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第112話 別れの日

 6月26日、昼前。サンレーヌ市庁舎にて。

 石造りの立派な庁舎は、ハーディング新政府関係者のために、一部が借り出される形となっている。

 その一角、広々とした会議室で、リズは仲間たちに向かって切り出した。


「長らく、お世話になりました」


 この場に集う面々は、革命勢力幹部から、新政府の議員や職員へと転身した関係者たちである。

 革命の間、苦労を共にした彼らは、リズがいずれ去っていく身であると知っていた。彼女自身、革命に参加した時点で海外へ行くつもりだったと伝えてもいた。


 だが、実際にその段になると、名残惜しいものがあるのは確か。

 多くが湿っぽい顔になる中、軽口を飛ばす者も。


「長らくって程、長くもなかったような……」


「それに、世話になったっていうか、むしろ世話してくれたってところでは?」


「いや、まさか自分の口からそんなこと、言えるものでもないでしょ」


 と、交わされる言葉自体には軽い感じがあるが、それも別れを惜しむがゆえの強がりのよう。

 そんな仲間たちに、リズがどことなく慈愛に満ちた視線を向けると、軽口を叩いていた面々は恥ずかしがって顔を少し紅潮させた。

 なんとも物憂げにさせてくる沈黙が少し流れた後、この場でも司会役を務めるクリストフが口を開いた。


「やはり、恩赦の件ですか?」


「ええ。こういうところは、きっちりしなければ」


 今回の革命において、並々ならぬ貢献をしたリズだが、すさまじい重罪を犯してもいる。

 それは、正規軍との会戦に先立ち、革命のビラに《防盾(シールド)》の魔法陣を刻み込んだことだ。無許可で戦闘向け魔法陣を大量転写したわけである。

 実のところ、新政府に関わる他勢力にしてみれば、この大犯罪に助けられた面は大きい。

 というのも、一般人にも《防盾》を使えるようにしたおかげで、防戦一方に構えて相手の戦意を削ぐという策をとることができ、結果として人命の損失を避けられたからだ。

 まともに戦う道をとっていれば、戦後の混乱は長引き、領内や国内での軋轢(あつれき)は、今よりももっと根深いものになっていたことであろう。

 実際、守りを固めて心を攻める方策について、他勢力からそれとなく評価されてもいる。


 だが、それはそれとして、大罪には違いない。

 この件に関しては公式に罪を自供した上で、ルグラード国王から恩赦を頂くという茶番(・・)を経て、一応の決着を見ている。

 あとは、秩序を築く側が、自らの襟を正すだけだ。


「恩赦を受けた身で、まさか顕職に就くわけにもいきませんし……かといって、裏に控えているというのも、いらぬ嫌疑を招くのではないかと」


「あなたに疑念が向けられる環境ではないと信じたいところですが……」


 世の中、良い方に好転しつつあるとはいえ、まだまだ予断を許さない状況だ。言葉を切ったクリストフは、渋面で少しうつむいた。


 結局、領内を離れようというリズの意思を尊重することとなった。これまでの活躍に対し、それぞれが感謝を口にしていく。

 別れを惜しまれ、感謝され……そういう自分であることを、リズは誇らしく思った。

 一方で、心残りのようなものも。


 この皆と、今の国際情勢の流れであれば、悪くなることはきっとないだろう。自分がいてもいなくても、結局はそう変わらない。そういう予感が彼女にはある。

 ただ――この仲間たちが、ハーディングのこの先をどのように築いていくか。それを同じような目線で見つめてみたいという思いは、確かにあった。

 そういう思いを自覚した彼女は、場のそれぞれにしっかりと視線を向けて見回した後……笑顔で朗らかに言った。


「今のハーディングは、国際的に話題の中心地といったところでしょう。私がどこへ行こうとも、風のうわさでいくらでも、こちらの動向を知ることはできるものと思います」


 その後、彼女は少しイタズラっぽい顔になって、話を締めた。


「私がいなくて寂しいからって、私をすぐ出戻りにさせるような事態に、させないでくださいね?」


 この挑発に、皆はそれぞれの笑みを浮かべて応えた。


 一人で会議室を出た彼女は、いつも通りの歩調で外へ向かった。

 しかし、彼女を追う足音が。振り向いてみると、クリストフとクロードの二人組がそこにいた。

 おそらく、個人的に何か言いたいのだろう。先ほどのは、全体向けの挨拶であると。


 そう考えたリズだが、あえて指摘を入れるでもなく静かに構え、向かい合う青年二人に柔らかな笑みを向けた。

 先に口を開いたのはクロード、彼はしみじみとした口調で言った。


「なんていうかさ……その、なんだ。今までありがとな」


「フフッ、初対面の時とは大違いね」


 ツンケンされていた当時のことを持ち出したリズは、苦笑いになった彼に、「こちらこそ、ありがとね」と返した。

 続いてクリストフ。近頃の会議ではスパスパと迷いなく発言していく彼だが、今ばかりは少し言葉に悩み、口を開いた。


「確か、国外へ出られるという話でしたが」


「はい」


「良ければ、また来てください。フラっと訪れるぐらいの感じで、気軽にお話できれば……とても嬉しく思います」


「ええ、もちろん」


 最後の挨拶は以上。リズが思っていたよりも、ずいぶんとあっさりしたものであった。

 もしかすると、一対一であれば、お互いにもう少し色々と言葉が出たかもしれない。

 ただ、彼女としては、湿っぽいよりはずっと良かった。互いの前途を祈り合い、二人と固い握手を交わし、彼女はその場を立ち去った。


 こうして革命幹部たちとの別れは済ませたが、まだ会っていない者もいる。

 庁舎の出たところで、リズはそうした面々に出くわした。傭兵たちである。

 彼ら傭兵は、サンレーヌ占拠と新政府樹立で以って、契約満了として去った者もいれば、ここに留まった者もいる。領内が安定するまで念のため、ボディガードとして雇われている格好だ。

 その中の一人ダミアンが、リズに話しかけてきた。


「今日、発つんだったか」


「ええ。あなたたちにも、お世話になったわ……また会えたら嬉しいけど、少し難しいかしら?」


 あまり場を重くしないようにと、気軽な感じで尋ねたリズに対し、傭兵たちもまた、普段の調子で首をひねった。

 そこで答えたのはマルグリットだ。「たぶん、当分はここの世話になるかも」と彼女は切り出した。


「いやさ、この辺りのお仕事が、少なくなりそうな感じがあって」


「だよなぁ……下手に動くよりは、ここで雇ってもらいたいぜ」


 仕事仲間たちも、彼女の発言に賛同している。

 マルグリットが補足したところによれば、これまでのハーディングは国境側に軍事的警戒が向いていたおかげで、領内の防御のバランスが悪かった。軍備を整えていると言っても、増えているのは新兵ばかり。

 そこで、目端の利くゴロツキが、この領に狙いを定めて活動を始め――目ざとい傭兵たちは、そういう兆しを敏感に察知し、世知に長けた商人たちとの関係構築に動いたということだ。


「あの当時は、お上への反発もあったんでな……傭兵と商人で金にシビアな関係同士、お互いに信用できてたって面もあったろうと思う」


「なるほど……」


 こういう話を聞けるのは、リズとしてはかなりありがたいことだった。本だけでは得られない生の知識が、彼女の好奇心を満たしてくれる。

……それも、これで当分はお別れと思うと、やはり名残惜しい物はある。

 ただ、革命の同志たちと比べると、傭兵たちは実にカラッとしたものである。幾度となく出会いと別れを繰り返したのだろう。

 今もなお、一同のまとめ役のままでいるダミアンは、最後に尋ねてきた。


「また、こちらに来るか?」


「そのつもり」


「その時まで、ここに居られたらいいんだが……ま、達者でな」


「ええ。あなたたちも、元気でね」


 その後、リズはそれぞれと握手を交わし、小さく手を振って皆と別れた。

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