大国に追われる身とあっては、逃避行に巻き込んでしまうことへの罪悪感がある。

 そこへ行くと、今回こうして仲間になった連中は、自ら好んで危険に飛び込んできたわけであり……

 先頭を歩くリズは、振り返って三人の顔をマジマジと見つめた。


「何か?」


「何でもないわ」


 実にちょうどいい連中が、声をかけてきたものである。


 部下がいるがゆえの気苦労も、きっとあることだろうが……

 少なくとも、長い船旅でも退屈することはないだろう。そのことだけは、内心でさっそく、三人に感謝するリズであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これにて第2章完結となります。

思っていたよりも長くなってしまった感はあります。

次からは、もう少しコンパクトにまとまるかと思います。

よろしければ、引き続きお付き合いください。

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