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第5幕 前夜祭という名のミスコンあるいは前哨戦(5)

 あまりの展開に、呆然と立ち尽くすしかない二人。


「いよっ、熱いよお二人さん!」

「まだ火消えてないんじゃないのー?」


 やがて飛び交い始めた野次や冷やかしに、航也はそれまで肩に回していた手を大慌てで離した。

 そして顔を真っ赤に染め俯く枢子に、おい降りるぞ、と呟き階段に向かおうとする。

 それを、同じ方向から登ってきた司会の男子生徒にまあまあまあと押し留められた。


「皆さんどうかお静かに」マイクを手早く拾い上げた司会は、興奮の絶頂といった様子で、「どうですか皆さん! 遅れ馳せながら、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれたこちらのお二人に、特別賞を差し上げようではありませんか」


 満場一致の大歓声。

 審査員席に控える参加者たちも、温かい拍手でそれに同意した。


「ただその、景品はもう無くなっちゃったんで、何かほかにありますかね。代用品とか」

「あるある。サイコーのご褒美あるヨ!」


 新参の墓守部員の、高らかな声が響き渡る。

 体育館横のドアに、彼女は立っていた。


「エステラちゃん……」


 その隣には、部長と部長に肩を借りた茅逸の姿もあった。

 ステージの方向に小さく手を振っている。

 少なくとも、歩けないほどの負傷ではなかったらしい。

 良かった。

 枢子は心から思った。


接吻(せっぷん)するネ、公開接吻! 一名をベロチュー」


 ……なんですと?


「いいねー、チューしろ!」

「キスしろ!」

「キース、キース!」


 怒濤のキスコール。

 アンド手拍子。

 額に手を当て退場もままならない航也と、最早顔も上げられない枢子。

 だが、こればっかりは学校側も首肯しかねるようで、審査員席と二、三度アイコンタクトを交わした司会は難儀して場内を静まらせたのち、二人のほうに向き直った。


「すいません、キスの時間にはまだちょっと外が明る過ぎという意見が、堅物の審査員方から出ちゃいまして」ここで笑い待ちの間を空け、快いレスポンスを受け取った司会は満足そうに、「なので何かこう、プレゼント交換できるような品はないですか? 桐沢くんと嗣原さんは同じ墓守部の所属で、仲もいいんですよね」

「そんなでもないですけど」


 マイクを向けられ、剣を握ったまま淡々と応じる航也。

 あれだけの戦闘でかなり体力を消耗したはずなのに、顔色は平生時と変わらないし呼吸の乱れもない。

 このくらいの回復力がないと、墓守部は務まらないのかもしれない。

 さすが航也。

 枢子は思った。


「そうなんですか嗣原さん? そんなことないですよねぇ」


 と、司会はマイクを枢子の鼻先に突きつけた。


「え? あ、いえ、全然、仲良くないです……」


 対する枢子は消え入りそうな声を出すだけで精一杯。


「うーん、でもこう、一緒にご飯食べたり、モノの貸し借りとかならあるでしょ?」

「な、ないですよ」枢子は事実を述べた。「連絡先だって知らないし」


 司会の両眼がカッと見開かれた。

 言質(げんち)は取ったぞ、とでも言いたげに。


「なんとお互いの連絡先も知らないと。それマジですか?」

「え、あ、えっと、あの」

「だったら今ここで交換してもらいましょう! ねえ皆さん、どうです?」


 外野からは賛成ーッ、いいぞいいぞという一方的な意見ばかり。

 当然、嬉しくないわけでは全くない枢子なのだが、場所が場所なだけに当惑気味に相手の様子を見やるしかない。

 意外にも、航也は拍子抜けするほどあっさり承諾した。

 それでこの公開処刑の場を脱せられるのであれば、といったところだろうか。

 取り出したスマホを操作し、メッセージアプリのIDを交換する。

 確認のため肩が触れ合う距離で航也の液晶画面を覗き込むと、ステージ下でフラッシュが幾つか光った。

 あちゃー撮られた、下手したら動画まで。

 枢子は自室に帰って頭から蒲団を被りたい気分だった。

 足許より発せられる数々の注文――もっと近づいて、こっち向いて、手繋いで笑って、等々――を無言で棄却(ききゃく)し、そそくさとスマホを仕舞う航也。

 司会者が促すまでもなく、盛大な拍手喝采が壇上を降りる二人を祝福するように鳴り渡り、甲高い口笛の音も拍手の渦に敢えなく呑み込まれていった。

 含み笑いと共に雁首(がんくび)揃えてお出迎えの上級生部員らを見て、航也は、


「なんか、えらいことになっちまったな」


 枢子以外には聞こえない小さな声でそう囁き、やれやれと肩を落とした。

 目敏い太鳳には、恐らく口の動きでばれているだろう。


「う、うん……」


 何はともあれ茅逸は無事だったし航也も無傷で自分もピンピンしている。

 良かった良かった。

 枢子はそう思うことにした。

 〈巫覡(ふげき)の儀〉は大盛況のうちに幕を閉じた。




――――――✂キリトリ線✂――――――




「……でさァ、こりゃヤバいと思って、背中の周りに〈反則〉を集めたんだよね。壁にぶつかる瞬間にさ。我ながらナイス判断だったねありゃあ」

「茅逸先輩、大怪我だったんじゃないかって、わたし気が気じゃなかったんですよ」

「まァ頭打ったし、すぐには動けなかったけどね。あたいは枢子ちゃんのほうがよっぽど心配だったよ。蜘蛛野郎に気に入られてたみたいだし。とんだ災難だったねェ」


 首に巻かれた包帯を煩わしげに引っ張り、茅逸はそんな軽口を叩いた。

 再び玄関先のロータリー。

 夕闇はすぐそこまで迫っていた。

 ほかの生徒たちは全員帰ったようで、ロータリーには墓守部員の三人のみ。

 保健室で校医に看てもらった茅逸は幸い深刻な怪我でもなく、擦り剥いた背中の一部とムチ打ち気味の首に応急処置を施してもらう程度で済んだ。


「だけんども、びっくりしたヨ」エステラは胸のリボンを無意識にいじりながら、「大部屋の壁、鉄球でも激突したみたく凹んでたんだもの。あれ、弁償させなきゃだヨ。スパイダーマンに」

「そうだねェ。ま、小規模な器物損壊は毎度のことだからね。ちょっとした〈お祭り〉の名物みたいなもんよ。明日明後日が正念場」

「毎年恒例なんですか……」


 先が思いやられる枢子であった。


「それよりもさ、あたいはエステラの提案にびっくりしたけどねェ」

「チハヤサン、提案とはなんぞやネ。教えてほしいネ、スーコ」


 ニヤニヤしながら二人に詰め寄られ、枢子はもう知らないっ、と大いにむくれた。

 あんな恥ずかしい思いは、金輪際(こんりんざい)したくなかった。


「おう、ご苦労ご苦労」


 まず姿を見せたのは顧問の月島だった。

 なんでも学校指定範囲内の服を製造・管理している業者から、制服の在庫を受け取るという理由で、今まで校内に残っていたらしい。


「よお解体屋(スクラッパー)、ミスコン大盛り上がりだったじゃねえか。俺様の指導の賜物だな、感謝しろよ」


 神経を逆撫でするような言い方に、枢子は途端にカチンときた。


「見てたんなら助けて下さいよ、もう。いつからいたんですか」

「不動に呼ばれてな。〈反則〉を使いたいから許可をくれってさ。こっちは中庭でもう少し若宮先生と語らう予定だったんだが」


 鎖の尖端に引火した灼熱の炎。

 やはりあれが副部長の〈反則〉か。


「火気の使用には基本俺の許可が要るんだよ。律儀だからなあいつは。因みに〈お祭り〉期間中はイレギュラータイム、あいつの一存でなんでもかんでも燃やし放題だ。お前ら、明日から二日間は副部長怒らせるなよ。俺ですらあんまし近寄らないようにしてんだ、何があいつの気に障るか判らんから」


 剣を部室に置いた航也と部長が次にやって来た。

 手には枢子たちの鞄を提げている。

 その後方から太鳳と副部長が続いた。

 この時間になって、漸く墓守部員の勢揃いだ。

 しかも顧問までいる。

 プチ奇跡である。


「ほら」


 航也に鞄を無造作に渡され枢子は少し戸惑ったが、口は自然と動いた。


「ありがとう」

「よーし御厨。もう遅いから締めていいぞ」


 顧問が突慳貪(つっけんどん)に言う。

 部長は静かに微笑んで、


「判りました……皆さん、今日は遅くまでありがとう。夕方ちょっとドタバタしてしまったけど、この調子で明日明後日もよろしくお願いするよ。特に桐沢くん、今日のような活躍をもっと見られるよう、僕らも楽しみにしているからね」


 面と向かって褒められた航也だが、はあと気のない返事をして視線を逸らした。


「さすがですわ、気配を全く悟られずにステージ真上まで移動できるなんて」

「だが人質が枢子でなかったら、あれほど死に物狂いで応戦などしておらぬだろう。枢子のお陰で勇気百倍といったところか」

「なんスかそれ」

「下らねえ(さえず)りは後回しにしろや。御厨、とっとと締めろ」


 部長はぼんやりと残照を放つ西の空を瞥見(べっけん)してから、思わせ振りに一同を順繰(じゅんぐ)りに見回した。


「今日も夕暮れ前に晴れ間が見えたけど、この分ならきっと明日は晴れるだろうね……誰かこの中に、明後日の天気を知っている人はいるかい?」

「明後日は、確か晴れだったような。明日と同じで」


 先日食堂のテレビで見た週間天気予報を思い出しながら、枢子はそう答えた。


「そうかい? なら、僕が()()()()()()()()」効果的に間を置いて、部長は語気を強めた。「明後日の夕方頃、()()()()()()()()と僕は思うね。いや、断言する」


 何かが降ってくる?

 しかも、明日じゃなくて明後日?

 部長らしからぬ不可解な物言いに、枢子は呆気に取られた。

 航也もだ。

 エステラもだった。

 がしかし。

 太鳳も茅逸も副部長も、確信に満ちた眼で部長を見つめていた。

 独り顧問だけが、瞼を閉じて笑いを噛み殺すかのようだ。

 なんなのだろう、一体。

 太鳳たちは何か知っている様子だが、それがなんなのか、枢子にはさっぱり思いつかなかった。


「それが僕の〈反則〉だからね」

「えっ、部長の、〈反則〉?」


 そんな話は初めて聞いた。

 と、首を捻ったまま沈思黙考の最中にあったエステラが、突然叫声を放った。


「ま、ままままさか、プレコグニションのこと、じゃないヨネ、ネ?」

「プレコグニション? 何それ」

「予知能力ヨ」

「よっ予知能力! 無理だよそんなの」


 反射的に言い返す枢子。


「理論上では可能なのネ」ところが当の本人は大真面目だった。「わちきのホームの研究所(ラボ)でも研究対象になってるヨ。スーコ、エキゾチック物質(マター)って知ってる?」

「エキゾチック……マター?」

「未だ観測されていない、(マイナス)の質量を持った物質ネ。ワームホールの材料」

「ワームホール?」

「時空を超えた超光速旅行を可能にするトンネルよ。もしブチョーサンがエキゾチック物質(マター)を操作してワームホールを完成できれば、ブチョーサンは因果を崩壊して時間軸をも動かせる……とどのつまり、未来予知が可能なのネ」


 いや、それはない。

 いくら超人的な挙動を可能にする〈反則〉だからとて、そんなこと可能なはずがない。

 枢子の混乱は頂点を極めた。

 それが感染したわけでもないだろうけれど、クールで名の通った航也までが、処理しきれない問題を抱え顔つきを険しくしている。

 先刻の戦闘時にさえ、ついぞ見せなかった表情だ。


「深く考えることはないよ、三人とも」部長はにこやかに言った。「明後日になれば自ずと判ることだからね。取り敢えず、明日一日無事に乗り切ろう。では、一同、礼!」

「お疲れ様でしたぁ!」


 声は出たものの、自分の声だけどこか虚ろな響きを含んでいるように、枢子には思われた。

 一時間前、体育館のあのステージに何か心の一部でも置いてきてしまったような、空虚な感覚。

 忘れてはいけない何かを忘れてしまったときの、あの歯痒い感じに似たような。

 道行く集団の殿を務めた枢子は、後ろ髪を引かれる思いで校舎正面を振り返った。

 今日は出てきそうもない月に代わって、天に聳える時計台の上のシンプルな校章が、もうじき降りようとする夜の帳に逆らうかの如く、円く鈍く輝いていた。

 ……明日からが本番だ。

 墓荒らしとの本格的な戦いが、いよいよ始まる。


「なあ桐沢。女心と秋の空とはよく言ったもんだが、結局女の本心ってのは、どこにあるんだろうなぁ」

「何がですか」

「てっきり中庭で待ってるもんだと思ったら、一足先に帰っちまったみたいでなぁ、若宮先生。判らんなぁ、判らん、いや判らん」

「…………」


 約一名のどうしようもない最年長者は除いて、いよいよ戦いが始まる。


 ……〈お祭り〉開催まで、あと一日。

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