強すぎる取り巻きAは殿下から逃げる
僕はアスター。
僕なんて言ってるけど、れっきとした伯爵令嬢だ。
男装をしているため、それに合わせて一人称も僕にしている。
何故僕が男装しているかというと。
この世界が乙女ゲームの世界で、僕は悪役令嬢の取り巻きAだからだ。
僕が前世を思い出したのは、十年前。六歳の頃だ。
悪役令嬢の取り巻き(悪役令嬢の罪を被せられて処刑されるオプション付き)に転生していると気付いた僕は、必死でイメチェンをした。
それはもう、高校デビューさながらの。
伯爵家で猫可愛がられていたお嬢様だった僕は、男装し、剣を習い、立派な少年になった。
両親は驚いてたけど、使用人含めた家の人々は、僕が良いならそれでいいらしい。
甘い世界で本当によかった。
……まぁそのせいで悪役令嬢の取り巻きなんかになったんだろうけど。
(悪役令嬢がアスターを気に入った理由はアスターが太ってて、自分の内面の醜さを理解している悪役令嬢にとっても醜かったからだ)
ともかく僕は無事ゲームを回避し、おまけに騎士学校に主席で入学できた。
ちなみに、学校で僕が女だと分かってる人間は多分いない。
別に良いけどさ!
そんな僕は、平和でそこそこに充実した学校生活を送れていた。
……昨日までは。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「俺と勝負しろ!」
目の前に差し出される花はタンジー。
この学校で勝負を申し込むときに使う花だ。なかなかに洒落た誘い方だと思う。
じゃなくて。
「僕?ですか?……何故?」
目の前にいるのはこの国の王太子殿下、ルピナス様。
乙女ゲームの世界では騎士学校に通っていなかった筈なんだけど、それはひとまず置いておいて。
何で急に勝負を申し込まれたのか。
面識が全然ないのに。
「貴様!王家主催の武道大会で俺を負かしたのを忘れたか!」
「……いつのことですか、それ」
「ほんの五年前だ!」
大昔だよ。
全く記憶にない。
「雪辱を晴らすべく、貴様のいるこの学校に入った!さぁ勝負しろ!」
乙女ゲームとのズレの原因、まさかの僕。
て言うか殿下、めっちゃねちっこい。
……そう言えば、殿下は俺様キャラだっけ。
「聞いてるか、貴様!」
「聞いてますよ殿下。じゃあやりますか」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「………あの」
「……」
「…………殿下」
「……」
「………………勝っちゃってすみません」
「………ッ、煩い!黙れ!」
勝ってしまった。
どうしよう。負けた方が良かったのだろうか。
闘技場で踞って座り込む彼に、同情と罪悪感が凄い。
どうすれば良いのか。
「貴様、何故そんなにえげつなく強いのだ!」
「知りません」
……取り巻きAが攻略対象に勝つなんて、よく考えればおかしいな。
本当になんで勝ったんだろう?
「…なあ」
「はい?」
「お前、……いや、何でもない」
「そうですか」
「次は負けない」
「……そうですか」
次っていつかなぁ、なんて意地悪な思考は取り払い、僕は彼に手を差し出す。
「まぁ腐らないでくださいよ、殿下。まだまだ伸びます」
「かもしれないが、勝った貴様から言われると腹立たしい」
「あー……すみません」
「謝ってすむなら騎士団はいらん」
「……ですね」
「……秘策を教えろ」
「え? 秘策?」
「そうだ。何の理由もなしに勝ってる筈はあるまい」
「感覚ですよ、そんなん知りません!」
「あ、こら、逃げるな!」
殿下の声を振り切って駆け出したが、僕は結局次の日に捕まった。
また翌日、そのまた翌日、捕まっては逃げるを繰り返す。
「何で追うんですかー!?」
「逃げるからだ!」
乙女ゲームのフラグを折ったのと引き換えに、新たなるフラグを立ててしまったことを知るのはまだあとの話。
二人とも貴族なのに何故家名が無いの?っていうツッコミは無しで。