第21話 作戦会議
その日の昼休み、僕らはまだ雨が止んでいないため屋上には行けなかった。
代わりに、図書室のできる限り人目につかない場所で作戦会議をしていた。
1クラス分の大きさがあるかどうかも怪しいこの図書室には、元々そこまで人は来ないし、本棚がやたら多いせいで人目につかない場所なんかいくらでもある。
その一角でお弁当を食べながら、僕と奏多はいつ告白を実行するのか、その後はどうするのかを考えていた。
「まず一番の問題はあのクソ野郎の件だ。あいつの場合、光里を本当に好きかどうかはともかく、お前の告白が成功したらどう出てくるのかが分からん」
「普通に諦めるんじゃないの? あの人、そこまで光里のこと好きじゃないでしょ。あんなこと言えるんだから」
「まぁそれは俺も同意なんだけどよ。もしもの時はどうするか、ちゃんと考えとかないとダメだろ」
「そんなこと、ほとんど付き合いのない僕達に分かるわけないじゃん」
「分かってるわ! だから、関係ある奴をここに呼んでる」
奏多がそう言うと、図書室のドアが開く音がして誰かが入ってきた。
今僕達がいるところからは入り口が見えないから、誰が入ってきたかまでは分からない。だけど次の瞬間、それは判明することになる。
「ごめん〜。光里納得させるのに時間かかっちゃってさ〜」
「おう〜。こっちだこっち」
「え? 関係ある人って音無さんのこと?」
「当たり前だろ。他に誰だと思ったんだよ」
そう。声から察するに、今入ってきたのは音無さんだ。
確かに、この学校の中では間違いなく1番あの転入生について詳しいだろう。でも、この人は光里の親友だし……。
そんなことを考えているうちに、僕らに合流した音無さんは奏多の向かいに座ってからもう一度ごめんと謝った。
「それで? なんでこんな場所に1人で来いって急に呼び出したわけ?」
「実は、今度こいつが光里に告るんだわ。で、その時にあの転入生がとりそうな行動を教えて欲しいってことだ」
「は? いや奏多大丈夫なの!? そんなこと言って」
「大丈夫だろ。お前そんなベラベラ喋んないだろ?」
「なんでそんなに信頼されてるのかは分からないけど、君達の恋路を邪魔するほど野暮じゃないよ?」
はぁ。音無さんが良い人で良かった……。奏多が結構重要なことをさらっと言っちゃうから心臓が飛び出るかと思った。
っていうか、こんな本棚の裏でお弁当を食べながらこんな話をしてるって、よくよく考えたら異常な光景だな……。
この図書室が狭いのが悪いんだけど、なにか悪いことをやってるみたいな気持ちになってくるのは気のせいかな?
「ん。じゃあ大丈夫だ。で、質問に答えてもらおうか。まず、あの転入生が光里に興味持ってるってのは分かるよな?」
「まぁそうだろうなとは思ってたよ? この前光里がいきなり好きな人聞かれた時、私もそばにいたからね」
「思ったけどよ、逆にそんな状況で良く聞けたよな。ほぼ初対面のくせに好きな奴聞くだけでだいぶヤバいのに、近くに友達いる時に聞くか?」
それは僕も思った。聞かれた側は恐怖でしかないだろう。
たとえるなら、僕らが初めて音無さんと話したカフェで、いきなり僕が音無さんに好きな人を聞くみたいな感じだ。
そんな人、僕なら関わるのをやめるか、避けるようになる。元々人とは関わらないって言うのは抜きにしても、そんな人とは関わりたくない。
「まぁあんまり人付き合いが上手くないって従兄弟も言ってたから仕方ないとは思うよ」
「いや、悠人より人付き合い下手なのは重病だろ。どんだけ友達少ないんだよ」
「奏多。さらっと僕の悪口言う癖、いい加減直してくれないかな?」
「そんなもんはどうでも良いんだよ。で? 質問の答えは?」
僕からしたらどうでも良くない問題でも、奏多にとってはどうでも良いことらしい。
まぁ別に良いんだけどさ。もう慣れたし。
「悪いけど、私にも正確なところは分からないよ? ただ、諦めるか諦めないかで言えば、諦めるんじゃない? 従兄弟にも今の状況はある程度話してるんだけど、やっぱりあの人は光里が好きなんじゃなくて、光里を妹さんと重ねてるんじゃないかって。私もそこは同意見なの」
「まぁそんなとこだろうな。普段のあいつ見てて好きになる奴はこいつだけだろ」
「別にそんなことはないと思うけどね。まぁ私も、あんな転入生に取られるくらいならあなたの方が良いとは思ってるよ」
なんだか全く褒められてる気がしないんだけど。むしろ貶されてる気さえする。
なんでこの状況で僕が貶されないといけないのかは分からないけれど、とにかく音無さんが協力してくれるってことでここは見逃すことにしよう。
後で奏多には色々聞きたいことが出来たけど。
「ならとりあえずそれで良いとしとくか。俺の姉ちゃんはすっげぇ荒れそうだけど、そこは悠人が自分でなんとかするってことで」
「ちょっと! 1番問題なのお姉さんじゃんか! 僕には絶対無理だって!」
「案外簡単に引くかもしんねぇぞ? なんとかなるって!」
「そんな訳ないじゃん! 奏多もそう思ってるから僕に丸投げしてるんでしょ!?」
「そんなに厄介な人なの? 光里から話は聞いてるけど……」
「厄介なんてものじゃないよ! しかも! 悪い人じゃないから余計に困ってるんだよ……」
そう。あの人は勘違いが酷いけれど、そこさえ目を瞑れば別に悪い人じゃない。むしろ良い人だ。だから余計にどうすれば良いのかが分からなくなるんだ。
音無さんは興味津々みたいだけど、間違ってると早く気付いた方が身のためだと思う。
「まぁあんな奴の話は置いといてだ。次に告る場所と時間だ。いつ告るかはお前に任せるけど、早い方が良いと思うぞ。遅くなればなるほど、その決意にはヒビが入る。今日みたいにな」
「ん? 今日その決意にヒビが入ったの? それはなんで?」
「お前も知ってるだろ? 光里に好きな人がいるって話。それで少しあったんだよ」
「ん? ああ〜なるほどね」
納得したみたいな顔で頷いた後、続きを促した音無さんの態度で、僕と奏多はこの人が光里の好きな人を知っていると薄々気が付いた。
どうせ教えてくれないだろうとその場は流れたんだけども。後で思うと、無理してでもここで相手を聞いておけば良かったと本気で後悔した。
「まぁ普通に考えるなら放課後の屋上とかが一番しっくりくるけどな」
「直近で告白したいんだったらそれしか無いんじゃない? 光里はそういうのあんまり気にしなさそうだし」
「じゃあお前が良いならそれで良いんじゃねぇの? 本当ならこれ全部お前が考えないといけないんだけどな」
「うん。僕もそれしか思い付いてなかったから良いと思う。一番早くて明後日かな……。色々心の準備とかしたいし」
告白の時になんて言うかもまだ全然考えてないんだ。それくらいかけても問題ないだろう。
僕にとっては人生で一番の大勝負なんだ。しっかりと心の準備期間は欲しい。
「まぁいつするかはお前に任せる。俺たちは邪魔しねぇよ」
「うん。私達は傍観者として楽しませてもらうよ!」
「他人事みたいに言うよね。まぁ良いんだけどさ」
意外と早く話し合いが終わって、お弁当も食べ終わった僕達は、光里に怪しまれないようにさっさと帰ることになった。
なんでも、音無さんが光里を納得させたのは「奏多に無理やり1人で来いって言われた」と言ったからだそうだ。
早くしないと、音無さんに奏多がなにか変なことをしたと誤解されかねない。
図書室から出る時、僕は言い忘れたことがあると先に奏多だけに戻ってもらって、図書室には僕と音無さんの2人きりの状態になった。
先生も昼休みはいないから、正真正銘の2人きりだ。
「言い忘れたことって? どうしたの?」
「えっと、昨日光里が着てきた服なんだけどさ……。ありがとう! 初めてあんなにまともな服を着てる光里を見た!」
そう頭を下げると、しばらく目の前の音無さんは無言だった。
自分でもなに言ってるんだろうとは思うけれど、この人のおかげであのまともな服を着ている光里を見られたんだ。
出来ればこれからも光里の服を選んで欲しいんだけど、その前にまずお礼を言いたかったんだ。
「えっと......頭上げてくれる?」
そう言われて頭を上げると、さっき3人で話してた時より数段優しそうな顔で微笑んでいる音無さんがいた。
「あれは光里にどうしてもって頼まれて選んだだけ。あなたがお礼を言う必要は無いわ」
「いやでも……」
「話は最後まで聞いて? 昨日の夜、光里からお礼の電話があったの。『つゆちゃんのおかげで楽しかった!』って。私もあの子は好きだから、あの子が喜んでくれるならなんでもしてあげたいの」
やっぱり、この人は光里のお姉さんみたいな存在なんだなと、今改めて思った。
光里が僕の姉さんかどうかは別として、この人は間違いなくそういう立場なんだろうな〜と前から思っていたんだ。
結果がどうなろうと、告白が済んだらこの人にもしっかりお礼を言わないと。
「だからね? 私はあの子が幸せであればそれで良いの。逆に言うと、あの子が幸せにならない未来なんて絶対嫌なの。それくらい、私はあの子が好きなの。分かる?」
「はい。僕も立場は違えど、同じような気持ちですから」
「うん。だから私は、君なら大丈夫だと思ったし、あの転入生は嫌だと思ったの」
「えっと……それはどういう意味ですか?」
「それは自分で考えな? じゃあ告白頑張りって!」
それだけ言うと、音無さんは図書室から出て行ってしまった。
残された僕は、音無さんの言ったことの意味がわからず、しばらく考えることになってしまった。
教室に帰った時、奏多と光里が音無さんになにをしたのかで揉めてたのを見て、さっきから心のどこかにあった変な緊張がスッと無くなった。




