第15話 墓参り
電車に揺られて1時間くらいして、僕らが降りたのはいわゆる無人駅と呼ばれるところだった。
本当に誰もいなく、すごく古い改札みたいなところがあるだけの駅だ。
というか色々電車は乗り換えたけれど、ここは僕らが住んでいる街とは別世界みたいだ。
そこら中に雑草が生い茂ってるし、駅を出ればポツリとバス停があるだけで他には少し遠くの方に連なる山々が見えるだけだ。
「なぁ。お前ってこんなとこから来たのか?」
「いや、別にここで生まれたって訳じゃないよ? ただ祖母のお墓がこっちにあって、妹も同じ場所で眠ってるんだ」
「ふ〜ん。で、こっからバスに乗んのか?」
「そうだね。バスの時間を計算して電車に乗ったから、後10分もすれば来るはずだよ。ちなみに、ここは2時間に一本しかバスが無いから乗り過ごすと大変なことになるよ」
そんなことを笑顔で言う転入生に、少しだけ恐怖を感じた。
下手をしたら僕らは野宿になるってことだ。しかも明日は普通に学校がある。
仮にそうなってしまえば、笑い事じゃ済まない。
「まぁ大丈夫だよ。よっぽどのことがない限り乗り過ごすなんてことは無いから」
「ああ。まぁ信じるわ」
それから15分ほどしてバスが到着した。
ただ、僕らの街で走っているようなバスじゃなくて、まるでスクールバスみたいな小さいバスが来た時は駅を出た時と同じくらい驚いた。
バスに乗り込んだ後、車内でこの街.....っていうか村?について転入生に色々聞いてみた。
どうやらここはいわゆる本物の田舎みたいで、住んでるのはもう50人ちょっとしかいない小さな村らしい。
しかもみんなお年寄りだから、いつこの村が無くなってもおかしくないとまで言っていた。
「そういや、墓ってのはどのくらいで着くんだ?」
「そうだね……。多分、後20分くらいかな?」
「奏多。眠いなら寝てていいよ? 起こすから」
電車の中でも度々眠そうにしてた奏多にそう言うと、遠慮なく1人だけ前の席に移動していびきをかきながら寝だした。
1人だけ寝始めてるけど、僕も結構眠たいの我慢してるんだからね? いや寝てもいいよって言ったのは僕だけどさ......。
僕らは一番後ろの席に座っているから、誰かが乗って来ても別に邪魔にはならないだろう。
だけど、奏多のいびきだけは少しうるさいかもしれない。さっきからかなりうるさめのいびきをかいてるし。
案の定、鏡に反射して一瞬見えた運転手のおじいさんの顔は少し鬱陶しそうだった。ごめんなさい……。
それから15分くらい無言の時間が続いて、そろそろこのなんとも言えない空気がキツくなってきた頃だった。
「あ、この次だからそろそろ起こした方がいいかも」
話す話題もないし、携帯も圏外なせいで気まずすぎる時間を過ごしていた僕らの沈黙を破ったのは、転入生のその言葉だった。
ちなみに、僕が彼のことを転入生と呼んで名前で呼ばないのには理由がある。
それは、織田君と言うと奏多がうるさいし、翔真君と呼ぶほど仲がいいわけでもないからだ。向こうは普通に僕のことを悠人君って呼んで来るけど……。
もちろん、電車の中での会話は基本奏多に任せていたから、実際に「転入生君は〜」と口に出して言ったことは無い。
「分かった。もう一度聞くけど、本当にお墓まで行って大丈夫なの?」
「うん。奏多君はともかく、悠人君は常識的な人だろ? なら仮に、奏多君が暴走しても止めてくれるでしょ?」
僕にはそんな力はない。自信満々にそう言えたらどれだけ楽だろうか。
こう言う時、自分のコミュ力の無さにガッカリする。
しかも、さりげなく奏多には常識がないみたいな言い方してるけど、奏多にだって最低限の常識はある。
本当に最低限しかないのがすごく残念だけど。
それでも、昔からの友達を他人に貶されるのはやはり気分が良いものではない。
「なぁ〜。さりげなく俺の悪口言ってんじゃねぇよ。お前よりは常識あると思うぞ俺」
「うん。流石にそれはないと思うけど……。じゃなくて、起きてたの?」
「てか別に寝てなかったし。お前らでなんか面白い話しねぇか待ってたんだけど?」
「じゃあいびきかいてたのはなに?」
そう突っ込むと、奏多はあからさまに僕から目を逸らした。
こんなことを言ってるけど、実際数分前に起きたんだろう。僕らがなにも話してなかったから起きにくかっただけで。
「とにかく! もう着くんだろ? さっさと準備しようぜ?」
「はぁ。もういいや。奏多? 忘れ物しないようにね」
「分かってるって!」
そんなことを言いながら、結局降りる時に奏多が爆睡していた席を見てみると、座席の下に見事に財布を忘れていた。
小学生の時から変わっていない奏多にしては可愛いウサギの財布だ。
確か光里から貰ったとか言ってたっけ。僕も同じのを持ってるけど、使うのが勿体ないから使えないんだよね。
まぁこれはこのまま黙っておいて、奏多が気付くまで僕が預かっとこう。いつまで気付かないか見ものだけど……。
「この先を少し行ったところにお寺があるんだけど、その奥にお墓があるんだ。それと、お墓で見たことは他の人には内緒にしてね」
「あ? なんでだよ」
「それは......単純に僕が恥ずかしいからだよ。まぁ、着けばわかるさ」
この時は僕も奏多も訳が分からなかったけど、それはこの後すぐ判明する。
バス停から5分くらい歩くと、言われた通り歩いている歩道の右側にかなり古いお寺が見えて来た。
そこら中に苔とか雑草が生えてて手入れが全くされてないのが凄く気になる……。
普通こう言うところってしっかり掃除とかするんじゃないの?
「ここのお坊さんもみんなお年寄りだからね。流石に限界があるんじゃないかな。お寺もこの村にはここしかないからね」
「ほ〜ん。じゃあこの奥の墓もこんな感じなのか?」
「いや? そっちの方をしっかり掃除してる代わりに、こっちの方が疎かになっちゃってるんだよ。まぁ、この村にはお墓参り以外でここに来る人なんて居ないからね」
「それはそれで寺としてはどうなんだよ.....」
その後、思ってたよりお年寄りの80代くらいの老夫婦がお寺の中から出て来てビックリした。
僕らの隣にいる人を見た途端笑顔になったからなんとなく安心したけど。急に出て来られると悪いことをしてるみたいな気分になるのは気のせいかな?
少しだけ怖いなと思いながらも、僕と奏多は軽く会釈して転入生の後をついて行った。
本堂を抜けた先のお墓は、表とは違ってしっかりと掃除が行き届いているのか、すごく綺麗だった。
そのまままっすぐ目的の墓石前に着いた転入生は、見たことないくらい優しく笑った後、持っていたカバンの中から花束を取り出した。
僕も慌てて、念の為に用意しておいた小さな花束を渡した。
一応なにかの間違いでここまで来れた時用にと思ってただけなのに、まさか使うことになるとは......。
「ありがとう。ごめんね。どうしてもここに来ると、余裕が無くなっちゃってさ」
「事情は聞いてるから把握してるつもりだけど、なるべく邪魔しないから」
「うん。そうしてくれると助かるよ」
そう言うと、転入生はカバンの中からイチゴのお菓子を取り出した。
次にお線香を出して、火を付けた。なんか、色々出て来るなそのカバン……。
僕と奏多もお線香を貰って、転入生の見よう見まねで火を消した。
さすがに奏多も口でお線香を消したらいけないことくらいは分かってたらしい。
思いっきり振ってるのに中々消えなくてちょっとイラついてたけど。
「おいおい……。マジかよ」
僕と奏多が驚いたのはその後だ。
お線香を消した後、合掌した転入生が突然泣き出したんだ。それも、僕らが後ろにいることを忘れているように。
奏多か音無さんが、転入生は妹さんのことをとても大切に想っていたと言っていたけれど、まさかこれほどとは思わなかった。
とても悲しそうに、それでいてどこか寂しそうに泣いている。身近な人の死なんて、僕は経験したことがないからこういう感情が分からない。
ただ、とても悲しいんだろうなという同情は出来る。逆に言えば、今の僕にはそれだけしか出来ないけど。
5分くらい泣いた後、恥ずかしそうに目元を拭った転入生は頬を染めながら謝って来た。
「ここに来ると、どうしてもね……。ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ。むしろ、そんな大事なとこ邪魔して悪かったな」
「大丈夫だよ。何回も確認してくれたし、その気持ちだけでも嬉しいよ」
また初めて見たような笑顔を見せた転入生は、それからバックを背負い直し、もう一度墓石に向かって微笑んでからその場を離れた。
僕や奏多が思っているほど嫌な人で無いことは、ここ数十分のお墓参りでよく分かった。
ただ、それで光里への気持ちが許せるようになるかと言うと、勿論そんなことはない。
まだバスが来るまで時間がある。少しだけでもいいから妹さんの話を聞きたい。
この時、僕は初めてこの人に良い意味で興味が湧いた。




