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第9話 偶然

 お店の中に入ると、やっぱり中はいつも行っている喫茶店よりも広かった。

 店内は白を基調とした椅子やテーブルが置かれていて、天井にはブラウンのシーリングファン。まぁ簡単に言うと、扇風機みたいなやつが回っていた。

 名前が合っているかは分からないけれど、今は別にどうでも良いだろう。

 予想以上に店内にはお客さんがいて、普段僕ら以外のお客さんはおじいさんお婆さんだけの環境に慣れていた僕は、少しだけ圧倒された。

 おまけに、僕らと同じように学校の制服を着た人達もチラホラといる。

「ご注文が決まりましたらこちらのボタンでお呼びください」

 そう言って案内してくれた店員さんが僕らが座ったテーブルから離れると、僕は慌てて向かいに座る奏多に言った。

「ねぇ、今すぐ帰らない? 相談なら僕の家でもできるでしょ?」

「あのなぁ……。お前はそういうところからまず変われよ。そりゃ俺もこんな感じのとこだとは思ってなかったけどよ」

「でもさ、こんなところで対策とか本当に話せる? いつものあの店とは違って周りに学生の人とかいるし、それに……」

「それに? なんだよ。店員が見てる限り全員女性だってか?」

 僕は顔を少しだけ赤くして頷いた。

 人と関わるのが苦手な僕にとって、男子も女子もあまり変わらないけど、周りの店員さんが全員女性だと変に緊張する。

 別に変な意味じゃなくて、ただでさえ人が多いこのお店で、店員さんに男性がいないのは僕にとっては少しキツイ。

「しょうもねぇ理由だなおい。はぁ。適当に頼んじまうぞ?」

「僕はなんでも良いよ……。相談なんてしないでさっさと帰りたいんだけど」

「お前よくそんなんで告ろうと思ったよな〜」

 驚き半分、呆れ半分といった感じでため息をついた奏多は、メニュー表をちらっと見た後ボタンを押して店員さんを呼んだ。

 少しして注文を聞きに来た店員さんを見向きもしないで、注文だけ伝えようとしてる奏多に少しだけ呆れながら、僕は店内を見回していた。

「はい。ご注文お伺いします!」

「んぁ? なんか聞いたことあんなこの声」

 僕もそんな気がして今さっき来た店員さんの顔をよく見てみると、帰りのHRの後、急いで帰った光里にそっくりな人が立っていた。

 しかも、さっき店の中に案内してくれた人と同じ制服を着て。

 そんな訳ないと一瞬目を逸らしたけれど、もう一度よく見てみると見間違いなんかじゃなく、本当に光里だった。僕は、人生で初めて二度見というのを体験した。

 しっかり左胸に付いているネームプレートには、綺麗な字で「蒼井」と書いてあった。

「なにやってんだお前こんなとこで……」

「は!? 嘘? ハル……と奏多!? なんでここに?」

「そりゃこっちのセリフだわ! なんか聞いたことある声だと思ったら! てか、なんでちょっと嫌そうなんだよ」

「ちょっと奏多、声大きいって……」

 慌ててそう言うも、奏多は聞く耳を持たず目の前の見慣れない制服姿の光里と言い合いっていた。

 とりあえず、このままだとお店の人にも他のお客さんにも迷惑だと思って、光里に「適当で良いからなにか持って来て」とだけ伝えて一旦その場をやり過ごした。

 光里も奏多もだいぶ動揺していたけど、多分一番驚いたのは僕だと思う。

 偶然入ったお店で、しかも前から気になっていたお店で自分の好きな人がバイトしてるって、どんな人でもビックリすると思う。

「あいつこの店でバイトしてんのかよ。似合わね〜」

「ちょっと奏多。もう少しボリューム落として……」

「はぁ。でもよ、本人がいるならこの店で対策立てるのは無理だな」

「まぁそうだけどさ。じゃあどうする? 適当に持ってきてって言っちゃったけど、それ来たら帰る?」

 少し考え込んだ奏多は、数年ぶりに見る良いことを思いついた! みたいな顔をした。

 こういう時、大抵は悪いことかろくでも無いことだ。それはこの長い付き合いで痛いほどよく分かっている。

 少なくとも、僕か光里にとって悪いことなのは確かだ。

「光里の働く姿見ていかねぇか? どうせこの後なんもないだろ?」

 ほら、光里にとっては迷惑でしかないことを言い出した。

 僕個人としては興味があるけど、光里がどう思うかは火を見るよりも明らかで、絶対に嫌がる。

 奏多はそんなことは気にしないで残りそうだけど。

「確かにこの後用事とかはなにもないけど、光里はそれ嫌がりそうじゃない?」

「かもな。でもさ、気になるだろ?」

「あのねぇ……」

「否定しないってことはお前も気になるんだろ? 良いじゃねぇか。なんか話してるフリしてたら分かんねぇって」

 僕はなんとなく気乗りしなかったけど、僕だけ帰ったら奏多がなにか問題を起こしそうな気がする。

 たとえば、明日には光里と奏多の仲がすごく悪化してるとか、最悪奏多のせいでここのバイトを辞めるとか言い出しそうで怖い。

 僕が居てもそうなる可能性はあるけれど、帰って奏多に任せるよりはマシだと思う。

「分かったよ。でも、光里と喋るのは良いけど、周りの邪魔にならない程度に声のボリュームは抑えてね」

「分かってるって。お! 来たぞ」

 奏多が指差した方を見ると、光里がお盆の上になにかを乗せてこっちに歩いて来ていた。

 すごく不機嫌そうなのは、さっきのことがあったからしょうがないと思うけど、もう少し隠そうよ……。

「お待たせしました。ハルにはコーヒー、奏多にはハチミツたっぷりのパンケーキね」

「ありがとう」

「なっ……! 光里お前! 俺がハチミツ嫌いなの知っててやってんのか!?」

「あ、呼ばれたから行くね〜。じゃあねハル〜」

「はぁ!? あいつ逃げやがったぞ! ふざけやがって…」

 光里は、僕には妙に可愛いカップに注がれたコーヒーを持って来てくれた。

 僕が砂糖もミルクも必要無いと知ってるからか、その類は付いてなかった。

 だけど奏多には、この店の看板メニューであり、一番値段が高いイチゴのパンケーキを持って来た。

 しかも、写真よりパンケーキにかけられているハチミツの量が多い気がするのは絶対に気のせいじゃない。

 奏多はハチミツが嫌いだし、そのことを僕と同じで長い付き合いの光里が知らないわけがない。絶対にわざとだ。

「まぁまぁ。最初光里が来た時に色々言ったからでしょ? 自業自得だよ」

「なぁ悠人……。これ食べないか? お題はお前持ちで」

「奏多が払ってくれるなら食べるけど、僕が払うなら食べないよ?」

 笑顔でそう言うと、なんとなくそう言われる気がしていたのか、「残すのは勿体無いから食べてくれ」と言ってきた。もちろんお金は払うからと。

 だけど、「ハチミツがかかってない部分は分けてくんね?」と言ってきた。いや別に良いけど、それならハチミツ我慢して食べれば良いのに。

「はぁ。だいたいこれいくらだよ!」

「確か、1200円とかだったかな? さっきチラッと見ただけだけど」

「まじでふざけんなって.......。は!? 1400だ!? あいつまじで許さん……」

 手を震わせながら怒っている奏多は久しぶりに見た気がして、なんだか可笑しかった。

 しかも、こうなった原因を作ったのは他でもない奏多なんだ。余計に可笑しい。

「おい。笑ってんじゃねぇよ。あいつまじで許せねぇんだけど!」

「そうは言ってもさ、原因を作ったのは奏多じゃん」

「だから笑ってんじゃねぇって! なんかまた来たぞあいつ…」

 そう言いながら、不機嫌そうに再びお盆になにかを乗せてこっちに歩いて来ている光里を睨んでいる奏多を見て、また笑いがこみ上げてきた。

「はい。どうせあんたのことだから私のシフトが終わるまで残ってるんでしょ? あと1時間くらいで終わるからこれ食べて大人しく待ってて」

「さすがだね〜。見透かされてるじゃん奏多」

「お前どっちの味方だよ!」

 さすが光里だ。奏多の考えてることくらい全部分かってるみたいだった。

 それを見て、僕はさらに笑ってしまった。完全に奏多が知恵比べで負けてるみたいで面白い。

 しかも、奏多の大好物のカレーを渡して大人しく待ってろって言うのも、奏多の扱い方を分かっている証拠だ。

 現に、さっきまで不機嫌だった奏多が目の前に差し出された美味しそうなカレーを見て、一気に機嫌が直ったからだ。

 でも、このお店にはこんな物も置いてあるんだ。カレーまであるカフェは珍しい気もするけど。

「それでさ! ハルも残ってるの?」

「うん。僕も一応残ってるつもりだよ。バイト頑張ってね」

「ありがと! 本当奏多とは大違い!」

「うっせ……」

 笑顔で去っていった光里を見て、普段と違うカフェの制服が新鮮で、少し見惚れてしまった。

 奏多はハチミツのかかっていない部分のパンケーキすら僕に返して、運ばれてきたカレーを美味しそうに食べていた。

 これ、1000円近くするけど……今は黙って置いた方が良いかもしれない。

 あんなに笑っていたけど、安い方のカレーじゃなくてわざわざ高い方のカレーを出してきたってことは、まだ怒っているらしい。

 メニュー表を確認しながら怖い事実に気がついた僕は、絶対光里は怒らせないようにしようと心に誓った。

 奏多がこの事実に気が付いたのは、光里のシフトが終わってお会計をしようとレジに打ち込まれた値段を見た時だった。

 僕が払うのはコーヒー分の300円とちょっとだけど、奏多は1人で2000円ちょっとを払うことになった。

「あいつ、今度絶対やり返してやる……」

 カフェから出る時、奏多が小さくそう言ったのを僕は聞き逃さなかった。

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