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第16話 昔話

 バス停に着いた僕らは、近くにあった苔むしたベンチに3人で座り、10分後に来るらしいバスを待つことにした。

 その間、僕はずっと気になっていたことを勇気を出して聞いて見ることにした。

「ねぇ。答えたくなければスルーしてくれて良いけど、君の妹さんはどんな病気で亡くなったの?」

「唐突だね。正確には病気というより事故で負った傷が悪化したと言うべきなのかな……」

「あ? そりゃどう言うことだよ」

「説明が難しいな。少し長くなるけど大丈夫?」

「僕から聞いたんだ。別に問題ないよ」

 そう言うと一瞬辛そうな顔をした後、転入生は妹さんのことについて話し始めた。

 その声はいつもの落ち着いたような声とは違って、少しだけ震えているように感じた。

「僕の妹が亡くなったのはちょうど4年前なんだけど、実はその1年くらい前に交通事故にあってるんだ。それで、その時に頭を強く打ってね……」

「なぁ。妹ってお前のいくつ下だよ」

「僕の2つ下だよ。その時の交通事故は僕と両親も巻き込まれたんだけど、大きな怪我を負ったのは妹1人だけだったんだ」

「そりゃ......だいぶキツイな」

「うん。当時はどれほど変わってあげたいと思ったか分からないよ。ただ、一旦は回復はしたんだ。1ヶ月だけだったけれど、外で遊べるくらいにはね」

 その当時のことを思い出しているのか、少しだけ声に明るさが戻ったような気がした。

 よほどその当時は、妹さんが回復したのが嬉しかったんだろう。

 ただ、それからは徐々に様子がおかしくなっていったらしい。

「それで、ある時友達と遊んでたら急に倒れてね。その時は30分もすればなんともなくなったんだけど、一応病院に行ったんだ。そしたら、事故の時の怪我が完全には治ってなかったらしくてさ。君達に分かるかい? それまで元気だったのに、急に入院生活に戻る妹の気持ちが……」

 僕も奏多も、あまりのその迫力に何も言えなくなってしまった。

 実際、妹さんだけじゃなく家族全員が辛かったんだろう。僕だって、奏多や光里が同じ立場にあれば耐えられないくらい悲しいし、辛い。

 それこそ、さっきこの人が言っていたみたいに出来るなら変わってあげたいと思ってしまう。

「僕は医療の道に詳しくないから、妹がどんな状況で、どれだけ危険なのか当時はよく分かってなかったんだ。現実味が無かったって言った方が良いかな? だってそうだろ? ついこの間まで元気で遊んでたのに、また病院生活になったんだ。事故にあって、本当に全てが変わったよ……」

「よくそう言うのニュースとかでやってるけど、どっか他人事だったんだよな.....。ただ、近くで話聞くと急に現実感増すな」

「うん。僕もあんまり実感なかったよ。それこそニュースとかで流れても、自分には関係ない話で今までは流せてたからね」

「僕も自分が当事者になるまではそうだったよ。ただ、それは仕方無いと思うよ? たとえば戦争のニュース。あれだって、大抵の人は他人事だと思ってるんだ。それと同じだよ。事故にあったこと無い人がそんなニュースを見ても特別なにも思わないのは無理ないさ」

 どこか諦めたような、そんな乾いた笑いを見せた後、すぐに空気を読まずバスが来た。

 流石にバスの中で話すような内容じゃないので、とりあえずその話は一旦保留にして帰ることにした。

 バスの中の空気は重く、行きのように奏多が爆睡することも、なにか気を利かせて楽しげな話をする気にすらならなかったらしい。

 もちろんそれは電車の中でも同じで、僕ら3人の間にだけ重苦しい雰囲気が出ていた。

「なぁ。この後暇か?」

「え......特に用事は入ってないけど?」

 1時間の電車旅から、ようやく僕らの街に帰って来た。

 だけど、改札を出てすぐに奏多は足を止めて後ろで歩いていた僕らを見てそう言った。

 正確には、僕じゃなくて転入生の方に聞いてたけど。

「僕も特に用事は入ってないよ?」

「じゃあ落ち着いて話せる場所行こうぜ。中途半端で終わるのが一番嫌いなんだわ」

「奏多さ。この人の気持ちも一応は考えてあげなよ。無理に聞き出すようなことじゃないでしょ?」

「大丈夫だよ。僕もちょうど聞きたいことがあるから。それでお互い様ってことで」

「良し分かった。とりあえずいつもの店行ってみるか。また空いてなかったらしゃーねーから悠人の家な」

 どうせ聞きたいことっていうのは光里のことだろう。

 嫌な人では無いんだけど、この人が光里を狙っていることには変わりない。

 敵にわざわざ情報を渡すみたいな行為は出来ればしたくないんだけど、話の続きを聞けるのなら僕も聞いてみたかった。

 他人事だった事故の話が急に現実味を帯びて来てるんだ。最後まで聞いてみたいと思うのは自然だと思う。

 なんで駅前のカフェに行かないのか、それをいつもの喫茶店に行く道すがら奏多に聞いてみると、答えは簡単で今日は光里のシフトの日らしい。

「光里さんってあそこでバイトしてるんだ。それは初耳だね」

「最近始めたらしいからな。長続きするかは怪しいな。それに、お前の妹の話とかあいつには聞かれたかねぇだろ?」

「そうだね。出来れば聞かれたくはないね。気を遣ってくれてありがとう」

「別に。俺たちがいつも行ってるのはあそこじゃねぇしな」

 そう。僕たちが前から通っていた喫茶店はあそこじゃない。

 元々、いつもの喫茶店が閉まってたからあっちのカフェに行ってみると、たまたま光里が働いていたってだけだ。

 今日はいつもの喫茶店は開いてるのか……。

「お。開いてんじゃん。なんか久しぶりだな」

「別に1週間くらいでしょ? そんなに久しぶりじゃないじゃん」

「うっせ〜な。こういうのは雰囲気が大事なんだよ。ほら入るぞ」

 そう言いながら扉を押すと、前までは無かったベルが鳴り響いた。

 お店の中は他に大して変わってないのに、このベルだけがなぜか変わっていた。

「お〜。いらっしゃい。今日はお友達も一緒かな?」

「まぁな。で、なんで休んでたんだ?」

「あ〜体調を崩しちゃってね。大丈夫だから心配しなさんな。今日はサービスしちゃるよ?」

「お〜。なら俺とこいつはいつもので、この冴えないイケメンには〜リンゴジュースでも出してくれ」

 転入生は勝手に注文決められてるけど良いのかな……。

 そう思って顔をチラッと見てみると、興味無さそうに店の中を眺めていた。

 僕はこの人が良いならなにも言わない。特にこの人に興味があるわけじゃないし。

 だけど、ここのおじさんが元気そうで良かった。

 ひょっとしたら、もう結構な年齢だからあるいはそういうことなのかもと少しだけ不安だった。

 勝手に死なせてしまってすごく申し訳ない。

 お店の中には、いつもよりは少し少ないけれどやっぱりお年寄りの人が数人いて喋っていた。全員顔見知りなのかな?

 僕らはいつもの席に座って、僕の向かいに転入生の人が座った。奏多は僕の隣だ。

「で、どこまで聞いたっけか?」

「ニュースを見ても当事者じゃない僕らにはあまり現実味がないってところまでだったと思うよ?」

「じゃあそこから話すね。妹が2回目の入院生活を強いられるようになってから2ヶ月くらい経った頃かな。急にだよ? 本当になんの前触れもなく余命を宣告されたんだ」

「そりゃまた急だな。てか、こう言ったらなんだけどよ。単なる交通事故の怪我だろ? なんでいきなり余命宣告とかの話になるんだよ」

 僕も奏多と全く同じことを思った。

 交通事故のことに詳しいわけじゃないけれど、仮にも1ヶ月は元気に遊べてたのに、それから数ヶ月でいきなり余命宣告なんて聞いたことがない。

 そんなに大きな事故だったのかな?

「事故自体はあまり大きなものじゃ無かったよ。旅行からの帰り、両親の運転する車で僕と妹は寝てたんだけど、後ろからのすごい衝撃で目が覚めたんだ。横には頭から血を流してる妹がいるし、さっきまで寝てたから状況なんて全然分からない。後から知ったけど、相手は飲酒運転で暴走した車だったんだ。相手の人は亡くなったから謝ってもらうことすらできなかったよ......」

「そんなのを小学生で経験してんのかよ。どんだけキツイんだって話だよな」

「本当にそうだよ。それで、余命の件だけど妹は元々頭が弱かったらしいんだ。僕がまだ2年生とか3年生くらいの時に、どうしてかは忘れてしまったけれど、一度妹は頭の手術を受けてるんだ。その時の傷がどうしたとか両親が言ってた気がしたけど、その時の僕は妹が死ぬなんて考えられなくて、よく話を聞いてなかったんだ。ごめん」

「お前に謝られると俺らが悪いことしてるみたいだろうが。別に謝らなくて良いぞ」

 そう奏多が言ったところで、ちょうど注文してた物が出てきた。

 それぞれ一口ずつ飲み物を飲んだ後、話が再開された。

「結局、妹は医者の言う通り半年で死んでしまったんだ。最後の方なんて、まともに会話が出来なくなったさ。何も出来ない自分を呪って、妹が死んだ日なんて本気で死のうと思ったくらいだよ」

「確かに、その気持ちはなんとなくだけど僕も分かる。もし光里がいなくなったら、僕は生きていく自信が無い。一番大切な人を失うのは、かなりキツイ」

「なんで光里だけなのか俺は凄い気になるけどな!」

「だって、奏多は殺しても死なないでしょ?」

「まぁな! よく分かってんじゃねぇか!」

 なんでそこでドヤ顔をするのか僕には全く分からないけど、とりあえず転入生に話の続きを促す。

 今僕の目の前にいる人は、今にも泣きそうになっていたけど、とりあえず最後まで話そうと頑張っているように見えた。

 本当に、この人を見る目が妹さんのこの話を知る前と知った後では、だいぶ変わった気がする。

「だけど、僕には夢が出来たんだ。だから、妹を亡くした悲しみをおし殺してなんとかやって行けてる。たまにとっても悲しくなるけどね」

「ちなみにその夢っていうのは?」

「もちろん、医者になって妹みたいな人を1人でも多く救うっていう夢さ。実際、妹を救えなかった時のなにも出来なかった虚しさは今でも忘れることができない。あの時、僕に多少なりとも知識があれば、なにか妹にしてあげられることがあったかも知れない。そりゃ結果は何も変わらなかったかも知れないけど、それでも後悔してるんだ。あの時なにもしてあげられなかったことに」

 こんな話を聞いて、さすがの奏多もなにも言えなくなったらしい。

 深刻そうな顔をしてじっと空になったグラスを見ている。辺りにはなんだか電車の中にいた時よりも重い雰囲気が流れていた。

 だけどそんな雰囲気は当の本人によって破られた。

「僕の話はこんなところ。じゃあ今度は僕が聞きたいことを聞いても良いかな?」

「……。俺がいうのもなんだけどよ。良いのか? そんなこと話した後に」

「別に構わないよ? 本題はむしろこっちさ。光里さんのことについて、なんでも良いから聞きたいんだ。出来れば嫌いなもの全般」

 僕と奏多は驚きのあまり、お互い見つめあってしまった。

 どう考えても今光里のことを聞くとか、そんな雰囲気じゃなかったのに……。

 しかも、光里を好きな理由って妹さんと瓜二つだからでしょ?

 こう言ってはなんだけど、そんな理由なのになんでそこまで一生懸命になれるのか。

 僕と奏多は、どちらが光里の話をするか少しだけ小声で話した後、結果的に僕が話すことになった。

 なんでそうなったかは想像に任せる。

「光里が嫌いなものって言っても、野菜全般、特にピーマンとか小学生が嫌いなものがそのままダメって感じ。無理やり食べさせようとしたら相手が僕らでもガチ切れする。後は、妙に気取ってる男の人とか、モテてる男の人は嫌いだと思うよ」

「じゃあ僕は別に大丈夫そうだね。モテてないし、僕もピーマンとかは苦手だからね」

「なぁ。その言い方、少しだけイラっとくるからやめてくんね? さっきの妹の話と今のこの話は別だ。光里と付き合う前提で話しされると、こっちはだいぶムカつくんだよ」

 さっきまでこの人の話にだいぶ同情してたのに、いきなりすごい不機嫌になるじゃん……。

 少しだけイラっと来たのは僕も同じだけど、頑張って表情に出さないようにしたのが台無しだ。

「ごめん。気をつけるよ。次に、好きなものとかを教えて欲しい」

「…...。光里が好きなものって言っても、パンケーキとかクレープとか、いかにも女子っぽいものが好きってことくらいしか僕は知らないよ?」

 もちろんそんな訳ないけど、さっき奏多が言ってたように、さっき妹さんの話と光里の話は別なんだ。

 正直に妹さんの話をしてくれたって言っても、敵に全部の情報なんてあげるわけがない。

 光里に対する気持ちに対しては、まだ僕はこの人のことが嫌いだから。

「そっか。じゃあ今度話しかけて見ても大丈夫かな?」

「むしろ、『俺たちに狙っても良いか?』みたいな挑発して来たくせにお前なにもしてねぇだろ。正直、なにやってんだこいつって思いながら見てたんだけど」

「それは、単に僕に話しかけるきっかけっていうのかな? それが無かったからさ。別にきっかけさえあればどうとでもなると思ってるよ」

「はぁ。まぁ好きにすりゃ良いけどよ。あんまり甘く考えてると痛い目見るぞって忠告してやる。あいつ、何も考えてないように見えて結構色々考えてるからな。ただのバカだと思ってたら足元すくわれるぞ」

「忠告ありがとう。気をつけるよ」

 いや、さりげなく光里のことディスってるけど大丈夫? 本人に聞かれたらすごい怒りそうだけど……。まだカフェでのこと許してないのかな。

 その後話は終わったとばかりに席を立った転入生は帰る前に一言、僕らを完全に敵に回す一言を口にした。

「ちなみに、僕が彼女を好きになった理由を妹と瓜二つだと思ってるなら大間違いだよ。確かに似てはいるけど、妹の方が可愛かったからね」

 その一言で、僕と奏多は静かにキレた。

 奏多が殴りかかりに行かなかったのを僕は全力で褒めたい。

 事実、転入生がいなくなった後机を思いっきり叩いて痛がっていた。

「なんなんだあいつ! 仮にも自分が惚れた女だろ!? なんで妹の方が可愛いとか言えるんだよ! 俺たちのこと舐めてんのか!」

「落ち着きなって。ここは奏多の家じゃないんだよ?」

「俺にとっても幼馴染なんだぞ! そんなやつを悠人以外に貶された気持ち分かるだろ!? まじであいつ刺してやろうかと思ったぞ」

「気持ちは痛いほど分かるし、僕だって同じ気持ちだよ。なんなら僕の方が多分怒ってるよ?」

「にしては冷静だなおい! 今すぐあいつの顔面グーパンチで殴るくらいしないと気が済まないんだけど!?」

「冷静な訳無いだろ……? 僕だって好きな人をバカにされて、怒ってるんだ。だけどあんな人を光里が好きになると思う? なる訳無いでしょ? そう必死で自分に言い聞かせてなんとか抑えてるんだよ。奏多も一回冷静になって」

 自分ではそんな偉そうなことを言ってるけれど、バカにされた瞬間は本当にこの人を殴ろうかと思った。

 実際、手のひらを見て見ると必死で我慢した証の自分の爪痕が付いていた。

 別に我慢する必要は無かったかもしれない。大事な幼馴染で、好きな人でもある光里をバカにされたんだ。

 奏多が言うように、グーはダメでも平手打ちくらいならやっても良かったかもしれない。

「ああ。そうだな。じゃあ、あんなクソ野郎に吠え面かかせてやろうぜ!」

「うん。夏休みまでとか言わないで、できるだけ早く決着をつけよう。振られるかオッケーしてくれるかは分からないけど、できるだけ早く告白する! 手伝ってくれるだろ?」

「決まってんだろ! あんなクソ野郎に取られたら許さねぇからな!」

 こうして、当初の予定よりだいぶ早く告白をすることに決めた僕は、この日の夜から奏多と作戦を練ることにした。

 ちなみに、奏多の財布の件はお会計の時にやっと気付いて慌てていた。

 さっきまで凄いかっこよかったのになにやってんだか......。

この日、絶対にあんな人に光里を渡さない!その目標ができてからはサクサクと物事を決めていけるようになった。

 そのおかげかどうかは分からないけれど、高1の夏以来出来てなかった2人きりでのデートの約束をとりつけることが出来た。

 別にそこで告白するつもりって訳じゃ無いけど、そのデートから1ヶ月経たないうちに告白すると、既に心の中で決めていた。

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