第8話 協力関係
そのことを登校中に奏多に話すと、意外にも興味なさげに「ふ〜ん」と適当に相槌を打つだけだった。
もっとなにか色々言ってきてくれると思っていた僕は、正直驚いた。
「悠人よ? その話を俺にして、俺に何を求めてんだよ」
「どうしたの? 今日はいつもと様子がだいぶ違うけど……」
「俺は昨日言ったよな? お前がこの先どうしようがその判断を尊重するって。だから、俺があれこれ言うのは違う気がするんだよな。ただそれだけ」
どこか怒ってるような、そんな表情の奏多に僕はイマイチ納得ができなかった。
僕の判断を尊重してくれるのは嬉しいけれど、それでアドバイスをなにもくれなくなるのは違うような気がする。
もちろん、アドバイスを求める身でこんなことを言うのは図々しいかもしれないけど、奏多にはいつものように笑っていて欲しい。
今みたいに怒ってるような顔は、奏多には似合わないと思う。いやむしろいつも怒ってるから、怒ってないと変だと思っているのかもしれない。
「はぁ……。じゃあ1つだけ言わせてもらうぞ? お前はその小学生の頃の夢を見て、どう思ったんだよ」
「どう思ったって?」
「お前は、光里に助けられたって思ってんだろ? どっちにしろ、それがきっかけであいつに惚れたんだろ?」
「そうだね……。あの頃僕を救ってくれた光里に、なにか少しでも恩返しをしようと勉強を頑張って、なんとか学校にも行けるようになった。光里は気にしていないかもしれないけど、今の僕があるのは、光里と奏多のおかげだよ」
「あ〜この際俺のことはどうでも良いんだよ。大事なのは、結局お前がどうしたいかって言ってるだろ? 惚れた頃の夢を見たんならさっさと告れとか、そんなことは言うつもりはねぇ。答えが出たんなら聞かせろ。まだ出てないんだったらゆっくり考えろ。俺はそれしか言えない」
いたって真面目にそう答えた奏多は、その場で立ち止まった僕に合わせて立ち止まってくれた。
正直、今朝あんな夢を見て光里への気持ちがより一層強くなったし、やっぱり誰かに取られたくないとも思った。
昨日奏多も言っていたけれど、やらずに後悔するよりも、やって後悔したほうがいい。今日見た夢のおかげで、それに気付けた。
奏多の過去の失敗のように、自分の気持ちを伝えずに誰かに取られるよりは、自分の気持ちを正直に伝えてから誰かに取られる方が、少なくとも良い気がしてきた。
たとえ告白が失敗してしまったとしても、自分が決めたことなんだからと無理やりにでも納得すれば良い。
「決まったみたいだな」
「......分かるの?」
「当たり前だろ? 何年の付き合いだと思ってんだよ。やるなら全力で、後悔のないようにしないとだな!」
満面の笑みでそう言った僕の一番の親友は、心底ホッとしたように親指を立てた。
自分は後悔しか残さなかったから、僕には後悔して欲しくないって気持ちは昨日から痛いほど伝わってきていた。
だけど、周りに何人か登校途中の生徒がいるのに少しだけ涙目なのは、それほどその気持ちが強かったんだろう。
「よっしゃ! そうと決まったら、早速今日の放課後も作戦考えるぞ!」
「分かった。奏多、これからもよろしくね」
「おう! 任せとけ!」
歯を見せて笑った親友は、今までで1番頼りになりそうだった。
その日の放課後、やっと決意が固まった僕は奏多と一緒に昨日も来た喫茶店の前に来ていた。
しかし、昨日は普通に空いていたのに今日は店内に電気がついてなく、閉まっているみたいだった。
中学の頃から通っているこの店が、土曜日以外で閉まっていることなんて初めてだった。
「あ〜!? マジかよ。なんで今日に限って閉まってんだよ!」
「張り紙が貼ってあるわけでもないしね。どうしたんだろう……」
こう言う場合は大抵、入り口のドアのところに「旅行に行くのでしばらく休みます」みたいな休む理由が書かれた張り紙がある事が多い。
しかも、ここは普段僕達以外は基本お爺さんお婆さんしかおらず、憩いの場みたいになっている。
その人達はどうするんだろう……。張り紙がないんじゃ、次いつ開くのかが分からないし。
「はぁ。しゃあねぇからこの前言ってたあそこ行くか? 駅前の」
「これくらいで奏多が怒る理由が僕は全く分からないんだけど……」
「別に怒ってねぇよ。ただ、せっかくここまで来たのにってちょっとイラっときただけだよ」
「それを普通は怒ってるって言うんだけどね······」
少し呆れながらそう言うと、奏多はさらに深いため息をついて1人で駅の方に歩いて行った。
僕も早足で追いかけると、すぐ近くにあった横断歩道で追いついた。
そして、青になるまでの少しの待ち時間、今日も帰りのHRが終わった後急いでバイトに行った光里のことをどちらからともなく話し始めた。
「そういえばよ。悠人は知ってるか? 光里のバイト先」
「奏多が聞いてないなら僕も聞いてないよ。大体、この前秘密って言ってたじゃん」
「あ〜あの気持ち悪いやつか。すっかり忘れてたわ」
奏多は自分に都合のいいことだけを覚えて、他は綺麗サッパリ忘れるっていう特技を持っている。
だから余計、この前の失恋話を聞いた時は驚いた。
自分に都合の悪いこととか、どうでもいいことはすぐに忘れる奏多が、初恋のことを今でも覚えてるなんて意外で。
「気持ち悪いやつって言わないであげなよ。確かに可愛くはなかったけどさ……」
「ほらな? 光里のことが俺より何倍も可愛く見えてるお前がそう言うなら、俺が気持ち悪いって思ったのも分かるんじゃないか?」
「いや分からなくはないけど、もうちょっと言いかたって言うのがあるじゃん?」
「たとえばどんな?」
「ん〜。すぐには思いつかないけど……」
そう言うと、奏多はドヤ顔で「ほらな?」と凄く嬉しそうに言った。
僕からしたら、なにが嬉しいのかサッパリ分からないけれど、奏多が嬉しいんなら深くは追求しないでおく。
信号の短い待ち時間なんてそんなくだらないことを話しているうちにすぐ終わり、僕達は周りを歩く学校帰りらしい制服姿の人と一緒に歩き始めた。
もうすぐで駅前の新しい喫茶店に着くところで、急に人が増えて来た。
まぁ駅前だから当然だけど、僕には限界ギリギリの人混みだった。限界を超えると昨日の朝みたいになってしまうから、一緒にいる奏多に迷惑がかかってしまう。なんとか我慢しないと……。
「はぁ。お前相変わらずだなほんと。他人から見たらどう考えても体調不良の奴だな」
まぁ、口元を抑えながらフラついて歩いていたら普通はそう見えるだろう。実際、ある意味体調不良なんだし。
ただ、店の中に入りさえすれば、こんな人混みとはおさらばできる。そう考え、奏多に肩を貸してもらいながら少し早足で店まで歩いた。
「あ〜まぁ最近できた店ならそうなるわな……」
例のお店の前まで着いて、奏多が一番最初に発した言葉がそれだった。
なんのことかとお店の中を見てみると、いつも僕らが行っている喫茶店と比べるとおしゃれで、どっちかというと少し小さいカフェのような感じだった。
駅前だからなのか外にテーブルや椅子は無かったけれど、行きつけの喫茶店と比べると店構えもこっちの方が明るい。
問題はそんな小さなことではなく、お店の前に数人の列が出来ていることだった。
ここに着けば、人混みから解放されると思っていた僕は軽く絶望した。
「そんな死にそうな顔すんなって。店は別にデカイわけじゃないから店の中に入りさえすれば大丈夫だろ?」
「お店の中に入る前に僕は死ぬ気がするよ。それに、デカイわけじゃないって言っても、いつものお店よりは大きいと思うよ?」
「そうか? あんま変わんなくないか? あっちはどっちかって言うと奥に広いけど、こっちは横に広いだけって感じしないか?」
説明が下手すぎて満身創痍の僕には全く理解できなかった。
だけど奏多は、このお店といつも行ってるお店の広さは大して変わらないと言いたいってことだけはなんとなく分かった。
それから、列に並ぶのは奏多に任せて、僕は近くのトイレの個室に順番が近くなるまで引きこもることにした。
順番が近くなったら、奏多に電話してもらうことになっている。
ここのトイレは臭くて汚いけれど、人混みの中にいるよりかは全然マシだ。
トイレに引きこもって10分くらいした頃、やっと奏多から電話が来た。
「次になったぞ。そろそろ来い。もし先に呼ばれたら店員に話しとくから普通に入って来い」
「分かった。ありがとう」
外に誰かいたら変な目で見られると思って、別に何もしてないけど一応水を流して個室から出た。
その時、ちょうど手を洗っている40代くらいのおじさんを見て、ちゃんと流して良かったと心の底で思った。
変に誤解されるのは見たことない人でもちょっときつい。
周りを行き交う大勢の人を極力見ないようにして、さっきの店に戻るとちょうど奏多が女性の店員さんに呼ばれて中に入って行くところだった。
「奏多〜。ちょっと待って!」
「あ。あいつですさっき話した友達。早く来いや〜」
息切れしながらもなんとか合流した僕らは、店員さんに案内されながらお店の中に入った。
その中で僕達は、かなりの衝撃を受けた。
なんたって、予想外の人がそこで働いていたから。