1章10
伝家の宝刀
エールと魔族が睨み合って数秒、俺はわざと音を立てながら広場に入る
(話しかけるなよー)
俺がやることは単純だが何も打ち合わせをしていない状態なので、針の穴を通すようで気が気でない
エールと魔族はお互いを視界に入れたまま俺に注意を向ける
俺はなるべく朗らかに、楽しそうに歩く。
魔族の方を見ながら時々チラッとエールの顔を見る
魔族は不思議そうな顔をしている
エールももちろん不思議そうな顔をしている
よし!今のところ作戦通り!
俺はそのまま魔族の方に歩み寄る
魔族は訝しげにこちらを見ているが攻撃してくる素振りはない
やはり俺の予想は間違っていなかったようだ
調停神は確か、俺が黒髪だから魔族と間違われるかもしれないと言っていた。確かに村人から魔族だと思われるのはマイナスだ。
でも、魔族が間違えた場合はどうだろうか?
魔族が俺を魔族と勘違いしたら?
俺はニコニコしたまま魔族のすぐそばで立ち止まる。
そして、ここでアレを使う
1週間で他の技も覚えたが、やはりここぞというときは使い慣れた技に限る
俺は自分の腹筋を二度ほど叩き、自分でも恐ろしい切れ味で言い放つ
「腹減ったから飯くれよ」
一瞬たじろぐ魔族
俺はその隙を見逃さない
流れるように魔族の後ろに回り込み羽交い締めにする
体格差も筋肉にも圧倒的な差があるため、魔族は数瞬動きに制限がかかった程度だろう
だが、奴にはそれで充分だった。俺は賭けに勝った。
俺が魔族に回り込む瞬間、炎に煌めく金髪が閃光の如く動き出していた
俺が魔族を羽交い締めにすると同時に、最高速度に達したエールの渾身の突きが魔族のガラ空きの心臓に向けて繰り出された
魔族の体からダラダラと血が流れている
「やったか?」俺はつぶやいた
これは後になって気づいたことだが、格上の敵に命懸けの作戦が成功したときは、誰しも無意識に言ってしまうのだろう。ある種の呪いのようなものだ
そう、やったか?と問うたとき。それはやってないときだ。俺はその時、フラグとかを気にする余裕は一切なかったが、これを言ったから失敗したというものでもないだろう
単純に魔族が強すぎたのだ
確かにエールの突きは今までで最も深く突き刺さっていた
しかし、槍の先端は筋肉の壁を貫くことができず、急所に届くことはなかった
そしてエールと俺は至近距離から灰も残さないほど執拗に火炎を浴びせられた。エールは俺にありがとうと掠れ声でささやいて黒炭となった
悔しいが今回はこれでいい
倒すことはできなかったが、収穫はあった。
前回戦ったときは、魔族はエールの全身を焼き尽くすことなんてしていなかった。だが、今回は致命傷を与えた後も火炎を止めることをしなかった。
なぜ、そんなことをしたのか?簡単だ。楽勝なはずの相手から突然致命傷になったかもしれない攻撃を受けたら誰だって恐怖するものだ。あの瞬間、魔族は初めて俺達を脅威と認定していたように思う
結果だけ見れば村人達の完敗だ
だが一矢報いることはできた
大丈夫、俺にもエール達にも次がある