第14話 待ち伏せ
4月25日当日、僕は奏多と一緒に朝から駅前であの転入生が来るのを待っていた。
さすがに音無さんの従兄弟も引越し先の家までは教えてくれなかったらしい。
なんで中学の頃の話は教えてくれたのに、そこだけは教えてくれなかったのか凄く疑問だけど。
本当は知ってるけど、家に直接行く可能性を考えての音無さんなりの配慮の可能性もある。
まぁ引越し先の住所を知ったところで、さすがに朝一番から「同行させろ!」とか言いに行くほど奏多は非常識では無いと思うけど。
そこで奏多と話し合った結果、奏多は「どうせ電車で行くだろ」と勝手に決めつけてしまった。
そのせいで来るかも分からない転入生をこうして2人で待っている状態だ。
そして、待ち続けてから3時間が経ったところで僕は我慢の限界を迎えた。
どうせ同行なんて許可してくれるわけないんだ。そう思ってる僕にとって、この時間は世界一無駄な時間と言ってもいい。
「ねぇ奏多。もう12時前だけど、まだ待つの?お墓参りについて行こうなんて無理だってば……」
「あのな悠人。お前に足りないのは精神力だ。色んな面でお前は精神力が足りてねぇんだよ。光里の件だってそうだし、今回の件だってどうせ許可なんざ貰えないと思ってんだろ?」
「その通りだよ。今光里の件が関係あるかどうかは少し疑問だけど、今回はたとえあの転入生と合流できたとしても、同行の許可なんて貰えるはずが無いと思ってるよ。だって、僕が彼の立場なら絶対に許可しないから」
「奇遇だな! 俺も仮に悠人の墓参りにあんな奴が同行したいとか抜かしても絶対無理だわ!」
奏多もそう思ってるならなんでこんなところで3時間も待っているのか......。
休日なのに早起きして、奏多に無理やり引っ張られて来た僕の気持ちを少しは考えて欲しい。
「まぁ〜親と一緒に車で行ったとか考えることもできるし、流石にあと1時間くらいしたら帰るか。悠人もちょいキツイだろ?」
「うん。ちょっとどころかすごくキツイよ……。っていうか、普通は両親と一緒に車で行くんじゃ無いの? そもそも電車で行くって言い出したの奏多だよ?」
「そうだったか? 忘れたわ! まぁとりあえず、もうちょいだけ粘って……」
そこまで言ってから奏多は一瞬、まるで石にでもなったかのように固まった。
不思議に思って奏多の視線の先を見てみると、そこには黒のジャケットとジーパンという4月にしては暑そうな格好で歩いている人がいた。
肩には大きなバックをかけて重そうに持っているせいで、遠目から見たら怪しい人にしか見えない。
一瞬誰だか分からなかったけど、よく見てみるとその正体はあの転入生だということが分かった。
「来たぞ! ちょっと行ってくるわ!」
「ちょ! 待ちなって! いきなり行ってなんて言うつもり!?」
一目散に駆け出していきそうな奏多の腕を掴んでなんとか引き止めた。さすがにいきなり突撃することだけは避けないと。
もしいきなり失礼なことを言ったりしたら今後少しだけ気まずくなりそうだし、光里に色々言われるとそれこそめんどくさい。
しかも、今日は妹さんの命日なんだ。いくら嫌いな人だからって、少しは配慮するべきだと思う。
「それくらい俺も分かってるって! まぁ見てろ!」
それだけ言うと、僕が掴んでいた手を振りほどき、改札を抜けようとしている転入生に向かって走って行ってしまった。
ああなってしまうと、僕には奏多を止めることができない。いや、多分光里がこの場にいても無理だろう。
そして、僕は人が増えて来た駅の中を見ながら少しだけ吐き気に襲われていた。オマケに眠いし、本当にさっさと帰りたい......。
数分して奏多が戻って来た時には、僕はなんとか立っているような状態だった。
休日の駅なんて人がいないわけがない。
そんな場所に3時間以上いたんだ。限界が来るのだって全然不思議じゃない。
ただ、そんな様子の僕はどうでもいいと言わんばかりに、奏多は僕の背中をドンドンと叩いて来た。
「喜べ! ついて来て良いって言われたぞ!」
一瞬気分が悪いせいで聞き間違えたのだと思ったけど、実際こっちに歩いて来ている当の本人を見て、どうやら聞き間違いなんかじゃないと悟った。
どんな嘘で丸め込んだのかは知らないけれど、これで僕はさらなる地獄に身を投じることになった.....。
「嘘なんてついてねぇって! 正直にお願いしただけだぞ?」
「僕は経験上、奏多がその顔をする時は悪いことしか起きないって知ってるんだけど……」
「あ? そんなの気のせいだろ」
案の定奏多は、この前光里のバイト姿を初めて目撃したときとあまり変わらない顔をしていた。
だから、お墓参りに嘘をついてまでついて行くのは不謹慎だって音無さんも言ってたじゃん……。
一応、なんて説明をしたのか聞いておかないといけない。あんまりあの人とは喋りたくないけど、この際仕方がない。
こちらにゆっくりと歩いてくるその人物を見ながら、僕は覚悟を決めた。
「こんにちは」
「どうも……」
「おいおい。なんでそんなによそよそしいんだよ! もっと気楽にいこうぜ!」
僕の次にこの人を敵視してる人から出る言葉とは思えないな……。素直な僕の感情を表すなら、この一言に尽きる。
実際、奏多は僕と同じくらいこの人を敵視しているはずだ。
奏多はなんでこんなに息を吐くように嘘がつけるのか。呆れるのを通り越して、感心すらしそうになる。
よく言えば、人との付き合いが上手い証拠なんだろうけど、僕に真似できるような芸当じゃない。
「1つ聞きたいんだけど、本当に妹さんのお墓参りについて行っても大丈夫なの?」
「ああ。問題ないよ? 妹はそんなこと気にしないからね。僕個人としては思うところはあるけど、君達は光里さんの幼馴染だし無下にはできないと思ってね。仮に光里さんと付き合うことになったとしても、君達とは仲良くしたいからね」
僕はこの発言を聞いて、怒りとため息を自分の中に押し込めるのに苦労した。
別にこの人自身には悪意は全くないんだろう。
音無さんの従兄弟さんが言う限り、悪い人では無いらしい。
ただ、僕も奏多もそのどことなく偉そうな態度にすごく腹が立った。
奏多なんて笑ってるけど、拳を握りしめて今にも殴りかかろうとしてるのを必死で抑えてるようにしか見えない。
そう言う僕も、相手に気付かれ無いように力強く拳を握って怒りを必死で押し殺している。
誰かをここまで憎んだことなんて、僕には無かった。
そもそも、僕には憎むと言う感情がすごく程遠い存在だった。仲の良い2人以外とは関わらないようにしていたから……。
「なぁ悠人。クソムカつくのは分かるけどとりあえず落ち着け。ここで下手打つともっとめんどいことになるぞ」
「分かってる。とりあえず今は目の前のことに集中するよ……」
「どうかした? 電車もう直ぐ着くけど?」
「なんでもないぞ。早くいこうぜ」
奏多は表面上だけ笑顔を作りながら、転入生の背中を睨みながら後を追っていった。
そのおかげで、電車に乗り込む頃には僕の方は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
自分より怒ってる人がいると、なぜだか自分は冷静になれるあれだ。
だけど少しだけ気分が楽になったと言うだけで、ますますこの人のことが嫌いになったのは2人とも間違いない。




