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彼女は歯に海苔をつけていた


彼女はいつも死に憧れていた。


なのに、自殺を選ぶことはしなかった。


死に憧れているくせに、死が怖いのだ。



「だって、怖いじゃない」


「あっそう」


「死に憧れるって言ってもあれよ?厨二的な感じなの」


「うわぁ、それ将来黒歴史になるやつ」



昼休みの教室。

購買で買ったパンをかじりながら隣でキメ顔する彼女をあわれみを大量に含んだ目で見る。


キメ顔をしているけれど、彼女の歯にはおにぎりの海苔がついている。

俺が教えるか教えないか悩んでいる間も彼女は話を続ける。



「死ぬってある種の昇華って言うの?存在を美化するって言うか。生前の彼はとてもいい人でーみたいな?」


「俺のじいちゃん死んだあとに昔やった悪さとかばあちゃんに言いふらされてたよ。実は3股してたとか」


「えぐい…!!いや、でも、私は3股とかしてないし!!」



彼女は歯に海苔を付けながらよくわからない弁解する。


故人の死を昇華するかしないかは残った人たちの自由なわけで、俺のじいちゃんみたいに死んだあとに好き勝手黒歴史を言いふらされる場合もある。


「でも、死は尊いの!」


「死ぬ気もないくせに説得力の欠片もないことを」


「じゃあ、私が死んだら説得力でるの!?」


「多分?きっと?恐らく?多少は?」


「あやふやすぎる!」


彼女は机に突っ伏してうわああっと叫びながら手をバタバタと振っている。

右手に持たれているいくらのおにぎりがかわいそうだ。


「死ぬのは怖い。けど、死んだらきっと私は本当の私と違っていい子になれるし、かわいくもなれる可能性がある」


「ないな」


「そんなことないし」



言い切る彼女の目は真剣だ。

歯に付いた海苔は今だ取れてない。


「人間の記憶ってさ、結構適当でざっぱなんだよ。いい加減であてにならないの」


「まぁ、たしかに?」


「だって、たった2年しか経ってないのに、私お兄ちゃんのこと思い出せないの」



右手に持たれているいくらのおにぎりが少し潰れたのが見えた。

いくらが一粒床に転がった。


彼女の兄が自殺したのが2年前だ。

あの時はしばらく学校にも来なくて二度と来ないんじゃないかとすら思った。


見舞いに行った時に見た彼女の痩せこけた顔と乾いた目はなかなか忘れられない。


彼女と兄が仲良かったのは知っていたから余計に忘れられない。

何故、彼女の兄が死を選んだのかはいまだにわからない。


「お兄ちゃんと喧嘩したはずだし、お兄ちゃんに嫌なところだってあったはずなの。なのにさ、今はお兄ちゃんのかっこよかったところとか優しかったところしか思い出せないの」


「……」


「私は勝手にお兄ちゃんを美化してる。もういないから。好き勝手に変えてるんだと思う」



彼女の目があのときの様に乾いていく。

ぱさぱさ。

カラカラ。

ザラザラ。

砂のようだ。


「お母さんがさ、お兄ちゃんはいい子だったのにって。毎日言うの。今でも言うの。私はお兄ちゃんより劣ってるって」


彼女がお母さんと折り合いが悪いのは知っている。

彼女の兄が死んだときから。

それまでは、普通の仲の良い親子だった。


「私もさ、死んだらお母さんにあの子はいい子だった。とか言ってもらえるのかな」


「お前は生きてる今でもいい子だよ」


「…どこが?」


「歯に海苔つけて俺の腹筋試してるところとか」


「いや、待って…いつから!?」


「一口食ってからずっと」


彼女はいやあああっと叫んだあとお茶をがぶ飲みして、口の中をゆすぎ始めた。

彼女の目は潤っていた。



「気づいた時点で言ってよ!!恥ずかしいな!!」


「いや、なんか話すことに夢中だったからあとでも良いかと思って」


「ふざけんなくそ野郎!」


彼女は真っ赤な顔でこっちを睨んでくる。

よほど恥ずかしかったのか口許は隠したまま。


「俺さ、お前が死んだら歯に海苔つけてた女として記憶しておくよ」


「そこは絶対に忘れろ!!」


「お前が死んだあとどう思うとも俺の勝手ですぅ」


「お前が先に死ね!!!」


―――――――――



「なんか、思い出した」


「何を?」


「学生のときのこと。死を美化する云々のやつだよ」


「何十年前の話よ」


リンゴの皮を剥いていた彼女の手が止まる。

時間が経ってしわくちゃになった手にはいくらのおにぎりは持たれてない。


「俺のが先に死にそうだけど、どう美化してくれるんだ?」


寄る年波には勝てず、俺は病院に居た。学生の頃は健康そのものだった体もガタガタのボロボロ。先が長くないのが自分でもわかる。


「誰があんたなんか美化するもんか」


「酷い。じゃあ、どう記憶するんだ?」


「私の歯に海苔がついていても教えてくれなかった意地悪くそ野郎って覚えておく」


「優しさだろ」


「どこがよ」


呆れたような顔をしながら剥き終わったリンゴを俺の口に運んできた。シャリシャリ小気味のいい食感を楽しむ。少しずつ味が薄くなっていくのはきっと咀嚼によるものではないのだろう。

意識もゆっくり薄れてきて、酷く眠い。


「寝るの?リンゴ食べるのに体力でも使った?」


「うん。そんな感じかな」


目を開けているのがしんどくなってきて彼女の姿を見ることもできなくなっていく。

彼女の声は穏やかで、けれども少し寂しそうで…。


「おやすみ。優しいクソ野郎」


歯に海苔を付けた彼女の笑顔を脳裏に描きながら俺はゆっくり眠りについた。

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