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胡蝶の夢



 知らない天井だ。


…いや、マジで知らない天井なんですけど。どこここ。なんかかび臭いし、ってあれ、体全く動きませんね。どゆこと?

何とか首だけは動くので、辺りを見回す。すると、ひっ、と慄くような声が右上から聞こえた。

白い騎士っぽい恰好の服着たおっさんが、縛られている私の右手の前で両手を翳しながら何やらやっている。怯えた顔でこちらを見ている。うん、どうやら左手も縛られている。床に打ち付けられた杭に括り付けられて。残り両足も同じく。そのそれぞれに、白いおっさんがいる。君たちの持ち場なんだねそこが。

ふむ。どうやら私は床に貼り付けにされているようだね。しかも四肢ひとつずつに対して見張り?がいると。

なにこれ超カッケェ。


と、ひとしきり喜んでいると、左手の見張り君が声をかけてきた。


「お許しを…」

「おい、よせ」


おっさんの苦々し気な謝罪を、おっさんが制する。


「しかし、斯様な仕打ち、私めはっ」

「よせと言っているだろう!」


おー、もめてるもめてる。便宜のため謝罪してきたおっさんを左手君、注意した方を右手君と呼ぶことにする。


「サイラス様に禁じられている」

あれ、全員おっさんかと思っていたら、右足君は右足ちゃんだったようだ。全員目深にフードをかぶっているので、声でしか判別できない。右足ちゃんはとても冷静でキレイな声の女性だった。


「会話は禁じられている」

被せるように左足君が咎める。左足君は比較的若い青年のようだが…声だけではなんとも。勝手にイケメンとしておこう。むろんその方が燃えるからだ。


「しかし、この方は聖女ではないのかっ!」

うーん左手君おさまらんね。あんまり仲間のいうことを聞かない子はフラグ立っちゃうよ?つか聖女って私?


「聖女が処刑などされるものか」

こちら忌々し気な右手君。


「現に処刑は取りやめられた!カリオス様は何か気づいておいでだ!」

おやぁ、左手君の手が震えだしたぞ?まずいんじゃないの、あ、やっぱり。左手の光の縄が不安定になり始めた。ってかこれさっきの光の蛇だ。魔法。魔法じゃああああん!今!私めは魔法で四人がかりで拘束されております!!!人生で初めて見た魔法に、こっ、拘束だとッ!ハァハァ。


「リグ、落ち着け。法術を緩めるな」

「イリス、お前はどうしてそう冷静でいられるッ、聖女様に救われたのはお前だって――――」

「おいよせ、王女の様子がおかしいぞ!」


リグ。イリス。ああ、記憶にあるなその名前。マルガリータの記憶っぽい。なにこの夢、なりきった主人公の記憶自動引き出しなんて便利な機能ついてるんですけど。あ、私の息が荒くなっているのは魔法に興奮しているからなのでお気遣いなく。さ、続けて続けて。


左手君のリグは情緒不安定なおっさん。マルガリータがここに連れて来られて囚われた時に優しくしてくれた人。右足ちゃんはイリス。クールビューティー(イメージ)。絵本を読んでくれた。


…。えっ、なにこの記憶。普通に子供の記憶やん。あっ、マルガリータっていくつだ?マジで普通の子供なんじゃ?えぇぇぇぇぇ、自動引き出しあんま意味ねぇぇぇぇぇ。

ま、所詮は私の妄想ドリームか。


「リグ、よせ!」


イリスの切羽詰まった声が飛ぶと同時に、左手君が持ち場を放棄して私に駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか、マルガリータ様、苦しいのですか?!」と本当に心配そうにのぞき込んでくる。さてここで、私には二つのフラグが思い浮かんだ。一つは、ここで邪神降臨。仲間の止めるを聞かず出てきた愚者はここでご退場願う展開。そして周囲に最早聖女は恐るべき邪神であることを見せつける。

もう一つは、弱弱しく聖女は微笑み、邪神にその身を奪われつつも悲劇のヒロインここに在りを宣伝。

うーんどっちにしようかな。そろり、と私は光の縄が消え去った右腕を左手君へ、弱弱しく差し伸べて―――


「がッ!?」

そのそっ首を鷲掴みにした。小さな手は、男の首を掴み上げるには頼りなさすぎる。代わりに伸びた爪を食い込ませ、皮膚が避けて少しずつ血が滲みだした。


「リグ!」

「まずい!」

「待て」

慌てて残り三人が動き出そうとするのを、左足君が止める。止めてくれねば拘束が緩んだ隙を狙って左手君に噛み付きでもしたものを、惜しい。ならば方針を変えよう。


「…リグ、や。いや、お願い…」

自分の口からこれ程に可愛らしい、鈴を転がすような声音が出るとは思わず、あまりの吃驚を表に出してしまうところだった。危ない危ない。えーと、お母さんが死ぬお母さんが死ぬ…うう、哀しい。めちゃ泣けてきた。ごめんお母さん。真紅の双眸からは大粒の涙が零れ落ち、今自らが苦しめているリグを見上げる。


「マル…ガリ、タ、様…ッ」

ちょwwwマルガリてwwwやめろ嗤わすなwww

震えながら地面へと視線を伏せて我慢する。おのれリグ、せっかくの私の熱演を台無しにするつもりか。腹が立つからもっと首を引っ搔く手に力込めてやるんだからね。えいえい。そしてお決まりの――――


「やめて…ッ、リグに酷いことしないで…っ、誰かっ」


私の左手を切り落としておくれッ!邪神がッ!我が身の内に潜む邪神がこの左手に罪を犯させるのだシナリオ。それにしてもすごいなー、自分の顔は知らないが、おそらく美少女。声がもう美少女声。自分のもともとの声では今一つだったものが、まるで一流のアニメ声優のようだ。ほら見たまえ。この絶望に打ちひしがれる左手君の顔を。刹那、白き光が飛来した。私とリグの間に割入って、バチィッ、と音を立てて爆ぜる。主に吹き飛ばされたのはリグだった。酷いことしないでって言ったのに。


さておてては切断されたかな、と思いきや、怪我一つ無くにぎにぎ。おや、そういうイベントではなかったのか。


壁にリグさんが叩きつけられて力なく座り込むのと同時、その原因となった人物が既に開け放たれている扉から部屋へと入ってきた。青い髪のコスプレイケメンだ。まぁ、ほかの人間ももれなくコスプレだらけだから今更だが。西洋のファンタジーゲームによく出てきそうな、魔法使いやら神官やらが来ていそうな重そうで暑そうな布を何枚も重ねた服を着た、他のモブとは一線を画す青髪銀眼の超絶イケメンがテンプレのように眉間に皺を寄せ、忌々し気にこちらに照準を合わせている。


「サイラス様!」

「リグ、持ち場に戻れ。イグリスの騎士ともあろう者が、惑うな」


右足ちゃんの呼びかけを完全に無視して、左手君を叱責する冷淡なイケメンサイラス様。んー、攻略対象だったりしたらアレだね、むっつりインテリヤンデレおかん属性。…いや、それは偏りすぎか。

自分のゲーム遍歴の偏り具合に嘆いていると、左手君はよろよろしながら左手の上に戻ってまた両手を翳した。


『…光よ』


声と共に両手の間から光が表れて、瞬く間に私の左手に巻き付いて元のように拘束した。…詠唱それだけでいいんだ。ふーん。私の妄想にしては単純すぎやしないか。むむ。だって私は昨今流行りの詠唱省略や無詠唱は好きじゃない。ローングな詠唱こそがストローングな魔法を齎すと信じる、長詠唱浪漫派なのだよ。いや、まぁ、確かに無駄は多いし、詠唱している間に死ぬじゃん?とは思うけれども。そこはほら、前衛やら後衛やら布陣を駆使して弱点を補うからこその!いやまぁボッチ(ソロ)だけどさ。憧れるのは自由だと思うの。


「…お前は何者だ」

抑揚のない声が静かに降り注ぐ。五人の視線が私一人に注がれる。

え、これ私に聞いてるのか。さて、困った。シナリオ通りにロールするなら私はバベルとかいう国の王女マルガリータ。だけどこの剣呑な視線が求めているのは邪神ロールの方だろうか。うーん試すねぇ。どっちのが面白いんだ。…っていうかこの夢冷めないな。会社遅れるんじゃないこれ。寝坊コースじゃないのか。ん?そいや私いつ寝たっけ?確か―――――――


確か。


どっちが夢で、どっちが現実だ?

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