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第101話 彼女の戦場

 リズから見て、敵部隊は扇形に布陣している。川に届くほど回り込む動きを見せる敵は、まだいない。

 この敵部隊が目的とするものが何なのか、現状では(つか)みきれないところが大きい。


 そこで彼女は、相手の反応を引き出すべく、先手を打つ意を固めた。

 心に決めるなり、敵布陣の端へと駆けていく。南側の末端、味方本隊に一番近い敵だ。

 この動き出しに、敵は機敏に反応した。リズが最初の標的と定めた辺りの敵は、後退する姿勢を見せ、一方で狙われなかった側が大きく前進。彼女への包囲を狭めつつ、渡河を狙っているようにも思わせる動きだ。

 これだけでは、どちらが本命なのかまだ判断できない。


 幸い、回り込もうという動きを見せる者たちは、彼女の背後にまで回ってはいない。

 疾走を一気に切り返し、彼女は自身の背後へ回り込んでいこうという敵の方へと足を向けた。

 すると、視界の先にいる敵集団が二つに分かれた。一方はリズに対処しようというのか、距離を少しずつ寄せてくる。もう一方の、より川に近い兵たちは、川の方へ猛然と駆けていく。


 こうなると、狙うべきは川へ向かう連中だ。

 仮に彼らが渡り切ったとしても、味方本隊との距離はある。深刻な新手となる可能性は低いが、あまり川を離れられないリズにとっては、川を挟んで囲まれる懸念がある。

 そういった戦術は、相手ももちろん承知の上だろう。渡河狙いと思われる連中へとリズが駆けていくのに対応し、渡河を援護しようという小集団は、彼女を迎撃する構えだ。


 その小集団は、少し散開する動きを見せつつ魔法を一気に放った。寄り集まった《追操撃(トレイサー)》は、さながら押し寄せる壁のよう。

 そして――実際に放たれた弾の数は、リズの肉眼で視認できる以上のものがある。円錐型のフォーメーションで進む弾の群れは、頂点でなく底面をリズの側に向けているのだ。これでは、弾の総数を見誤りかねない。

 おそらく彼らは、こういった訓練を積み重ねてきたのだろう。別個の術者が弾をそれぞれ操り、一個の塊に仕立てて見せている。

 見事な連携に、リズは内心で感嘆の念を(いだ)いた。


 彼女は弾の集合体の形を看破している。あらかじめ、川沿いに《遠覚(テレタクト)》を仕込んでおいたからだ。魔力の動きが、目で見る以上に鮮明なものとして感じられる。

 この集合弾に対し、普通の防御は今一つ効果を発揮しないだろう。事前に数を把握していたとしても、防御魔法の連発で(しの)ごうとすれば、かかりきりになることは必至。追撃の恐れもある。


 そこでリズは、すぐに解法にたどり着いた。迫りくる弾の壁に近づくように足を向けていく。

 突然の動きに対し、敵方の反応はない。誘導弾の集合は、相変わらずのコースをたどっている。

 おそらく、彼女に考えがあることを瞬時に察したとしても、一人だけで別の動きを取るわけにもいかないのだろう。このまま行けば衝突する。

 そして、弾の壁がすぐそこにまで迫ったその時――彼女は《火球(ファイアボール)》を放った。彼女に先駆け、弾の群れに《火球》が衝突する形に。

 瞬間、《火球》が炸裂し、魔力の爆炎が燃え広がった。周囲の誘導弾も飲み込み、焼き払って魔力へと還していく。


 爆風はリズも巻き込む距離にあるが、無論、備えがない彼女ではない。《火球》を放ってすぐ、彼女は魔法陣を二つ用意していた。

 一つは《防盾(シールド)》。さらにその前方に、《窒息(チョーク)》。周囲の空気を飲み込むこの《窒息》の魔法が、術者にまで迫ろうという炎を効果的に阻んだ。

 結果、彼女は誘導弾の群れを効率よく掃除した。一歩間違えればという荒い解答ではあったが、自身の技量に対する信仰じみた自信は、何一つ指先を惑わすことがなかった。

 攻撃が放たれて、まだ数秒程度のことである。


 あらかたの誘導弾は片付いたが、この中で機敏に反応した者も何名かいるようだ。爆風の中から、いくつかの弾が散開し、切り返して再び狙いをつけてくる。

 しかしリズは、瞬時に状況を見極めた。

 全員をまともに相手取る暇はない。そして、《遠覚》が知らせてくる戦場の中、フットワークが鈍った敵が数名。

 おそらくは、この撃ち合いの結果に対する反応だろう。彼女が弾に近づく動きに、虚を突かれたのかもしれない。あるいは、誘導弾の操作に意識を向けているのかもしれない。

 いずれにしても、これこそが狙うべき敵だ。


 未だ爆風が晴れ上がらない中、戦場に横たわる魔力の(かすみ)越しに、リズは数発の魔法を放った。

 まずは、あまり狙いをつけず適当に、《水撃(アクアブラスト)》を数発。広がった爆風に水弾が触れ、蒸発音と水蒸気が生じる。

 数発の水弾は、視界をさらに悪化させつつ山なりに飛び、地に着弾した。川沿いの地を濡らしてぬかるみへと変えていく。


 この撹乱に隠れるように、リズは《貫徹の矢(ペネトレイター)》を放った。狙いはフットワークが鈍い者だ。

 しかし――敵に向けた指先に、彼女は痺れを感じた。それが血の巡りとともに体を遡上し、胸を刺す。


 その感覚もろとも、彼女は足元の草を踏みつけ、川に向かう敵勢を追った。

 貫通弾を撃った相手がどうなったか、今の彼女の視界にはない。ただ、《遠覚》が知らせた結果は、予想通りのものであった。


 撃たれて動かなくなった者がいる。

 そのつもりで、彼女は撃った。


 心に這い上がる感情はあったが、彼女は意識して、それらを思考から追い出した。倒した敵を、今は顧みることなく、彼女は次なる敵へと駆け抜けていく。

 川に入り込んだのは三名。彼女の予想通り、水面の上を走っている。おそらく、《空中歩行(エアウォーク)》を使っているのだろう。

 対岸へ向かう彼らに対し、彼女は《追操撃》を連射した。


 しかし、敵方の対応も早い。渡河を援護しようという後続が、リズに向けて弾を放ってきた。気取られにくいように、上空から迫る誘導弾だ。

 もっとも、彼女はこれを察知していた。川の上で可能な限り弾を引き付け、絶好のタイミングで彼女は横に鋭いステップを踏んだ。

 標的を失った魔法の矢弾が水面に叩き込まれ、水と魔力が入り混じる濃密な霧が立ち込める。


 一方、先立ってリズが放った誘導弾は、渡河を試みる三人を執拗に追い回していた。川沿いに《遠覚》を張り巡らしている以上、彼女の掌中も同然である。

 加えて《雷精環(サーキット)》による思考加速の力もあり、彼女は絶妙のコントロールで、それぞれの敵に弾をまとわりつかせた。彼らが防御魔法を構えても、あらぬ方向へと弾の方が避けていく。


 そして――局所的に生じた濃霧の中、リズは《貫徹の矢》を連射した。

 精密無比の狙いが、《防盾》を通り抜けて兵の正中を射抜く。一人、また一人、撃たれて水中へと没していく。


 川の上の敵を排除した彼女は、川岸にいる敵へと視線を向けた。

 今も霧が立ち込める中、それでも勘のいい狙いで、彼女がいる辺りへと連射が迫る。

 ただ、これはあくまで牽制らしい。少しずつ敵勢が退いていくのを、彼女は感じ取った。

 おそらくは、体勢を立て直そうという考えなのだろう。あるいは、川沿いに仕込んでおいた《遠覚》の存在を、相手も察したのかもしれない。


 やがて、リズを遠巻きに包囲する形となり、攻撃の手も随分と散発的なものとなった。

 (にら)みあいであれば、願ってもない話である。彼女は再び、草地へと足を踏み入れた。


 その時、彼女は全身にまとわりつく、不快な湿り気を強く意識した。

 先程のやり取りで、宙に巻き上げられた川の水だけではない。内から生じるものもある。

 そして……息が上がるとまではいかないが、この程度の戦いでも、胸の鼓動が早まっている。


 彼女は、対峙する敵勢から視線を切ることはなかった。

 それでも、打倒したばかりの敵が、見てもいないその姿が、視界の端に浮かび上がるようだった。胸に沸き起こる苦い感覚。指先には、意識すれば刺してくるような痺れがある。

 そうした、自身を責め(さいな)む感情を覚えつつ、彼女は敵勢に視線を向け、思考をこの先に向けた。自身の使命を果たすために。

 まずは先程のやり取りを踏まえ、彼女は敵勢にとっての渡河手段について、思考を巡らしていく。


 主要な渡河手段は、やはり《空中歩行》だと彼女は考えた。

 地形を一時的に操る魔法も、ありえない話ではない。ただ、この戦場では厳しいだろう。少なくとも、リズの睨みが効いている中で、貴重な術者がほぼ無防備になる手立てに舵を切れるとは考えにくい。

 魔法なしに、ただ人海戦術で肉体で渡り切るとも思えない。

 となると、やはり《空中歩行》が妥当な渡河手段となるが……これを組み込んだ戦術を用いるほどの奇抜さは、相手の部隊にないものと彼女は察した。

 あくまで、《空中歩行》は移動手段に留める、堅実な部隊だと。


 遠巻きに囲う今の敵勢の有り様もまた、敵部隊の実情を思わせるようでもある。訓練自体は十分だが、これまで国や領地が平和だったがゆえの実戦経験の不足、そこから来る慎重さが、相手にはあるのではないか。

 それに……精兵らしき彼らが、モンブル砦に現れたという魔神のことを知らないとは思えず――この場に現れた一人の少女の正体は、きっと自明であろう。

 一人で敵勢に立ち向かうリズは、一時的に静けさを取り戻した戦場の中、ゆっくりと歩を進めてみた。

 この、相手の反応を誘うような動きに、敵勢は実際に対応を示した。彼女が動き出してからほんのわずかな間に、真正面にいる者がやや距離を開けていく。


 明らかに警戒されているが、それ以上のものもあるかもしれない。

――例えば、畏怖。もしかすると、憎悪なども。


 ラヴェリアを出ても結局こうなっている自身のあり方に、思うところがあるリズだったが、相手が恐れてくれるのなら、それはそれで好都合でもあった。

 事前の情報工作、通り名の喧伝が活きている、と。

 別に、この場の全員を蹴散らさねばならないというわけではない。相手からの降伏を引き出せればよく、リズ単騎で精兵部隊が立ち往生しているという現実に、本隊側の心が折れればいい。むしろ――


(このまま、何も起こらなければ……)


 ひりつく戦場の空気の中、彼女は内に(うず)くものを感じた。

 敵の質・量から言って、相手が本気になったのなら、殺さずに済ませられるようなものではない。


 だが、動きがないままの状態が続くことを祈っても、それが決して(かな)うものではないと、彼女は認めていた。

 実際、彼女の戦場に新たな動きが生じた。


――誰も予想しなかった形で。


 対峙した敵勢の、南端側が騒がしい。視界の端の方にある変化に目を向けてみると、この戦場に近づく人影が一人。

 リズが認識してすぐに、その者は敵兵と交戦状態に入ったようだ。リズそっちのけで、魔力の矢弾が飛び交っていく。


 こんなことは、事前の作戦になかった。

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