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第5幕 前夜祭という名のミスコンあるいは前哨戦(4)

「日頃の行いがいいと、話が早くていいや、フハフハハハ」


 暗澹(あんたん)とした表情の枢子を横抱きに抱え、陸耳(クガミミ)は人質の重量を物ともせず走り出した。

 適度な距離を保ちつつ、さっきの生徒たちを追跡する。

 誰かほかの墓守部員に出くわすかも、という枢子の淡い期待も虚しく、扉の開放された体育館内のざわめきが段々近づいてくるのが判った。

 件の生徒らに続き、陸耳(クガミミ)は靴音を消して後方の出入り口を潜った。

 空気の質が途端に変化する。

 館内の照明は、上を向かされた枢子の眼にはどうにも眩しすぎた。

 (じか)に床に座る(おびただ)しい数の学生たち。

 壁に寄りかかる者や、寝そべっている者も相当数いた。

 ステージ上には左右二列に数人の男女が並び、一様にパイプ椅子の前に起立している。

 下手に掲げられた書き初め用紙には墨字で〈巫覡(ふげき)の儀〉と書かれている。

 上手側の通用口付近に据えられた長テーブルには、教師らしき人の姿もある。

 テーブルに貼られた半紙に〈審査員席〉の文字。

 それら凡てが、仰臥(ぎょうが)した枢子には天地を逆にした見慣れぬ光景として視界に映っていた。

 肝腎(かんじん)のコンテストは、どこまで進行中なのだろう。

 時間的には、もう終盤に差しかかっているはずだけれど。


「おらおらおらおらぁ」いきなり陸耳(クガミミ)は声を荒げ、床の生徒らを蹴散らさんばかりにステージ中央へと駆け出した。「どきなおらっ、どけどけどけィ!」


 予期せぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)の出現に、益々雑然となる場内。

 進行役の男子生徒を含めた壇上の面々も、一目散に駆け寄る謎の人物を何事かと見やった。


「な、なんか変な人が来ましたよ」マイク越しにそう言った快活そうな司会者は、男が脇に抱えた異様な風体の枢子を見つけると、「おや、一年の嗣原さんじゃないですか……あなたもしかして、彼女を参加させたくて、わざわざ連れてきてくれたんですか」

「参加させる? なんだそりゃ」

「いえ、ですからミスコンの」

「ミスコンだとぉ!」陸耳(クガミミ)は病的なテンションで叫んだ。「こいつぁいいや。面白そうだから俺も参加させろ」

「へ? あなたが?」

「おうよ。この土蜘蛛一の美形、陸耳(クガミミ)様の勇姿に、地団駄踏んで悔しがる墓守連中のアホ面が眼に浮かぶようだぜ、フハハ」

「あの、ちょっとすいません」司会はさも申し訳なさそうに、「このコンテストは飛び入り参加不可なんですよ。最上位巫覡と各賞受賞者も、たった今決まっちゃったんで。もう少し早く嗣原さん連れてきてくれたら良かったんですけど」

「なんだとぉ?」陸耳(クガミミ)の形相が見る間に曇っていく。「ふざけんな! 愚民どもがつけ上がりやがって。墓守以外は襲うなと言われたが、構うものか!」


 背後より伸び出る白糸が、群れをなして壇上の人々に襲いかかる。


「うわっ、なんだなんだ?」

「キャー!」

「フフフ、ハハハハ。しかと見やがれ、我が〈糸また糸……糸・糸・糸〉の威力!」


 人の腕ほどもある糸の束にマイクを奪われてしまった司会者を筆頭に、トロフィーや賞状を手にした参加者たちが次々とステージを飛び降りていく。

 逃げ遅れた者たち――ドレスやクラウンで着飾った本気度の高い女生徒と、他校のセーラー服を着た女装の男子――は襲い来る糸に足首を掴まれたりしていた。

 が、結局は単なる威嚇に過ぎなかったらしく、誰一人投げ飛ばすこともなく、壇上には勝ち誇った面持ちの陸耳クガミミと、拘束されたままの枢子が残った。


「あーあー……コホン。雅ヶ丘高校の諸君! 俺もコンテストに参加するぜ」


 なんだあいつ、手品師か? と、闖入者の異様な振る舞いにざわつく場内を制するように、マイクを手にした陸耳(クガミミ)は、ハウリング混じりの聞き苦しい声で言い放った。


「エントリーナンバー、えーと何番だ? あーもうなんでもいいや! エントリーナンバー(ゼロ)番、陸耳(クガミミ)! 職業は、見ての通り蜘蛛糸使い。特技は編み物と言祝(ことほぎ)。今日は墓荒らしと、ついでにミスコン荒らしに来た。よろしくなっ!」


 その瞬間、何故か場内の騒乱が水を打ったように収まり、そして直前のそれを大きく凌駕(りょうが)する、揺り返しのようなどよめきが起こった。


「マジか!」

「墓荒らしかよ」

「もう来たの?」

「墓荒らしって、俺らは襲わないんだろ?」

「いや、でも迷惑には変わりねえじゃん」


 口々に言い合う生徒たち。

 そんな反応に大層満足げな陸耳(クガミミ)


「そうだ。今年は一日早いお出ましってわけだ。墓荒らしが来たからには、一般生徒も教師も手出し無用。さぁ誰でもいいから墓守どもを呼んでこい! さもないと、この嬢ちゃんが酷い目に遭っちゃうぜ」


 一方、枢子は糸の力で宙吊りにされながら、諦めたようにステージの上の天井を見つめていた。

 この手の暴力沙汰は教師の誰かが止めに入ってくれるのが普通だが、相手が相手なだけにその可能性は限りなく低い。

 せめて警察に連絡くらいは、とも思ったけれど、それができるくらいなら最初から墓守部など要らないわけで、結局のところこんな間抜けな恰好で実力のある部員の到着を待つしかない。

 哀しい。

 ただただ哀しかった。

 そんな彼女に、


「枢子ー! しっかりー!」


 という盟の励ましの声が、頭の上のほうから聞こえた。

 それを皮切りに、クラスメイトたちの頑張れーという声が続く。

 由良の声も聞き取れた。

 多くの生徒が床から立ち上がり、喚声(かんせい)は次第に周囲を巻き込んで膨れ上がると、墓荒らしを非難する声も加わっていよいよ体育館を揺るがさんばかりとなった。


「ヒュー、いいねえいいねえ、やっぱり戦いってのはこう来なくっちゃな!」


 すっかりアジテーター気取りで陸耳(クガミミ)が拳を振り上げる。

 枢子はひょっとしたらこの声の中に航也が混じってるかも、と耳を澄ませ、やっぱりいないよね、と勝手に落胆し、それらが結局は無駄骨だったことにとうとう気がついた。

 何故なら舞台上の天井裏に、忍者の如く張りついていた航也とばっちり眼が合ったからだ。

 唇に指を当て、黙ってろというポーズを取る航也。

 なんだか今日は、やけに涙腺が緩む。


「俺としては、あの鎖分銅を使う小生意気なオンナとお手合わせ願いたいもんだね。俺の〈糸また糸……糸・糸・糸〉とどっちが上か、はっきりさせておきたいしな」


 遂に航也が狙いを定めたらしい。

 大上段の構えで背中の剣を取り、重力に任せて落下してくる。

 まだ陸耳(クガミミ)は気づいていない。

 ドン! という着地の音より僅かに早く、枢子に繋がれた糸の束目がけて航也は眼にも留まらぬ速さで剣を振り下ろした。

 強い衝撃。

 枢子と陸耳(クガミミ)の躰がガクンと傾く。

 けれども全霊を込めた一撃は上側の糸を数センチほど切っただけで、二人を引き剥がすには遠く及ばなかった。


「だ、誰だてめえ!」陸耳(クガミミ)の怒声が飛ぶ。「俺たちの仲を邪魔しようってのかぁ? 無粋(ぶすい)な真似しやがって」


 航也は少しも怯まず、流れるような身ごなしで本体への攻撃に切り替えた。

 失敗した場合を想定しての素早いリカバリだ。


「させるか!」


 陸耳(クガミミ)は両手の甲より突き出した熊手状の金属の爪で、幅広の刀身をガッチリ受け止めた。

 身を無理矢理引き剥がす航也。

 追う陸耳(クガミミ)

 爪をギリギリの間合いで躱し、剣を払う。

 受け流す。

 跳ぶ。

 斬りかかる。

 金属音。

 摩擦音。

 そのたびに洩れる枢子の悲鳴。


「無粋はどっちだ。人質を取るような卑劣な真似は、俺が許さん」

「偉そうな口を叩くな!」


 陸耳(クガミミ)の雄叫び。

 突発的に発生した思いも寄らぬ剣劇に、戸惑いつつも静観していた傍観者たちはいつしか声援を送る観客へと変貌していた。

 コンテスト会場は、今や熱狂と興奮の坩堝(るつぼ)と化した。


「フハハハハ、行けぇい!」


 数を増やした背後の糸が、薄気味悪く蠕動(ぜんどう)しながら航也に攻めかかった。

 剣を大きく振って応戦するものの、執拗に迫り来る糸の襲撃はどうにも切りがない。

 終いには刀身と柄の部分に幾筋もの糸を巻きつかれてしまった。


「くっ……!」

「スピードと動きの良さは褒めてやるが、この陸耳(クガミミ)様とやり合うにはまだまだパワー不足だな。お前も壁に叩きつけてくれる」


 引く力同士の均衡が崩れ、剣を持つ航也の腕が斜めに泳ぐ。

 今にも剣ごと引き摺られようかというまさにそのとき、会場の片隅で更なる歓声が沸いた。

 糸の揺れに翻弄(ほんろう)されっ放しの枢子が辛うじて見て取ったそこには、上下逆さまに構えを取る、太鳳と副部長の姿があった。

 やっと加勢が到着したのだ。


「お願いしますわ、太鳳さん!」

「おうとも。出でよ、〈柔にして剛なる羂索〉!」


 太鳳の掌から、生徒たちの頭上を越えて真っ直ぐ伸びる鎖。その尖端の分銅を副部長は指差し、


火迦具土(ホノカグツチ)の反則〈美しく、紅き火産霊(ホムスビ)〉!」


 瞬間、分銅は紅蓮の炎に包まれた。

 真紅の尾を曳きながら灼熱の鎖は吸い込まれるようにステージへ飛んでいき、剣を縛っていた憎き糸を即座に焼き切った。


「うわっ……ひでえ、何しやがる!」


 火を消そうと空いている糸で叩き煽ぐと、今度はそちらに燃え広がり火勢が強まっていく。

 身の自由を取り戻した航也は、焦りに焦る陸耳(クガミミ)に注意を配りつつ枢子の肩をそっと抱き起こす。

 思ったよりがっしりした腕の感触に、ぼうっと意識が遠のきそうになった。


「あちち、あぢ、あぢッ」本格的な焦げ臭さを総身に取り巻き始めた陸耳(クガミミ)は、くねくね四肢を揺すりながら、「お、憶えてろよお前ら、次会ったら、お前ら全員簀巻(すま)きにして海に沈めてやるからなっ!」

「まずお前が水に潜って火を消せ」


 航也の声はいつになく強張っていた。

 なんだか怒っているような。


「ギャーッ、あぢぢぢぢぢ!」


 我慢の限界を迎えた陸耳(クガミミ)はあっさり枢子を手放し、バネ仕掛けさながら床にジャンプすると、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う生徒らを尻目に、慌ただしく屋外へ飛び出した。


「いいぞー墓守部!」

「良かったよ航也ー!」

「おいしーとこ持っていきやがって!」


 墓荒らし撃退後の体育館は、期せずして壇上に残った枢子と航也へのスタンディング・オベーションに沸き返った。

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