2 癒されてばかりの私
窓から射し込む日差しに照らされ、ゆっくりと瞼を開ける。
「うぅん……」
目の前には、こちらに可愛い寝顔を向けて、寝ている美少女の姿があった。
見間違いなのではと、軽く目を擦る。
再び目を開けると、先程よりもくっきりと美少女が映る。
黄金のように輝く綺麗な長い髪と、雪のように真っ白な肌。
そして悔しくも私より豊満な胸!
そんな誰もが羡むであろう美貌を持つ彼女を、じっ~と観察する。
そして、導きだされた答えは、可愛いの一言だった。
「あぁ、そういえば……」
と、都合良く昨晩の出来事を思い出す。
そう、彼女はティナ。
私が絵に描いた美少女が神々しく輝くと、こうして目の前に現れたのだ。
夢だと思っていたが、スヤスヤと寝ているティナを見て、現実だと実感する。
無防備にぐっすりと寝ている美少女と、部屋に二人っきり。
何も起きないはずもなく、欲望に素直な私は、そっとティナの髪を触る。
髪はサラサラで、微かに甘い匂いがした。
「んん……。あっ、おはようございます」
ティナが起きたので、髪から手を離す。
「おはよう、ティナ。ごめん、起こしちゃったかな?」
「……いえ、そんな事は」
ティナは眠たそうに答えると、手を口に当ててあくびをする。
至って普通の仕草だが、それを眺めているだけで癒される。
ある程度、満喫したので、服を着替える事にした。
ベットから降りて、すぐそこにあるタンスの前に立ち、引戸を開ける。
あまりオシャレに興味がないため、服は指で数えられる程しかない。
「今日はこれでいっか」
タンスから折り畳まれた、純白のシャツを取り出す。
着ていた服を脱いでいると、ティナが頬を赤らめて声を漏らす。
「はわわ……!」
ティナは目を隠すように手で覆っているが、隙間から覗いているのが分かる。
何故恥ずかしそうにしているのか、不思議に思いつつも、シャツの袖に腕を通してボタンを閉める。
着替え終えたので、タンスの上にある鏡を見て確認する。
肩まで伸びている黒い髪に、純白なシャツと真っ黒なスカートが我ながら似合っている。
そう自画自賛する。
「ティナも着替えるなら服貸すけど、どうかな?」
「わ、私は大丈夫です……」
ティナは遠慮しているのか分からないが、そう答えた。
別に強要するつもりはないし、彼女がそれで良いのなら、それで良いのだろう。
現に、ティナの着ている真っ白なシャツと赤いスカートはとても似合っている。
加えて、シャツの襟には赤いリボンを着けている。
服装がお揃いだと思ったのだが、ティナは白いニーソックスを履いていたため違った。
そして、スカートとニーソックスの間から見えるムチムチな太ももは、凄まじい絶景だった。
太ももフェチの私には、楽園と言っても過言ではない。
そんなこんなしていると、お腹がグウゥと音を立てて鳴る。
それもそのはず、昨晩は夕食を食べ損ねたからだ。
「ティナ、ご飯食べに行こっか」
「いえ、私は別に」
そう断るティナだったが、お腹が鳴ってしまう。
顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっているティナを、改めて食事に誘う。
「お腹は正直みたいだよ。さっ、早く行こ」
「は、はい……!」
ティナは一階に続く階段を降りる私の後を追う。
階段を降りると、そこは宿のロビーになっており、テーブルと椅子が並べられている。
すると、奥でテーブルに置かれている食器を重ねて回収している、エプロン姿の女性が見える。
彼女はここの宿の女将さんである。
「あら、やっと起きてきたみたいね。おはよう」
「おはようございます」
そう挨拶していると、いつの間にかティナが私の背中に隠れている。
どうしたのだろうかと心配したが、彼女が恥ずかしがり屋である事を思い出す。
そんなティナを女将さんは興味津々に見ている。
「お連れの子は?」
「……えぇ~と、私の友達です。ティナっていいます」
とっさに誤魔化したつもりだが、あながち間違ってないと思う。
ティナは私の背中に隠れつつも、顔を少し出す。
「……お、おはよう……ございます」
挨拶も済んだ事だし、いつと通り席に座って食事といきたい所だが、肝心な事を思い出す。
「あの、女将さん。料理を二人前、お願いできますか?」
「はいよ。代金は追加で貰うからね、宿代も」
「はい、すみません……」
ティナはいきなり現れたとしても、女将さんからしたら、私が無断で宿に人を泊めたことになる。
そのため女将には頭が上がらない。
ともあれ、ティナと向かい合うように席に着き、朝食が運ばれてくるのを待つ。
間もなくして朝食が次々とテーブルに並べられていく。
主にパン、スープ、サラダといった洋風の料理だ。
スープから温かそうな湯気が出ており、食欲をそそる。
今すぐにでも食べたいという食欲を我慢しているせいか、ヨダレが溢れそうになる。
ティナは初めてみるであろう料理に、期待を抱いているのか、目を輝かせている。
「どうぞ、召し上がれ」
女将さんの言葉を合図に、手を合わせる。
それを見たティナもまた、真似するように手を合わせる。
「じゃっ、いただきます!」
「……い、いただきます」
固いパンをちぎって口に頬張り、すかさずスープを流し込む。
これが私のセオリーだ。
口の中にパンの甘みと、スープのまろやかなしょっぱさが広がる。
美味しさのあまり自然と、頬に手を添える。
「んっ、おいし~♪」
「美味しい……!」
ティナも満足そうに微笑んでいる。
彼女は夢中になって料理を食べているため、口の周りにパンのカスが付いていることに、気付いていない。
そんな無邪気な所が愛おしく思えてしまう。
「ティナ、パンのカスがくっついてるよ。ほら」
「あ、ありがとう、ございます」
ティナは礼を言うと、直ぐに食事に戻る。
てっきり恥ずかしがると思っていたのだが、そうでもないらしい。
いつも一人で食べていた私にとって、ティナと一緒に食べる朝食は新鮮で楽しい。
また、心なしか普段よりも倍美味しく感じた。
そして、綺麗になった皿を前に、ティナと揃えて手を合わせる。
「ご馳走様でした!」
「……でした」
空腹だったこともあり、食べるスピードはいつもよりも早かった。
たくさん食べた事により食欲は満たされつつある。
お会計になり、女将さんに宿代と朝食代を渡す。
あっという間にすっからかんになってしまった財布を、恐る恐る覗いてみる。
「げっ、残り銅貨一枚しかない……。やっぱり、お金稼がないとな」
そうとなれば、まっさきに思い付くのは冒険者として依頼を受ける事だ。
けれど、現状、私はか弱い少女のため、戦闘には不向きだ。
「やっぱり、依頼を受けるしかないかな。ゴブリン退治は出来なくはないけど、難しいし。薬草採取があれば良いんだけど」
「あ、あの。私、ゴブリンなら倒せると思います……!」
ティナはやけにやる気だ。
薬草採取よりもゴブリン退治の方が稼ぎは良い、それを踏まえると願ってもないことだ。
だが、戦闘において私が役に立てないのは目に見える。
なので、実質ティナが一人でゴブリン退治をする事になる。
もし、彼女の可愛い顔に傷でも付いてしまったらと思うと、気が引ける。
「けど、ティナに危ない事をさせる訳には……」
「き、きっと大丈夫です。これでも私は天使の端くれですから……!」
ティナは食い下がる気はないらしく、意地でも押し通したいようだ。
それに、ティナを描いている時に天使だと設定していたような記憶がある。
ただ、それが関係しているのかは、分からないけど。
もし仮にティナが天使であるならば、相手が魔王でない限り負けることはないだろう。
猫の手でも借りたい程、貯金が追い詰められている事もあり、私は決断する。
「それなら……。やろっか、ゴブリン退治!」