第5話 大事な話
その日の昼休み、僕は奏多に屋上まで呼び出された。
光里が違うクラスになってしまった音無さんと一緒に学食に行ってしまい、奏多もお弁当を忘れたと僕1人でお弁当を食べていた時だった。
制服の胸ポケットに入れているスマホが震え、画面を見てみると奏多から電話が来ていた。
朝あんなことがあったせいなのか、奏多は今日1日中ずっと機嫌が悪い。それは電話越しでも同じだった。
「おい悠人。飯食ったら屋上集合な。さっさと来い」
「いきなり呼び出し? ちょっと怖いんだけど」
「良いから早く来いよ!?」
それだけ言うと奏多は電話を切ってしまった。
真っ暗になったスマホの画面を見て、ため息をついた後急いで残りのお弁当を完食し、屋上に向かった。
2階分の階段を登りドアを開けると、柵に囲まれた1クラス分程の広さの屋上に出た。
そこにはいくつかのベンチが設置されている。だけどそのどれにも奏多の姿は無く、見回してみると、ちょうど校庭が見渡せる柵の側に奏多は立っていた。
その奏多からは、さっき電話から聞こえて来たような苛立ちを全く感じなかった。それどころか、どこか悲しそうにすら見えた。
なんとなく心配になり、できるだけ優しく声をかけた。
「なにやってるの?」
「なぁ悠人。一つ聞いていいか?」
奏多は振り返らず、校庭で遊んでいる人達を眺めながらそう言って来た。
こんなこと、幼稚園からの付き合いで一度もなかった。さっきまでかなりイラついていたのに、今は怒っていると言うよりかは悲しんでいるように見える。
今にも柵を乗り越えて飛び降りてしまいそうな、そんな雰囲気すらあった。
「今日あいつに言われたよな。俺たちは光里とどういう関係なのかって」
「あいつって、あの転入生のこと? うん。言われたね」
「それでよ。あれからずっと考えてたんだよ。俺と光里はただの幼馴染だ。それは否定しねぇし、俺とお前もただの幼馴染だろ? そのことについては俺は別に納得してんだよ。ただ、お前と光里はどういう関係なんだ?」
「奏多ごめん。質問の意味がわからないんだけど」
そう言った僕に、ようやく振り向いた奏多の頬は少し赤くなっていた。
そのこと自体は別に良くある。奏多は喧嘩っ早いし、去年も上級生と何度か喧嘩をして問題を起こしていた。
それより、今は奏多が聞いてきた質問が気になる。
僕と光里はただの幼馴染じゃないとでも言いたげだけど、どうしたんだろう。
「お前、小学生の時から光里のこと好きなんだろ?」
「そうだけど......。学校でその話はしない約束じゃなかったの?」
「今は緊急事態なんだからその約束は一旦忘れろ。まぁ一応、基本誰も来ないここに呼び出したんだけどよ。いいから答えろ」
いつも以上に真剣な奏多の目を見て、ある程度この質問の意図を理解した僕は、真剣にその質問に対しての答えを述べた。
「そうだね。僕は小学生の頃、光里に救われた。だから好きになったんだ」
「その気持ちが今でも変わっていないんだったら、ただの幼馴染っていう関係で終わらせていいのか?」
奏多は、最初からこれが聞きたかったんだろう。
さっきまで悲しそうにしていた理由は分からないけれど、今はそんな様子なんて全くなく、真剣な表情で聞いてきていた。
こんなに真剣な奏多は、今まで見たことがない。高校入試の時だって、緊張感なんて全く無かった。
そんな顔を見せられたら、僕の方も真剣に答えないと、奏多に失礼だ。
「良いわけ無いだろ? 僕だってどうにかしたいって思ってるさ。だから奏多に色々相談に乗ってもらってるんだ」
数秒の沈黙の後、奏多が大きく息を吐き、その場に座り込んだ。
さっきまでの緊張感は一気に無くなり、反対にいつものような奏多が帰ってきた。
なにがなんだか全くわからずただ突っ立っていると、さっきまでの真剣な表情が全部演技だったとでも言わんばかりに、突然奏多が爆笑しだした。
「なんだよ。人が真剣に答えたのに」
「いや〜悪りぃ悪りぃ。柄でもねぇことするとやっぱ笑えるわ!」
「はぁ……。で? 僕をここに呼び出した理由を聞いて良い?」
そういうと、奏多は目を丸くして再び大爆笑した。
少しだけ目に涙を浮かべながら笑っている奏多を見ていると、なんだか少しだけイラっとしてくるけど、なんとかその気持ちを飲みこんだ。
そして、大きく息を吐くと僕を呼び出した理由を話し始めた。
「お前を呼び出した理由は1つだ。今日のあのムカつく転入生のこと。どう思う?」
「どう思うって言われても……光里はあの人にすぐにはなびかないし、今後もなびくことはないと思うからあんまり気にしてないけど」
その答えを聞いた奏多は、でかいため息を吐くとベンチの方へと歩いて行き、横に座れとベンチを叩いた。
大人しく奏多の横に座った僕は、いきなり肩に手を置かれ、「甘いな。学食のスイートポテトより甘いぜ」と訳のわからないことを言い出した。
「良いか? 光里がすぐにあのムカつく野郎になびかないってのは俺も同意する。だけどな? そんなことは時間が解決してくれると俺は思ってんだよ」
「うん。それよりも、学食のポテトより甘いっていうたとえが意味が分からなすぎて気になるんだけど」
「それは今はどうでも良いだろ! 別にチョコケーキとかでもいいんだよ! てか、そんなことよりどんなムカつく奴だろうが、第一印象が最悪だろうが、時間をかけりゃ大体は解決できると俺は思ってんだよ。つまり、あんな奴はどうでも良いと思ってると足元すくわれかねないってことだ」
「だったらどうするの?」
「はぁ......。お前ってさ、勉強はできるのになんでそれ以外は全然ダメなんだろうな。少し考えたら分かるだろ? 夏休み始まるまでに勝負決めろってこと」
「勝負決めろってことは、告白しろっていうこと?」
奏多は呆れたように「それ以外何があるんだよ」とため息まじりに言った。
そんなに簡単に言ってるけど、僕にとっては大問題だ。
いきなり夏休みまでに告白しろと言われても、そんな勇気が今までなかった以上、いきなり出るわけがない。
ある種、きっかけは出来たかもしれない。
絶対に光里を取られたくない人が、光里のことを狙っているんだ。
しかも、朝の言いようだと僕が仮に彼氏だった場合、諦めると言ったような感じだった。
本当に諦めるかは分からないけれど、きっかけとしては充分だと思う。
ただ、目の前にチャンスがあったとしても、それをモノにできるかどうかはその人次第で、僕は過去に何度もそのチャンスを手放していた。
「なぁ悠人。確かに好きな人に告るのは勇気がいるし、怖いもんだ。それは今まで俺が見てきた連中だってそうだ。振られた奴もいれば付き合えた奴だっている。だけどな? そいつら全員に共通してるのは、諦めずに挑戦したってことだ。もちろん挑戦したってダメな時はダメだ。だけど、挑戦すらしない奴は、成功も失敗も掴めねぇんだよ」
「奏多にしては良いこと言うね。うん。理屈では分かっているんだ。光里を取られたくなかったら、さっさと告白して白黒ハッキリさせないとダメだって。だけどね? 理屈では分かっていても、出来ないことってあるだろ? 今僕はその状態なんだよ」
「じゃあ聞くけどよ。お前はあいつに光里を取られても良いのか?」
実のところ、光里は誰にも取られたくない。
それはそうだ。自分の好きな人なんだ。相手に拒まれれば別だけど、誰にも渡したくはない。
光里が僕よりあの転入生の方が良いと言った時は、僕は身を引く。光里が幸せなら、僕はそれで良いんだから。
だけど、本心では光里の幸せを思っていても、やっぱり自分の手で幸せにしたいと、そう思う。
「良いわけ無いだろ?」
「だったら!」
奏多が立ち上がってその続きを言おうとしたところで昼休み終了のチャイムが鳴った。
残念ながら、昼休みの話し合いはここでお開きになった。
ただし、放課後いつもの喫茶店に集合になった。そこで話し合いの続きをするらしい。
授業が始まるギリギリで教室に戻った僕は、さっき屋上で言われた言葉が頭から離れず、まったく授業に集中できなかった。
「挑戦すらしない奴は、成功も失敗も掴めない」
奏多が珍しく良いことを言った。
一見すると普通のことかもしれないけれど、告白が出来ずにいる僕にとっては心に刺さるものがあった。
前の席にいる光里を見つめながらそのことを考えていると、あっという間に午後の授業終了のチャイムが鳴り、下校の時間になってしまった。
僕も奏多も帰宅部なので、バイトに行くと言って慌てて帰っていった光里を見送った後、2人で行きつけの喫茶店に向かった。