《二話》英雄の邂逅
守岡 優一は苛立っていた。自分と同じ境遇であろう人間が三人も現れた。しかもその三人は仲良く何か喋っており、自分はのけ者である。
なんだよ。オレだけが異世界転移したんじゃないのかよ。それにあいつら、間違いなくオレの方を向いたはずだ。それなのに話し掛けてくる気配すらない。
ちっ、オレはこっちでも邪魔者扱いかよ。くだらねえな。
彼は壁にもたれかかって三人を睨めつける。口を小さくモゴモゴと動かしながら、何か言っているようだ。しかし、その声は誰にも聞こえない。聞かせる気も無い。
バン!!
突然銃声が響いた。
彼は咄嗟にしゃがみ込む。今までこれほど機敏に動いたことはないだろう。
酒場の入り口に目をやると、数人の男が武器を持って叫んでいる。
息を潜める。それでも、目は奴らから離さない。
すると、奴らは三人に銃を向けた。彼にはどうすることも出来なかった。少しの、助けたい、という勇気は恐怖に押し潰された。
バンと音が鳴った。彼には銃弾が発射されるのが見えた。
……見えたのは確かだ。しかし、その瞬間盗賊たちと三人が消え去った。比喩ではなく、すっと存在がなくなった。
どういうことだ?何が起きたんだ。
「あいつら戦闘場に行っちまった。見たところ戦士でもないらしい。生きては戻れないな……。」
「可哀想に……ネロ義賊団に目をつけられたらお終いさ。」
「そんなことより俺らは逃げるぞ。あいつらには申し訳ないが……」
口々に酒飲みたちが喋る。彼らはこの現象について何か知っているらしい。守岡は勇気を振り絞って尋ねてみた。
「な、なあ。一体彼らはどうなったんだ?」
「どうなったも何も。戦闘場に行ってしまったんだよ。」
聞き慣れない言葉に疑問符が浮かぶ。
「戦闘場?」
「知らないのか?……まあいいさ。箱みたいな所に閉じ込められて、お互いに戦うんだ。ネロ義賊団とあいつらは今戦ってるんだろう。」
なるほど。エンカウント、そして戦闘か。まさにゲームの世界だな。
守岡は理解した。
理解するとすぐに、自分が彼らを助けられるかもしれないことに気がついた。
……ゲームにおける最初の戦闘。これはチュートリアルだ。負けるはずが無い。しかし、もしオレが主人公の一人であれば三人だけでは勝てないだろう。助けにいこう。
守岡は近くに立てかけてあった木材を手に取った。よし、と小さな声で気合いを入れる。が、意気込んだところでどうやって戦闘場に行くのか。そのことは彼にとって盲点だった。
木材を握りしめ、彼は目をつぶった。
結局オレは何にも出来ないじゃないか。クソっ。馬鹿みたいだな……
自己嫌悪に陥る。殺意にも似たものを、盗賊と自分自身に向ける。
……クソっ!虚しく木材を振るが、それは何もない空間を切る。
本当に嫌になる。視界がぐるぐると廻るようだ。
……ん!?本当に視界が歪んでるぞ。まずい。何だこれは。空間がねじれ、絡まり、溶けていく。
チャラララチャラララ……
何の音だ?まったく何なんだよ……
気がつくと眼前には、先程の三人と盗賊たちが戦う姿があった。
こちらには気づいていない。
すると盗賊がドン、と少女を突き飛ばした。彼女は倒れ、盗賊は刃を振りかざす。
こちらには気づいていないッ!守岡はすぐさま盗賊に駆け寄り……
「であッ!」
手に持っていた木材で、その頭を思い切り殴った。
ゴン、と鈍い音と共に盗賊が倒れる。すると、その体が光に包まれ、消えた。
その演出は守岡にとって見慣れたものだった。今までやってきたゲームで、敵を倒した時はこのようなエフェクトがかかる。
彼は倒れていた少女に手を差し伸べる。返してきた手をグッと掴み、引き上げる。
久しぶりに女性の手に触れた守岡は、しばらく呆然としていた。
その意識は、ガツン、という嫌な音で取り戻された。隣で中年の男が敵を倒したようだ。
パパパパーン!!!
勝利のファンファーレが鳴った。
再び四人の視界が歪み、空間がぐるぐると廻る。これで通常に戻れるようだ。
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気がつくと、四人は元の酒場に戻っていた。軽かった体が嘘のように重い。あれほど自由に動けるのは、戦闘場だけの話らしい。
イサムは周りを見渡す。しかし誰もいない。
「どうして誰もいないんだ?」
彼は言う。
「逃げたらしい。みんな、あんたらが戦っている間に逃げるって
言ってたからさ。」
守岡が答える。
「そうなんだ。……ところで、さっきはありがとうね。名前は何て言うの?」
ユーリが尋ねる。
「オレの名前はそうだな。モリーとでも呼んでくれ。」
決まった……守岡――モリーはそう思った。
こいつ、この世界に酔っている……イサムはもうダメだと思った。
「いやはや、モリーには感謝するよ。ユーリを助けてくれたんだろう。」
アツシは『モリー』と『ユーリ』という単語を、少し茶化して言う。
「それほどでもないさ。」
モリーはまんざらでもないみたいだ。
「もうユーリでいいよ……さてと。皆あっちの世界から来たんだよね。モリーもそうでしょう?これからどうするの。」
「どうしような。僕はとりあえず――」
「あ、あんたら!ネロ義賊団を倒したのか!?」
酒場の店長が店の奥から出てきて、彼らに尋ねる。しかし彼らを見てはおらず、床を驚いたように見つめている。そこにはさっきの盗賊たちが気絶して倒れていた。
「まあそうだけど。」
イサムが答える。
「何てこった。そりゃあ凄いことだ。あんたら、こいつらを城に連れていくのを手伝ってくれないか?」
店長が盗賊たちを縄で縛りながら言う。手際が良いことだ。
「俺はいいぜ。今からすることも無いしな。皆も良いだろう?」
「問題ないよ。やっぱりゲームと言えば城だよね!」
アツシとユーリは賛成する。
「オレも行きたい。……誰が主人公なのかはっきりしなきゃな。」
モリーは後半の部分を呟くように言う。
「僕も行くよ。せっかくだしね。」
全員が城に行くことに同意した。酒場の店長を先頭に、店を出ようとする。
扉から眩しい程の光が店内に入り込む。その先では、活気に満ちた人の群れと、素朴ながらも美しい家や店などの街並みが彼らを出迎える。
一歩踏み出す。見上げればそこには、底抜けに青いキャンバスに、白い雲がぽつぽつと描かれている。
彼らはゲームの世界に来たことを再び実感した。理想。そんな言葉がぴったりの世界だった。
「ほら、こっちだよ。」
縄で縛り上げられた盗賊を引きずりながら、酒場の店長が彼らを促す。
足取り軽く、一行は城へ向かう。
お読み下さり、ありがとうございます!
邂逅って漢字、難しいですよね。
これからもよろしくお願いします!