物語の「モブキャラ」に突然身に付いた思考能力は何を意味する……?
物語には必ず主人公がいて、その裏には必ずモブもいる。
主人公によって瞬殺される雑魚敵、余白を埋めるために描かれるクラスメイト、町ですれ違うだけの人々、言い始めたらきりがない。
そんな大した役割も与えられていない存在であるモブの俺に、突然思考能力が芽生えたら世界はどんな風に見えるのだろう?
これはモブである俺がひたすら考えて悩む物語。
※決して、主人公が思考能力を武器に戦ったり、主人公の座を奪ったりはしません。
ただ、物語の後半に出てくる指示に従って再び本編を読み直すと……?
漫画には必ず主人公という存在がいる。
更にヒロインや友達、ライバルや敵などが主人公と複雑に絡み合ってその物語は形成されている。
しかしその中では、登場頻度や主要キャラクターとの絡みといった、個々に与えられた役目で出演回数は大幅に変わるものだ。
例えば出てきて一瞬で倒される雑魚敵、余白を埋めるために描かれる名前も顔もないクラスメイト、すれ違うだけの町の人々、言い始めればきりがない。
同じことを舞台で考えてみたらどうだろうか?
舞台は誰かの作った物語を実際に生きている人が演じるものだから、出番の多さはある種の優越感を生み出し、反対に出番の少なさは劣等感を抱かせる。
それに対し漫画は、作者の頭の中で生み出されたキャラクターが彼/彼女の采配によって動かされるものであり、そのキャラクターには実際に生きている人達とは違って個性はあっても思考能力はない。
つまるところ、出番の多い少ないなんて当の本人達は考えない――いや、正確には考える能力が無い。
結局キャラクターの考えというのはどこまでいっても作者の考え、もしくは作者がその人物になりきった考えでしかないのだ。
見方によっては、作者が自分自身を何等分にもしてそれぞれに違う特徴を設定したうえで、個々に演じ分けているとも言えそうだ。
では、ここで本題に移ろう。
先ほど俺が言った『大した役割も与えられなかったモブキャラ』という役割の存在。
その存在に、自分の立ち位置や役目を理解しながら客観的に世界を見る、そんな思考能力が身に付いたら?
それは一体どんなものなんだろう?
もしかしたらここまで読んだ段階でオチが想像できてしまったかもしれないが、とりあえず飽きていなければこの思考に付き合ってくれ。
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さて、まずは自己紹介をしよう。ここまで語っている俺は、そう「モブキャラ」だ。
どうしてただのモブである俺にこんな自由な思考ができるのか。
それこそが先ほどまでの題材であり現在俺が悩んでいる、モブに思考能力が身に付いてしまった場合どんなものなのか?である。
モブでしかない俺に何故か身に付いてしまったのだ、この思考能力が。
最初は喜んだよ。
ここにきて実はモブが真の主人公なのか?新しい設定が与えられたのか?ってな。
それが思い違いであることはすぐにわかった。
ただ考えるだけの能力ならまだよかったのだが、どうやら俺は現状の把握もできてしまうらしい。
ここが漫画の世界であるだけでなく、何も物語の軸は変わっていないことさえも把握できてしまったのだ。
目の端では必ずコマ割りを意識しているし、いまだに体のどのパーツも動かせない。
それこそが俺はまだモブのままであるといういい証拠だ。
だったらどうして俺なんかに身に付いてしまったんだよと思うが、今そんなことを考えていても仕方がない。
何か出来ることはないか?
どうせ漫画のコマに制御される程度の存在だ。
大した役割も与えられていない俺ならば、しばらく思考に耽っていても何の問題もないだろう……
……それからしばらく悩んだが、結局答えは出なかった。
本当にこの力に何の意味があるのだろう?
始めは自由に考えることさえできない他のキャラクターがかわいそうだとも思ったさ。
けれど、ここは俺だけが思考している世界。
もしかしたら俺と同じことができる奴が他にもいるのかもしれないが、セリフが与えられてないから他の奴らに共有することも出来ない。
俺にできるのは、答えの出ない謎についてひたすら考えることだけなのだ。
そんな俺の横では主人公やヒロイン、その友人たちが生き生きと動いているというのに。
彼らと俺の何が違うんだ? どうして俺はそちら側ではないんだ?
もちろんその答えは見つからない。
ここは漫画の世界で、基本的にコマによって俺の行動は縛られているんだ。
とはいえ、仮に自分が動けたとしても大して現状は変わらないだろう。
主人公の活躍の裏で同時期に他のキャラクターが起こした出来事は、基本的に事後描写である場合が多い。
でも俺達みたいなモブはその事後描写ですら扱われないことがほとんどなのだ。
そもそも、モブは注目されない存在であるし、その上注目される機会すらなかなか与えられない。
だからこそ、稀にそんな機会が与えられても動く勇気も持ち合わせていない。
こんなネガティブな思考の循環に陥ってもため息さえつけない。
こんなことなら思考能力なんて俺には必要なかったんだ。
いきなり目覚めた能力だから、勝手に消えると思ってた。
なのにいつまで経っても消えてくれない……
……あれ?
ちょっと待ってくれ。何かがおかしい。
そう、まるで当たり前が当たり前ではないような、常識の改変に俺だけが気付いているのに何が違うかは指摘できないような、とにかく何か大事なことを見落としている……?
どうせ考える時間はあるんだ。
一度最初から振り返ってみるか。
『俺は「モブキャラ」。何も与えらえていない存在。突然思考能力が身に付いた』
振り返ってみるとたったこれだけのこと。
なのになんだろう……この違和感は。
何か思い違いをしている気がする。
もう少し細かく掘り下げてみよう。
『思考能力は普通、物語のキャラクターには身に付かないはずなのに何故か俺には身に付いた』
どうしてだろう?
謎ではあるけど、これについては偶然の産物で片づけてしまうこともできるから、何か別の視点でも考えてみよう。
『モブとは、いわゆる主要なキャラクターではないため出演の機会が少ないキャラクターの事。
基本的に大した役割も与えられないことが多く、そういうキャラクターはなかなか記憶に残らない』
ここにも特におかしな点はない。
モブに限定していては駄目なのか?
じゃあ、そもそもキャラクターについて俺は冒頭でなんと言っていた?
『キャラクターの考えというのはどこまでいっても作者の考え、もしくは作者がその人物になりきった考えでしかないのだ。
見方によっては、作者が自分自身を何等分にもしてそれぞれに違う特徴を設定して演じけているとも言えそうだ』
そうだ。そもそもの前提としてキャラクターはあくまでも作者によって生み出された存在。
それは俺のようなモブだって決して例外ではない……
……ということは今までの考え方が間違っていた?
『何の役割もないモブに突然思考能力が身についた』
ではなく、
『この物語の作者によって意図的に、「モブキャラ」である俺に思考能力という名の作者の思考を与えられた』
ということなのか?
そう考えれば一応辻褄は合う。
でも何のために?
いや、こう考えることすらも含めて全てが作者によって制御されているんだ。
何を考え、何に悩み、どのように解決に導かれるのかを。
これがモブではないキャラクターの立場ってやつなのか?
もはや今となってはわからない。
自分の思考だと思っていたが、実際は作者によって筋書き通りに進められていただけかもしれないのだ。
そして俺は気づく――というより気づかされる。
これまでずっと、俺は漫画のコマの端に見えるか見えないか程度の存在。
そのように現状を認識させられていた。
だったら、この突然身に付いた思考能力もどきはなんだ?
様々な考えが、浮かんでは消えてを繰り返して垂れ流すだけ?
わざわざそんな無駄なことを作者は行わせないだろう。
そんな風に一人で問いかけをさせられているうちに、突然視点の転換を思いついた俺。
恐らく作者によって、自分を外側から見るという役割に更なる役割を与えられただけなのだろうけど。
とにかく今までは自分も含めて世界を俯瞰して見ていたから、ずっと漫画のコマ割りだけを意識させられていた。
でも自分の内側を見るという役割を追加されたことで気が付かされたんだ。
漫画のコマ割りの中では意識すらされないモブの俺を、物語の中心人物として表現する方法はあると。
それに気づかされた俺は続けて次の答えに導かれた。
この物語のタイトル『物語の「モブキャラ」に突然身に付いた思考能力は何を意味する……?』
この時点ではまだ、物語の表現方法までは指定されていなかった。
しかし書き始めが『漫画には必ず主人公という存在がいる』
その言葉で、この物語は漫画でありコマによって俺の行動は縛られていると思い込むように仕向けられていた?
このバイアスが取り除かれた今、改めて俺は現状を認識させられる。
もしかしたら俺は、外側である漫画ではコマ割りに縛られたモブという役割だったかもしれない。
けれど今初めて認識させられた。この内側の世界がどのようになっているか。
内側では俺を縛るコマなんてものは無くて、その代わり「モブキャラ」という名称とこの物語を進行する役割が与えられていた。
セリフは無かったけど思考は許されていた。
この物語はずっと、俺――「モブキャラ」という存在だけをピックアップしていたんだ。
ある場所から見れば何も注目されていないモブの俺が、別の場所から見れば「モブキャラ」という名で、確実にこの物語の主人公だった。
コマに縛られて自由に動けなかったモブでしかない俺でも、俺に焦点を当てた俺だけの人生においては紛れもなく主人公なんだ。
そう、これは俺の物語だ――
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「なかなかに難しかったなぁ」
あえて主人公のような目立つキャラでも、主人公に絡むようなポジションのキャラでもなく、ほぼ全ての人の記憶に残らないようなキャラクターを題材にしてみた。
というより、自分は決して目立たない存在だと一時期悩んでいた僕が、何とか自己を確立した経験を題材にしたと言うべきかな。
(以前の僕も主人公のような存在にあこがれたけど、途中で自分らしくでも評価してもらえるような努力に切り替えたら多少楽になれたからね)
もちろん経験の全てをそのまま書いたのではなく、物語らしくなるように所々手は加えているけどね。
しかも、モブキャラという単語をそのまま名前として扱うのも難しかった。
何も考えずに書き始めたこの物語は、いざ手を付け始めたら思っていた数倍は大変だったよ。
「……思い付きでこんな話を書いては見たけど、これで実は自分自身も何らかの力で制御されてるとかだったら怖いよな……」
「ん? どうかしたの?」
丁度物話を一つ書き終えたタイミングでコーヒーを持ってきてくれた彼女に、さっきの呟きが聞こえてしまったようだ。
「何でもないよ。それより、丁度一つ物話が書き終わったんだ。試しに読んでみるかい?」
「いいの?」
「もちろん」
そう答えた僕は、彼女に出来上がったばかりの原稿を手渡す。
しばらくして読み終わったのであろう。ゆっくりと顔を上げたが、どこか難しい顔をしている彼女に問いかけてみた。
「どうだった? お話の意味は理解できたかい?」
「なんとなく……かな?」
「やっぱりね。でも、それでいいんだよ」
「そうなの?」
「うん。だから次は、自己紹介以降の文で『漫画』という単語を全て『現実』、『コマ』と『コマ割り』の単語を全て『他者からの視線』と置き換えてもう一度読んでみてほしいんだ」
「わかった」
最初より短い時間で読み終えた彼女の顔は、先程よりもスッキリとしていた。
「二回目は、まるで自分の経験を思い返しているみたいだったよ。
特に他者の視線を気にして思うように動けないところとかね」
「他人を意識するあまり、何もできないなんてよくある悩みの一つだからね。
自己を確立するための過程の一つの例と共に、他者の存在に縛られず動き出すことの大切さもこの話に込めてみたんだ」
「でも一つだけわからなかった部分があって、二回目の読み方における作者って結局何だったの?
この物語を漫画じゃなくて自分の人生=現実と捉えるなら、作者なんていないよね?」
「そうだね。だからこそ作者と表現したんだ」
「???」
「人間は様々な出来事を経験し、そこから未来について予測する生き物だ。
それならば、自分の行動、思考、判断というのは自分によって作られ、それによって制御されているのではないか?
つまり、自分の人生の筋書きを決めている作者は自分自身だ、とも考えられるだろう?」
「なるほど。自分が何かに迷った時に、突然ひらめいたり別の考えが浮かんだりすると、まるで何者かによって答えが与えられたかのように思ってしまう。
けれど実際は、自分の経験と予測から自分自身で答えを作り出しているに過ぎない。だから作者=自分だと、そう言いたいのね?」
「そういうことだ」
どうだったでしょうか?
初投稿なので、読みにくいところも多々あったと思いますが、お楽しみ頂けていたら作者としては嬉しい限りです。