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俺はあいつと旅に出れない

 深夜2時。

 昼間はだいぶ暖かくなったとはいえ、この時間帯の外はまだ寒い。

 買い換えようと思いつつ3年以上着ているよれよれのコートのポケットに手を入れ、仕事帰りのおっさんはいつもの路地裏を歩いていた。


(冷蔵庫にビールはあったかな? 一応コンビニにで2本くらい買って帰るか……)


 おっさんの唯一の楽しみである晩酌。酒が無ければ寝るしかないのだ。


 ツマミは何にしようかと考えていると、ふと、いつもは誰もいないはずの路地裏に、誰かが座り込んでいるのに気付く。


(何だ? こんな時間に…… 危ない人かもしれない、さっさと通り過ぎよう)


 おっさんがさっさと通り過ぎようと、足を速めたその時。

 そいつは小走りで近寄って来た。


「イヤー、オ兄サン、チョット待ッテ! 運ガイイノヨ! イイノアルノヨ、見テイッテ!」


 胡散臭い口調と早口でまくしたてるそいつは、ヒョロっとした身体に茶色いスーツを着た男だった。

 少々開けた額と生え頭を見るに、おっさんとそう年は変わるまい。


 おっさんはそいつのいた場所に視線を向け、よくよく見る。

 そこには地面に敷いた布と、その上に並べられたよくわからないガラクタの数々……。

 どうやら露店商のようだ。


(こんな時間と場所で?)


 おっさんがそう怪しんだところで、男はまた喋りだした。


「コレ、コレ。イイノ仕入レタノヨ」


 そうして、男が取り出したのはーー


「こ、これは……」


 ーーおっさんが小学生の頃に流行った携帯ゲームだった。



 ◇



「買ってしまった……」


 アパートの部屋に戻ったおっさんは、早速ゲームを開封していた。


「懐かしいな…この携帯ゲーム。当時は、だいぶやりこんだよなぁ……」


 このゲームは卵から育て行き、育て方によって様々な形態にモンスターが進化するシステムで人気を博したのだ。


「まずは卵選びからだな」


 ピッピッとボタンを押して、画面をスライドして選ぶ。

 すると、見覚えのない黒い卵が目に止まる。


「黒い卵? ……卵は、赤・白・黄・緑・青の5種類だったハズだけど…… やっぱり改造品だったのか?」


 怪しい男が安値で売ってきたから『ひょっとすると正規品じゃないかも』と思っていたが、懐かしさについつい財布の紐が緩んでしまったのだ。


「……まあ、買ってしまったものは仕方ない。折角だから俺はこの黒の卵を選ぶぜ」


 ーーカッ


 決定ボタンを押した瞬間、画面から強烈なフラッシュが!

 おっさんは驚きで口を開けたまま、その光景をじっと見つめた。


 なにせ、携帯ゲームのフラッシュ効果に合わせて画面から卵が真上に飛び出して来たのだから。

 手に持った携帯ゲームの画面には『ドウゾ好キナヨウニ育成シテクダサイ』と表示されていた。

 おっさんは足元にトスンと落ちた卵に恐る恐る手を伸ばす。


「よくわからんが、つまり、ゲームのように育成すればいいのか」


 警察に連絡ーーと考えなかったわけではないが、この不思議現象を逃すのは惜しいと思ってしまったのだ。


「まかせろ、俺はこのゲームのプロだぜ。 スタート直後、孵化するまでの数秒、撫でた回数で進化先が変わったハズだ」


 おっさんは記憶通りに卵をナデナデする。


「この黒い卵が何になるのか全くわからんが、俺が最強のモンスターに進化させてやるぞ!!」


 パキッ


 撫でる事数秒、卵の表面にヒビが入り、中からモンスターが出てきた。


「……クルァアアア!!」


「うおお、う、産まれた!!」


 パッと聞くと叱られたような気分になる鳴き声だったけど、そのモンスターは黒い色をした小さいドラゴンだった。

 ドラゴンは良い。夢もあるし、格好良いし、最強だ。


 ゲーム画面は『名前ヲ付ケテ下サイ』と表示が変わっていた。……やはりこの辺の進行手順は同じのようだとおっさんは確信する。


「名前ね、俺は直感でいつも付ける。クロ丸だ」


「……クゥ……」


(おや。少々微妙っぽい顔をしているな? だがこれは決定だ)


 ゲーム画面を見ると、選択される項目が『遊ぶ』『食事』『睡眠』『トイレ』『情報』となっていた。

 やはりここからは自分で行動を決定するらしい。


「まあ、まずは情報だな」


 ピッとカーソルを『情報』に合わせて決定する。


 ・名前【クロ丸】

 ・種族【アビスドラゴン】

 ・世代【幼年期】

 ・好物【暗黒物質、肉、魚】


(ふぅむ……そういえば晩酌がまだだった)


 おっさんは好物の箇所を見たら急に腹が減って来たので、クロ丸と一緒に食事をする事にした。


「よし、クロ丸 ご飯にするか!」


「クルァア!!」


 そうしておっさんはモンスターとご飯を食べつつ、今後の育成方針を考えるのであった。



 ◇



 ーー1ヶ月後



「いやあ、クロ丸、お前も大きくなったなあ……」


「グラアァァ!!」


 あれからクロ丸は数回進化を遂げ、おそらく最終進化になった。

 体長も優に3メートルを越え、とても部屋では暮らせないため、今はマンションの屋上を黙って使わせてもらっている。

 クロ丸の姿は俺以外には見えないとわかったから出来る事だ。


 ピピッピ……


 その時、ゲームから音がした。

 画面を視ると『モンスターバトル開催』と、あったーーー


「バトル……やっぱあるのか……

 ということは、俺以外にもこのゲームやってる奴がいるんだな」


 バトルといえばこのゲームの育成における結果が分かるコンテンツだ。

 モンスターテイマーたるプレイヤーが育てたモンスター同士を戦わせて、その結果で次世代のモンスターの能力がどんどん鍛えられて行く。


 周りにやっている人間がいないと、自分でもう1つ買う必要があるやつだ。


 もちろんゲーム内データのNPCと戦う事も出来るが、NPCと戦っても鍛えられる能力値は低い。


「よし、クロ丸 お前の力を見せてやる」


 おっさんは、バトルのサーチ開始を選択した。

 すると、初めて卵が出てきた時と同じように画面が光り……




 おっさんの目の前には5人の少年少女が出現していた。




「さあ、みんな最終決戦だ!!」


「チッ、てめえにばっか見せ場はやんねえ!!」


「これでやっと終わるのね……」


「ボクの見立てでは100%勝利は揺るがないでしょう」


「うーん、そんな事よりお腹空いたんだな、モグモグ」




(………なんだ、この色の濃い子供たちは…… いや、待て。子供たち……?)


 一人しか現れないと思っていた対戦相手が5人で戸惑ったのも一瞬。

 おっさんは子供たちの会話内容から嫌な予感を肌で感じた。


「行くぞッ、カイザァァー!スラッシュ!!」


 真ん中に立つ少年はバトルスタートの合図も何もないのに攻撃を繰り出してきた!!


(スラッシュ…… あれは、聖騎士型ドラゴン、エクスカイザーか……)


 おっさんはクロ丸を守るため指示を出す。


「クロ丸! スラッシュはハンマーで潰せ!!」


「 グルァアア!!《タイタンハンマー》」


 クロ丸はエクスカイザーのカイザースラッシュを上からタイタンハンマーで叩き伏せた!


 「やるな!!だが僕たちの勇気と正義と愛と知識!! あと、食欲は負けない!!」


(少年は元気いっぱいだな……。 でも俺は、このゲームが、この子供たちの為で、おっさんはただ敵を作らせれただけなんじゃないかって……)


 おっさんは大体察してしまった。おそらく自分はラスボスを作るために選ばれただけだと。

 そして、この子供達に負ける為だけの………


(いや、許せないな)


 おっさんの心に火が灯る。


 それは、自分を利用しようとした謎のゲームに対する怒りでなく……


 「クロ丸を、失ってたまるものか」


 おっさんのわずか1ヶ月だけど、ただ毎日仕事に行って帰って寝るだけの何も無い日々を変えてくれた


 このクロ丸を敗北者として終わらせる事だけはーーー!


 「勝って、次に進むぞ! クロ丸!!」


 「グルァアアアア!!」


 おっさんの熱はクロ丸にも伝わり……新たな進化を可能とした!


 「なん……だと……」


 「うそ、もう進化は最終なんじゃ……」


 「チッ、だませれたのか俺達は!?」


 「ボクの見立てでは勝てませんね…… オウフ、ゲームオーバーとかワロス」


 「そんなことよりコンビニでチキン買って来るんだな」



 ・名前【クロ丸】

 ・種族【メギド=ウンブラ】

 ・世代【破壊者】

 ・好物【星】



 「さあ、クロ丸、お前の持つ最高の技を出してやれ!!」


 「グルァアアアアッ!!《終末の日(メギドインフィニティ)》」


 クロ丸の胴体がガバッと割れ、そこから発射された高出力の熱が5人の持つモンスターを焼き払った!


 「うわあああ、カ、カイザー!!」


(可哀想だが、仕方ない。俺にはクロ丸の方が大事だからな)


 ピロピロピ


 聞き覚えのない音がゲームからした。

 おっさんが画面を見ると……


『感謝』


 それだけ表示されていて、ハッと、おっさんは急いでクロ丸の方を振り向く


 クロ丸は身体の下から光の粒子となって消えていくところだった。


 「そんな……!? クロ丸……!!」


 「グラァ……」


 最後のひと鳴き、止める手立ても思い付かぬうちに、クロ丸はその姿を消滅させた。


 「クロ丸…… やはりゲーム通りに、最後は消えて卵からになるのか……?」


 おっさんはゲームの画面を見ると、がっくりと肩を落とす

 画面は『感謝』のまま変わらず、どのボタンを押しても、何も反応しなくなっていた。


 「フゥーーーーーー……」


 座り込んだおっさんは大きく息を吐く。

 少年達は……いつの間にか、いなくなっていた。

 だが、そんな事よりも今は何も考えたくない……

 この喪失感は嫌だった。



 コツ。コツ。



 静まり返った屋上に唐突に聞こえた足音は、おっさんの目の前で止まる。


 「……」


 おっさんはその足音が誰なのか、何となくわかっていた。

 なぜならこんな非現実的な事があったのだ。その原因となった人物は、また接触して来るのではないか?

 という予想もあった。


 「お兄さん、あなたは予想以上だった」


 初対面の時とは売って変わってまともな口調。

 だが、顔を上げたおっさんが見たのはあの時と同じ男であった。


 「さて、実はわたくし、いいものを仕入れてね」

 「買う」


 迷わずおっさんはそう答えた。


 「おや、いいのですか? 今度のは…… 地球に帰ってこれない仕様かもしれませんよ」


 「異世界ね…… そうだろうな、あの時の子供のうち、女の子は耳がとがっていて明らかに地球人じゃなかったからな」


 おっさんは気づいていた。あの時の子供達の何人かは、きっと色んな世界から集められたんだと。


 「では、あなたの育てた『メギド=ウンブラ』が魔王として君臨する新世界への招待券として、こちらのゲームを販売させて頂きます」


(魔王になってるのか……)


 おっさんは男からゲームを受けとる。

 少し操作して…… 黒い卵が無い事を確認する。


 「今回のバトルではあなたが負けて、子供達はハッピーエンドというシナリオだったのですが……

 思いの外、あなたの思い入れが強かったために分岐ルートに行きました」


 「クロ丸は生きてるんだな?」


 「ええ、そういうシナリオですので……」


 「酷いシナリオだ」


 「ごもっとも。わたくしが考えたわけじゃありませんのであしからず。

 ……では、早速冒険の舞台となる異世界へと旅立ってもらいましょう」


 おっさんはゲームを見やる。


(卵は……白色にしようか。でも、本当はクロ丸と一緒に冒険したかったな)


 ーーそうして、おっさんは異世界へと行くのであった。




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