幕間 〈お祭り〉初日
円い形をした痣について早速尋ねると、彼は眉根を寄せ、知らねーよ、と即答した。
『なんだそりゃあ。蒙古斑か?』
「違う、と思う」
『思うってなんだよ。確定情報じゃねーのかよ。テキトーなことばっかぬかしてると、眼球の周りに青タン作らすぞてめー』
拳を突き出して威嚇のポーズ。
対する枢子は辟易した様子で、
「やめてよ、こっちはクタクタなんだから。そんなこと訊ける雰囲気でもなかったし」
『今スマホで訊けばいいじゃねーか、むっつり屋に』
「……それも考えたけどね」
『おい、なんだこれ』と、彼は机に置いてあった白い腕章と真珠のような小さな球体に興味を移した。『この球はなんなんだ?』
「部長がそれで部員の居場所を把握するのよ。すごいと思わない?」
『あ? こんなのでか? 訳判んねー』
球体をためつすがめつしている彼をよそに、枢子は静かに瞼を下ろした。
――――――✂キリトリ線✂――――――
〈お祭り〉開幕日当日。
朝の全校集会が始まる前に、墓守部員は招集を受け部室に集合した。
そこで副部長自ら、本当は昨日お渡しする予定だったのですが、と、墓守部員であることを示す腕章を一人ずつ手渡された。
白の腕章はシャツに留めるための安全ピンのほか、校章を象る金具の窪みに真珠状の膨らみが嵌まっているのが特徴的だった。
副部長が説明する。
この球体が微弱な振動により内部から発する独特の周波数を、受信機の役割を担う部長所有の一回り大きな水晶球が感知して、持ち主の居場所を特定できるのだという。
それは建物の外壁などの障害物を透過するため、一定の距離内にいればどこからでも感知可能。
現在のテクノロジーで言えばGPSやソーシャル・マッピング・サービスに該当するものだが、何よりこれは完全無料で建物内部まで使えるのがいい。
見回りの基本は、各自の判断に基づいた散策的警邏。
有事の際には全員の位置情報を把握済みの部長が、今度はモバイルを使って適宜指示を与えるという手筈になっていた。
エステラは腕章の球を掲げるように透かし見ながら、これ霊珠? だけんども文字浮かんでないネ、と興味津々のご様子。
集会に引き続いて校内が一般開放されると同時に、部長は定位置である南棟の屋上へ赴き、その他の部員は腕章を着け巡回を始めた。
枢子は予定通り太鳳と共に行動し、近場の教室から見回っていった。
ほかの部員の状況は判らないが、枢子が出くわした一日目最初の墓荒らしは、三番目の教室を見終わらぬうちにやって来た。
周囲の迷惑も顧みず、大声を出して飛びかかる恰幅の良いスキンヘッド男。
しかし、ものの数秒で太鳳の〈柔にして剛なる羂索〉に雁字搦めにされ、呆気なく降参した。
と思ったのも束の間、新たに襲いかかってくる鉄槌の使い手。
太鳳は一撃で短剣を撥ね飛ばし、次の一撃で男を気絶させた。
どうも昨日の土蜘蛛に比べると、かなり個々の実力が劣っているように見受けられた。
質より量なのだ、墓荒らしどものやり口はな……そう言ったそばから流星槌を振り上げた三人目に向け鎖を放つ太鳳。
三人目の背後には、武器を手にしたまた別の刺客が……。
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記録的な速さで昼食を平らげ、午後。
墓荒らしたちの攻撃は相変わらず引きも切らない。
組替えでエステラと一緒になった枢子は、手にした剣を全く使いこなすこともなく、エステラの攻防一体となった華麗な剣捌き――マッハの聖像〈右手に長剣、左手に短剣〉にただただ魅了されていた。
長剣は僅かな隙をも逃さず繰り出され、短剣は敵に付け入る隙を与えない。
「ホントしつこいネ、しつこい男は嫌われるヨ!」
叫びながらもエステラの両の腕は一秒たりとも止まることはなかった。
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廊下、教室内、学校の外……場所を問わず次々と襲い来る墓荒らしたちの規模・頻度は枢子の予想を遥かに上回った。
その間の彼女の役割は、主に相方の着替えを調達するという運び屋的なものだ。
戦闘が激化すると、当然制服の傷みも激しくなっていく。
ジャージ等もっと戦い向きの服はあるはずなのに、墓守部員は〈お祭り〉の間中、男女共に制服の着用が義務づけられており、茅逸に至っては動きやすくするべく自分でスカートの裾を破いてしまうほどだった。
というわけで女子更衣室には昨夕届けられた制服が大量に常備され、墓守部員に限り勝手に着替えてよい決まりになっていたが、いちいち着替えに行くのは面倒なので、枢子が持ち出した制服を受け取り近場のトイレで着替えることになる。
何もしないよりはましだが、実際何もできない枢子にはこれくらいしか出る幕がないのも事実だった。
何より彼女が驚いたのは、戦いと無関係な生徒たち……特に上級生の反応だった。
取り敢えず邪魔にならないよう慣れた様子で退散し、ほとぼりが冷めた頃にひょっこり出てくる。
中には遠巻きに声援を送る強者までいた。
事情を知る者にとっては、また今年も始まったな、さあて逃げるか、といった感じなのだろう。
部員としては荷物運び一つにしても割と命懸けなのだけれど。
――――――✂キリトリ線✂――――――
そんなこんなで夕刻。
部長からの電話に出るのも億劫なほど疲れきった頃、墓荒らしたちの襲撃は収まった。
各クラスの発表を見物できた時間は、合計しても二時間に満たないだろう。
自分のクラスにすらろくろく顔を出せなかった。
ほとんどが戦いの記憶しか残っていない。
ハードな一日だった。
想像以上に。
放課後。
反省会を行うため部員らは全員屋上に集まった。
枢子はそこでの光景に我が眼を疑った。
信じられない数の人々が、打ちっ放しのコンクリートの上に倒れている。
ざっと見ても三十人は下らない。
その傍らで、部長は平然と手にした水筒に口を付けていた。
武器らしき物といえば、腰に立てかけてある竹刀のみ。
彼ら全員を竹刀一本で退治してしまったのか?
なんという強さ。
これが部長の〈反則〉の実力なのだろうか?
一度でいいからこの大集団を薙ぎ倒す様を、生で見てみたかった。
伸びている連中は放置したまま、反省会が始まった。
部員たちが受けた傷も全員掠り傷程度で、明日の見回りに支障を来すことはなさそうだ。
茅逸が窓ガラスや備品を幾つか壊してしまったらしいが、これも学校側が負担してくれるそうなので、墓守部自体に影響はない。
活動内容が尋常でないせいか、変わった優遇措置が取られているのだろう。
また、独り浮かない顔のエステラは、秘密兵器まだ来ないのネ、もう復活祭終わってしまうヨ、と頻りに愚痴っていた。
まあ使わないに越したことはないんじゃない? と茅逸が言うと、ダメダメ、わちきの転校が延びたのも、元はあれの開発が遅れたからなのネ、これで使えなかったら、わちき遅れてきた意味ないヨ、と憤懣やる方ないといった面持ちで言い返した。
反省会が終わり、倒れたきりの墓荒らしたちを残してその場で解散となった。
そんなときのことだった。
ほかの部員たちが次々と階下へ降りていく中、人目を避けるように屋上の隅へと枢子を連れ出した航也が、円形の痣について問い質してきたのは。
「円形の痣? 何それ。それがどうかしたの?」
「いや、何かこう、身に憶えがないかと思って」
妙に歯切れが悪い。
どうしたのだろうか。
「特にないけど。痣って、ぶつけたときにできるやつでしょ」
「いや、ちょっと違う。その、最初からあったり、あとから浮き出てきたりとか」
「……ごめん。何言ってるのかよく判らないんだけど」
秘密を共有しているようなドキドキ感も手伝って、航也に協力したい気持ちは強まる一方だったが、知らないものについては答えようがない。
「いや、やっぱりいい。なんでもない」なんでもないことはないと思うが、結局航也は引き下がった。「悪かったな、引き留めちまって。あと、今のはオフレコで頼む」
「……いいけど」
期待する回答は得られなかったはずなのに、航也は何故か晴れ晴れとした表情だ。
「サンキュ、じゃあまた明日な」
そう言ってさっさと階段を駆け下りていく航也の後ろ姿を、枢子は怪訝そうに見つめるしかなかった。
――――――✂キリトリ線✂――――――
長かった。
実に長い一日だった。
その日起きた諸々を思い返し、枢子はつくづく思った。
回想の特性上、それ自体は別段時間を要さず済んでしまうのだけれど。
その日の夜。
学生寮の枢子の部屋。
ほうほうの体で帰り着いた枢子は、シャワー室で汗を洗い流すと、由良の不在を利用して彼を召喚した。
そして航也が言っていた、円い痣のことを訊いてみたのである……。
『それはそうと、俺まだ転校生の話聞いてねーぞ』腕章の球への興味をとうに失っていた彼は、主人の顔先へ人差し指を突き出して言った。『もう二週は経ってんだろ。どうだったんだ、美女か不細工か十人並か?』
「残念でした。男よ男」
『なんだと』枢子の吐いた嘘に彼は一気に脱力したらしく、『あーもういい。なんかいろんなことがどうでもよくなった。俺帰るわ、あばよ』
「待ちなさいよちょっと」
そっぽを向いて消え去ろうとする彼の襟首を掴む。
『何しやがる、伸びちまうだろ服が』
「まだ痣がないか確かめてないじゃん。ほら脱いだ脱いだ」
『ざけんなてめー! ねーよ痣なんか』
抵抗する彼に対し尚も喰い下がる枢子。
「背中は自分じゃ確認できないでしょ。あっちの世界には鏡もないって言ってたじゃん」
『だったらここで鏡見せろよコノヤロー、ストリップショーじゃねーんだぞ……ひ、引っ張るなおいっ』
ガチャリ。
背後でドアの開く音。
間一髪。
彼は消した。
ドアに鍵は掛けていなかった。
むろん内側から掛けることは可能だし、同居人が手持ちのキーで開けるまで、多少の時間稼ぎにはなるのだけれど、そんなことをすれば却って怪しまれてしまう。
なるべく穏便に済ませたかった。
ドアの軋る音が途絶えた。
そっと首だけ振り向く。
戸口に佇む能面じみた形相の由良には、無人の部屋で虚空に腕を伸ばす変な女子が見えていたに違いない。
これでは、そうそう中に入れないだろう。
なんか最近こんなんばっかり……。
凍りついた体勢もそのままに、悩める枢子は疲れきった笑みを口許に浮かべ、き、気にしないでいいから、入ってよ……と力なく呟いた。
……泣いても笑っても、あと一日。
あと一日で、〈お祭り〉は幕を閉じる。




