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第6幕 今日も空から夢が降ってくる(2)

 動きが止まった。

 二人とも。

 女性の発言を理解するために、凡ての身体活動を脳細胞の活性化に集約したかの如く。

 ……墓荒らしだった?

 月島先生が?


「そりゃもう凄い暴れようだったのよ。のべつまくなし壊しまくり。歴代墓荒らしの中でもトップクラスの荒くれ者で。それがどういう風の吹き回しか、この学校に転入してきて、今度は独力で駆逐士会を墓守部に改編しちゃったんだから。世の中判らないものね」


 顧問のちゃらんぽらんな性格は良く知っていたけれど、そんな話は完全に初耳だった。

 過去の先生のほうが、よっぽど解体のエキスパートじゃないか。

 いや、そんなことより、かつては墓守部の前身に仇なす墓荒らしだったなんて……。

 寝耳に氷水でもぶっかけられたようなショックだった。

 枢子の脳裏に浮かぶ、白と黒。

 濡れた刀を手にした、白黒の仮面。

 あの仮面が……まさか。

 いや、あれは先生じゃない。

 先生はあのとき、後ろから来ていたのだ。

 でも、そうすると、この女性の言っていることは一体……?


「月島先生が、墓荒らし……?」


 不審げに二人を見る女性の存在など忘れたかのように、茅逸は上擦った声で独りごちた。




――――――✂キリトリ線✂――――――




 茅逸から部長へ、部長から総員へという具合に情報は伝えられ、一旦巡回を切り上げて屋上に集うことになった。

 累々と折り重なる墓荒らしたちを一瞬想像した枢子だったが、今日は誰一人倒れていない。

 昨日部長が見せた、驚異的な強さに(おそ)れをなしたのだろう。

 それにしても、重要な情報には相違ないが、わざわざ全員集めるほどのことなのだろうか。

 そんな枢子の漠然とした思いは、集まった中に一人だけ欠員がいることで大いなる不安へと変わった。

 航也がいない。


「十五分ほど前から、桐沢くんの所在を示す腕章が全く動かなくなった。電話にも出てくれない。そこで距離的に最も近かった副部長に向かってもらったところ、現場の床にこれだけ残されていたんだ」


 部長は証拠品の真珠色の球体を見せ、すぐ副部長に渡した。


「桐沢くんはこの時間、単独で動く予定だった。君たちにも行く先は伝えていないようだし、目撃情報もない。墓荒らしとの戦いもあるので大変だとは思うけど、ここはみんなで手分けして捜してほしい」

「あやつのことだ。捕まっているとは考えにくいがの」

「負傷して身を隠してるのかもよ。急ごう、部長」

「月島先生の件は如何いたしましょうか」

「いずれ先生にも確認しなくてはいけないだろうけどね、今はやはり桐沢くんを優先しよう」


 全員が頷く。

 顧問の密通疑惑も一大事だが、ここは部長の言う通りだ。

 連絡手段も置き去りに、航也はどこへ消えてしまったのか。

 いつもなら少し離れた場所にもう一人、沈着な面持ちの男子が黙然と佇んでいるのに。

 捕まっているとは考えにくいけど……汗ばむくらいの気温とは裏腹に、枢子はすっかり血の気が引いていた。


「彼の居場所に心当たりがある者は、是非教えてほしい。あと、直接関係なくても彼に関する点で気づいたことがあれば、些細なことでもなんでもいい、聞かせてくれ」


 枢子の脳裏に、今度は見たことのない円い形をした影が現れた。

 紫色に近い、漠たる影の像。

 昨日この場所で航也が言っていた〈円形の痣〉から勝手に想像した、イマジネーションの産物だ。

 航也はオフレコで、と言っていた。

 駄目だ、話すわけにはいかない。

 いかないけれど、このままじゃ……。

 枢子の決心は早かった。

 もう一刻の猶予もない。

 こんな怪しいこと、やっぱり黙っていられない。

 航也、ゴメン。

 あとで〈カフェ・ド・モルガン〉のメニュー、わたしのお小遣いが許す限り奢ってあげるから。

 今回だけは許して。


「あの……」


 低い声で口を開いた枢子は、大した情報なのか判らないんですけど、と前置きして、謎の痣について航也が知りたがっていたことを打ち明けた。


「オー、それ〈聖痕(スティグマ)〉のことかも」


 エステラの言葉に一同の視線が集中する。


「救世主イエスを幻視した聖職者や民間人の身体に現れる〈傷〉のことネ。磔刑(たっけい)に処せられたキリストと同じく、釘で打たれた両手両足と槍で刺された脇腹の合計五箇所に出現する()()()傷なのネ」

「十二世紀イタリアのカトリック修道士・アッシジの聖フランチェスコの〈聖痕(スティグマ)〉が特に有名でしたわね」

「さすがフクブチョーサン。ほかにも、五つに満たない数の〈聖痕(スティグマ)〉が出た例とか、結構なヴァリエーションがあるのヨ。強烈な自己暗示によるという説が有力だけんども、まだ完全には解明されてません。実にミステリアスね」


 エステラは何かを思い巡らす表情で夕刻の空を見上げた。

 ストロベリー・ブロンドの髪が風に揺れて、燃え立つ炎のようだった。


「プレスター・ジョン伝説の流布、聖ゲオルギウスこと聖ジョージ伝説の発祥、聖フランチェスコの〈聖痕(スティグマ)〉事件、これ全部十二世紀前後に集中しているネ。きっとこの頃に、ヨーロッパ全土で何か霊的事件が起きたのヨ。とてもロマンね」

「本当そうですわね。しかしながら、円形の痣という話は、わたくし少しも存じ上げませんわ」

「わちきもだヨ」腰に提げた長剣(レイピア)の柄を指で弾きつつ、エステラは気後れしたように、「教会王との関連で、そうかなーと思っただけのことヨ。確証はないネ。すまなんだ」

「わたしもすいません」何度も頭を下げる枢子。「お役に立てなかったみたいで」

「いいんだよ、嗣原くん」部長は落ち込む枢子に微笑みかけて、「教えてくれてありがとう。もしかすると、彼はその〈円形の痣〉について何か調べているのかもしれない。僕もここを離れて桐沢くん捜しに加わるよ」


 緊急会議はこれで終了し、部長込みの六人は並んで通用口へと走った。

 と、腕の辺りに何やら妙な感覚を覚え、枢子は視線を落とした。

 肘のところに白い糸が沢山絡まっている。

 白い、糸が。


「……!」


 驚きに叫ぶ間もなく、躰が宙を舞った。

 腰に、足首に、どんどん糸が絡まってくる。

 ぐるぐる糸が巻き付いてくる。


「枢子!」

「枢子ちゃん!」

「スーコ!」


 異変を察し口々に叫ぶ部員らを嘲笑(あざわら)うように、フフフハハハハと、野卑(やひ)な声が屋上の逆側から聞こえてきた。


「蜘蛛野郎!」

「校舎の外壁を登ってきたのか……」

「そうだとも、俺は蜘蛛だからな。壁を(よじ)(のぼ)るなぞ朝飯前よ」


 腹這(はらば)いに屋上の縁から出てきた陸耳(クガミミ)は、消防士のようなヘルメット付きの、厚手の防火服を着込んでいた。

 背中に穿たれた穴からは、気持ち悪い糸が束となってうようよ伸びている。


「おっと手出しは無用だ。さもないと、俺の〈糸また糸……糸・糸・糸〉がこいつをいたぶり尽くすことになるぜ」

「酷いことするネ! あと技の名前もヒドい」

「しつこいねェあんたも。泣きを見る前に枢子ちゃんを放しな!」

「そうはいくかってんだ。おとついはよくもやってくれたなぁ。あそこの噴水に飛び込んだお陰で大して燃えずに済んだが、もし罔象(ミヅハ)様が中庭まで案内してくれなかったら、今頃黒焦げだったろうよ」

「ミヅハ様? 誰のことだい」

「さぁ墓守ども! こいつを返してほしけりゃ、大人しく究極のお宝ってのをこの陸耳(クガミミ)様に寄越しな」

「究極のお宝……なんだそれは」

「とぼけるなッ!」太鳳の問いに声を荒げる陸耳(クガミミ)。「罔象(ミヅハ)様から聞いてんだ。この学校のどっかにそいつが眠ってるってな」

「だからそのミヅハってのは誰なんだい」

「うるせぇ! つべこべ言わずにお宝を渡せ」


 またも宙吊り状態の枢子を挟んで相対する部員たちと陸耳(クガミミ)

 総員洩れなく身構える中、最初に動いたのは意外にも悠揚(ゆうよう)迫らぬ麗人、副部長その人であった。


「究極のお宝などというものは存じません」凛然たる声音できっぱりと言い、副部長はゆっくり眼鏡を外した。「枢子さんをお放しなさい」

「また炎で攻撃か? そうはいくか。なんのための人質と防火服だと思ってんだ」

「枢子さんを放しなさいっ!」

「エステラ、伏せろ!」


 太鳳が慌ててエステラの手を引き、コンクリートの床に膝を屈した。


「な、何が起きるのネ?」


 茅逸と部長は更に速く身を沈めていた。


火迦具土(ホノカグツチ)の反則、〈灰燼(かいじん)と化せ火産霊(ホムスビ)の火柱〉!」


 語尾に連なる大爆音に続き、男の全身を大火炎が包み込んだ。

 紅というより黄金色に近い炎の柱。

 一瞬遅れて放射状に噴出する熱波。


「う……うわわわっ!」


 耐火用の服なので直接燃えることはなかったものの、灼熱の業火に取り囲まれた男に最早為す術などなかった。

 糸の束も呆気なく焼き尽くされ、支えを失った枢子は頭から床に激突するかに見えた。


「茅逸くん、頼むよ」

「ほいきた!」


 が、逸早(いちはや)く先回りしていた茅逸と部長に受け止めてもらい、何事もなく済んだ。

 苦し紛れに新たな糸を出す陸耳(クガミミ)だったが、片っ端から燃え落ちてしまい焼け石に水。

 とどめとばかりに太鳳の右手から鎖分銅が飛んだ。

 鳩尾(みぞおち)に強烈な一撃。


「プギャッ!」


 男は背後の鉄柵を突き破り、落ちてなるものかと必死に両腕を振り回したが、重力には(あらが)えず、校舎の谷間に姿を消した。

 数秒後、中庭の噴水から風流な水音が鳴った。


「ホンット懲りない野郎だねェ、あいつ」

「副部長、ありがとうございます……あの、凄い火でしたね」


 第二形態とでも呼ぶべき猛火を枢子に感心され、静かに眼鏡を掛け直した副部長は初恋に胸躍らせる少女のようにもじもじと頬を赤らめた。


「あらイヤですわ、お恥ずかしい。今のは忘れていただいて結構ですのよ」

「どうやったら忘れられるのだ。無理に決まっとるわ」

「よし、早いとこ桐沢くんを捜しに行こうか」


 陸耳(クガミミ)を追い払った一同は、改めて階下へ降りていった。

 枢子はこの際だからと、殿(しんがり)の部長に向き直り、一つ質問をぶつけてみた。


「部長、ちょっといいですか」

「なんだい、嗣原くん」

「どうして〈お祭り〉の間中、ずっと屋上にいるんです? 部室とかじゃなくて」

「部屋の中だと()()()()()からね。外のほうが好都合なんだ。()()()()()()()()()()


 集めにくい?

 ただ部員に集合を掛けるだけなら、どこでもいい気がするのだが。

 それに空気の流れとは?

 事情が呑み込めず首を傾げる枢子に、部長は黙して笑うのみだった。

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