3章9
明くる日はキーフ族の集落に向けてひたすら歩いた。
いつもなら魔物を蹴散らしながら進むのだが、なるべく戦闘を避けてせっせと移動に専念した。
「今日はどうして戦わないんだ?」
疑問に思った俺が尋ねる。
「えっ、その話は何回もしたと思うんだけど」
エールがジト目で睨んでくる。
今日移動するルートでは、夜に活動する魔物が多く出現する場所で、夜通し移動することになるらしい。
体力と魔力温存のために戦闘は避け、日中の休憩も多めに取るそうだ。
夜の魔物はスポーキィというお化けの魔物で、オラクル近辺でもときどき現れる。
違うルートを使えばスポーキィを避けることができるが、行程が倍近くに遠くなることと、警戒さえしていれば大けがは回避できる魔物なので、強行する方が総合的に見てプラスになる。
という話を打ち合わせのときから何度か話してくれていたらしいが、ごめんマジで聞いてなかった。
「旅のことを僕が決めるのはいいけど、注意事項ぐらいはきちんと聞いておいてくれないと僕に余計な負担がかかるから気を付けて欲しいんだけど」
身から出たサビではあるが、仕事の出来る上司からしばらく説教を聞きながら歩くこととなった。
ちなみに昨日の件はエールにいじられ過ぎた俺がガチ切れしそうになったため、エールが「さーせん」と謝り停戦協定が結ばれている。人の弱みに付け込むのはよくないよな
そんなひと悶着がありがならも順調に行程を進め、徐々に日が沈んできた。
オラクル周辺はほとんど木に覆われた森の中だったが、この辺りは木々も少なく、森というより平野に近い場所であった。
いつもは日が沈みはじめた時点で木陰で野営の準備をするが、今日はこのまま歩き続ける。
夕日に照らされた空のカーテンが少しずつ黒く染まっていき、ひとつまたひとつと輝く星が模様となって浮かび上がってくる。完全に夜に染まった空には無数の煌く星々と真っ白な満月が浮かんでいた。
俺は歩きながらも目線は空にくぎ付けとなっていた。こちらの世界にきて一番感動した光景かもしれない。
「きれいな空だな」
俺はなんとなくエールに向かってつぶやく
「え?なに?そんな上から攻撃はこないよ」
デリカシーなし男がそんな返事をする。
「ちがうよ。満月だし、星空がきれいだなって言ったんだよ」
「明かりがなくても進める満月に移動するためにすぐ出発するって話したよね!?」
またもできる上司の話を聞いていなかった俺。
決して明るいとは言えないものの、明かりを持たずとも数m先に人が立っているなとわかる程度の明るさを星空が提供してくれている。
「明かりを持って移動するのは難しいから満月の日を選んで・・」
エールの説教が始まりそうだったが、ヒューっと風が通り抜けるような音が聞こえてエールがあたりを見回す。
「うしろだっ!」
エールが叫んだ。




