第1話 とてつもないやるせなさ
今日は僕が通う桜川高校の新学期が始まる日だ。
普通は新しい学年や学校での生活に、ワクワクやドキドキといったポジティブな感情を持つ人が多い日だと思う。
それなのに、僕は朝からあまり気分が良くない。なぜか。
それは、今日から新学期が始まるというのに、まるで夏のような暑すぎる日差しで僕らのような通学路の学生を照らす太陽が原因だった。
すぐ横に流れてる小川と、その道沿いにこれでもかと並ぶ満開の桜を眺めながらゆっくり登校しようと思っていたのに......。
それなのにこんな様子じゃ、ゆっくり歩いてると汗だくになる可能性がある。それは絶対にごめんだ。
もちろん他にも理由は色々あるけど、今一番僕を悩ませているのはこの日差しだ。
ため息をつきながら少しだけ早足で歩いていると、突然後ろから勢いよく肩を叩かれた。
「おっはよ〜!」
後ろからいきなり来られても、幼い頃から聞いている声でもはや誰だかわかる。
小さくため息を吐きながら僕は後ろを振り返った。
「おはよう光里。今日は朝からテンション高いね」
後ろから僕の肩を叩いてきたのは、綺麗なセミロングの黒髪と透き通るような黒い瞳が特徴的で、おまけにいつもテンションが高い幼馴染の蒼井光里だった。
相変わらず制服のボタンを1つ掛け違えてるのに気付いていないけど、いつもの事だからほっといても大丈夫だろう。
光里は幼稚園からずっと一緒にいる幼馴染の1人で、僕が密かに想いを寄せてる女の子でもある。
「そういうハルがテンション低いんだって〜! 何か嫌なことでもあったの? お姉ちゃんになんでも言ってごらん?」
別に光里は僕の姉さんでもなんでもないんだけれど、この関係もこの呼び方にも、もう慣れてしまった。
光里からこの呼び方をされる度、僕はなんだか複雑な気持ちになる。
分からないという人は、一度好きな人に弟みたいだと遠回しに言われてみると良い。僕のこのやるせない気持ちが分かると思う。
「強いていうなら、朝から無駄にテンションが高い人に絡まれて疲れてるだけ」
「うわ〜なにその言い方〜。せっかく一緒に学校まで行ってあげようと思ってたのに〜!」
「僕は光里の弟じゃないっていつも言ってるだろ……」
出来れば弟としてじゃなくて、男として見て欲しい。そう思ってても本心のままにそう言える勇気は、僕には無い。
そんな僕の気持ちには一切気付いてない光里は、何度言っても冗談っぽく笑って流してしまう。
そして今回も僕の真意には気付かず、いつものように笑って流した光里は、僕の横を早歩きで一緒に歩いてきた。
暑いから早く学校に着きたい為に早足で歩く僕に、そんな事はあまり気にして無い彼女は少し不満そうだった。
「ねぇ〜もっとゆっくり行かない?」
「ゆっくり行きたいなら僕は先に行く」
「も〜! 相変わらずなんだから!」
文句を言いながらも一緒に来てくれるのは、光里と僕が幼稚園から一緒でお互いの性格を理解しているからだろう。
光里は人と関わる事が苦手な僕を1人にしないように気を使って、極力一緒に居てくれる。
いつもはここに、奏多っていうもう1人の幼稚園からの幼馴染がいるんだけど、今日は寝坊してるのか、僕が家を訪ねた時誰もインターフォンには出なかった。
「ねぇ。そう言えば知ってる? 今日私達の学年に転入生が来るらしいよ?」
1年生の頃に誰とも連絡先を交換せず、SNSもほとんどしていない僕にはそんなことを知る術がない。
もちろんこの2人の幼馴染の他に友達などいるわけも無い。
「僕が知ってるわけ無いじゃん。ていうか、それどこ情報?」
「昨日つゆちゃんが言ってた! なんか、すっごいカッコいい人が来るって〜」
つゆちゃんっていうのは確か、音無露華さんの事だったはず。
光里の小学校からの親友で、去年も何度か2人で居るところを見た記憶がある。
僕には友達が幼馴染の2人しかいないから、基本的に学校では1人でいるか奏多と話している。
極力一緒に居てくれると言っても、光里が友達と話してたりすると、僕は1人になってしまう。
かといって、別に寂しいとかそんな事は全然無いけど。
音無さんとは去年、隣の席になった時に少しだけ話した事があるけれど、光里とは対照的に凄く落ち着いた雰囲気の女の子だった。
そんなことより気になるのは、その転入生がカッコいいって情報だ。
会ったことはないけど、光里が惚れたりしたら、嫌だな……。
「どうしたの? 急に怖い顔しちゃって」
少し心配そうに聞いてきた光里に、無意識にそんな顔をしてしまっていたのかと心の中で反省した。
僕は彼氏でもなんでもないんだからこんな事で怒ったり、嫉妬するのは......悔しいけど違うと思う。
「別になんでもない。イケメンが入ってきて良かったね」
「ん? ハルちょっと怒ってない? もしかして嫉妬しちゃった? 大丈夫だって〜。お姉ちゃんは彼氏なんて作らないから」
「怒ってないってば。後、何度も言うけど僕は光里の弟じゃない」
「ハルどうしたの? 反抗期?」
すごく真面目に聞いてくる幼馴染を見て、僕は大きなため息をついた。どうせまともに答えてもはぐらかされるんだし、真面目に答えるだけ無駄だ。
僕は、まだ律儀に小走りでついてきながら僕の方をしっかりと見ている幼馴染に呆れて、歩くスピードを少しだけ早くした。
「あ〜待ってよ〜! 置いてかないで〜!」
後ろから走って来る光里を無視して、既に少しだけ見えて来ている高校に急いで向かった。