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君は世界を救ったことがあるか?  作者: 加藤 小判
ビア島〜始まりの島〜
5/19

《一話》チュートリアル

異様な光景だった。


中世ヨーロッパをモチーフにしたゲーム『ヒーローズクエスト』。

もちろん格好はみな相応のものだった。

ゲームだからだろうか。酒場にいる人々の顔は輝いている。この世の憂いなど一回も感じた事が無いような感じだ。


その中に、眼を濁らせた四人がいた。

スーツ姿の中年男性。小汚ないジャージを身に纏う太った男。

お洒落な服を着て、けばけばしいアクセサリを着けた少女。安っぽいチェックシャツを着た青年。


明らかにここにいるような人間ではない。ここにいる『べき』人間ではない。


神原(しんばら) (いさむ)……イサムは親子とも思える二人組に話しかけた。


「すみません。いったいここはどこなんでしょうか。」

イサムは彼らがゲーム内の存在だと思っている。差し障りのない質問をした。


「あんたもか。俺もよく分かんねぇけどさ……」


「アツシが言うにはここは『ヒロクエ』の世界らしいよ。びっくりするよね。」

中年男性の言葉を少女が遮る。どうやら親子ではないみたいだ。


「うん?あんたも?その――アツシさんですか――どういうことですか?」

イサムは戸惑いながら尋ねる。


「ああ。俺もあっちからこの世界に来たんだ。このユリちゃんもそうらしい。」

アツシは落ち着いた様子で答える。しかし、頻繁に手を弄っているのを見ると、その動揺を隠しきれてはいないみたいだ。


「そうそう。私もあっちから来たんだ。トラックに轢かれてたんだけど、気づいたらここにいたの。」

ユリは淡々と言う。そんなにけろっと言う事ではないだろう。


「ほんとうに?どういうことなんだ……?」

イサムは困惑する。有り得ない現実に理解が追いつかない。


ここで彼は気づく。人間、こういう時こそ無駄なことに気がつくものだ。

「あの、ユリさんって……」


「ユリでいいよ。あんたの方が年上でしょう。」

諭すように彼女は言う。これではどっちが年上か分からない。


「あぁ……じゃあユリ。君はウィンスタクラムで有名なユーリじゃないか?」

ウィンスタクラム、通称ウィンスタは気軽に写真を投稿出来るアプリだ。若い世代にとても人気があるSNSである。


ユリ……ユーリは衝撃を受けた。あの完成されている写真を見た後ならば、現実(?)の自分に幻滅されるに違いない。いやだ、嫌われたくない。


「うん……まぁ。」

上手く言い訳が思いつかず、そのままを言ってしまう。


「やっぱりユーリだ!僕フォローしてるんだよ。写真で見た通りカワイイなぁ。」

カワイイ?今の私が?そんなはずはない。


「ちょっと待ってくれよ。何の話をしているんだ?おっさんよく分からないぞ。」

アツシは横から口を挟む。


「ウィンスタっていうアプリがあるんです。ユーリはかなりの有名人なんですよ。」

なぜかイサムは自慢気に言う。


「へぇ。ユリちゃんは凄い人だったんだ。それなら俺もユーリって呼ぼうかな。」

茶化しながらアツシは言う。


「やめてよ……私はそんな……」



バン!!


突然銃声が響いた。


水を打ったように酒場が静まる。そこら中にあった黒い頭が、すっと机の下に隠れる。


「オイラ達はネロ義賊団だァ!」


男が扉のそばで、銃を片手に叫んだ。覆面を被り、いかつい上半身を露出した過激な服装をしている。その後ろには同じような格好をした男が数人。


どうやら彼らが酒場を静かにさせた犯人らしい。


無論、異世界の四人も同様に静まる。息を潜め、彼らの怒りに触れないように振る舞う。じっと覆面たちを見つめ、決してその動向を逃さまいとする。


しかし。


「何だおめぇらァ!そこの三人組だよクソ野郎!なァにを見てんだァッ!?」


目を付けられた。どうしてこんなことに。そう思う間もなく彼らに銃が向けられる。

バンと音がなった。


死ぬッッ!


イサムがそう思った瞬間


チャラララチャラララ……


妙な音楽が流れ、三人の視界が歪む。ぐるりと世界が捻れ、酒のビンと酒飲みの顔が一緒になっていく。



気がつくと三人は異空間に居た。否、その表現は正しくないかもしれない。先程の盗賊たちは依然目の前におり、床は相変わらずギシギシとなる酒場の床だ。


だがその空間は今いた場所とは明らかに異なる。『そこ』は薄く濁った壁と天井で覆われた、まさに『箱』と言うべき場所である。


イサムはすぐ後ろにあるその壁に、盗賊から目を逸らさずに、そっと触れてみる。

が、その壁はとても硬く、簡単に破れる代物ではないことはすぐに分かった。


横目に扉が見えた。ここから出ればこの空間から出られるのだろう。


盗賊たちと三人を取り囲む箱は、およそ縦と横がそれぞれ20m、30m。彼らと戦うには十分な広さである。


彼らと戦う?この表現を思い付いたイサム自身が疑問に思う。


どうしてだ?普通は逃げることを考えるだろう。そこに扉もある。どうにかして扉へ駆けることを考えるだろう。どうして僕は戦うなんて事を考えているんだ。


その理由は明確だった。イサムはこの空間を『知って』いる。それだけの事に過ぎない。


どうしてこの空間を知っているのか。イサムがこの問いに答えを出すのもはやかった。


……ここはヒロクエの戦闘フィールドだ。前作のヒロクエと仕様は変わっちゃいない。敵とエンカウントし、戦闘BGMが流れ、この空間に放り込まれる。そして、このフィールドで敵と自由に戦うんだ。


そして、恐らくこれは『イベント戦闘』。逃げられない戦闘だろう。つまりあの扉は意味をなさない。


イサムは理解した。何をするべきかも。


「あいつらを倒すぞ!」

イサムは、ユーリとアツシに向かって叫んだ。敵も三人。銃を持つリーダー格が一人と、ナイフを持った男が二人。


対してこちらは全員が素手。勝てるはずがない。だが、彼らは不思議と勝つ自信があった。


「おう!」

「よっし!」

二人が同時に答える。すぐさま盗賊たちに突進していく。


「おめぇらバカかぁ??」

敵のリーダー格が呆れたように銃を向ける。その銃口はイサムを狙っている。


バンと音がし、小さな弾がイサムに襲いかかる。

それでもイサムは走るのを止めない。弾が彼の身体に触れた。


いや、触れてはいない。寸前のところで、パキッという軽い音と共に銃弾は消え去った。彼が覚悟をしていた痛みはほとんど無かった。その音は、何かヒビが入ったような音だった。


「うぉぉぉッ!」

雄叫びをあげて突進する。銃は接近戦に対してあまりに無力。イサムがその顔に殴りを入れる。決して彼は格闘技などしたことがない。しかし、身体が覚えているかのように、もう一発叩き入れる。


身体が軽い、とはこのことだろう。誰かに操られているかの如く攻撃を続ける。無我夢中でその顔、胴体に拳をいれる。その時間はまるで一瞬で、それでいて何十分もそうしていたような感覚だった。


「ぐはあっっ」

断末魔のようなものを発し、盗賊は倒れた。その体が地に着いた時、ふわっと光に包まれ、そして消えた。


「うっし!」

彼は拳を固め、小さくガッツポーズをとる。

だが喜ぶのも束の間、隣の方から女の悲鳴が聞こえた。


……これはユーリの声だ。


イサムがその方向を見ると、ユーリが倒れ、ナイフを振りかざした盗賊が彼女を見下ろしている。


マズイッ……!


イサムはそう思ったがもはや遅かった。ナイフが、振り下ろされる……ッ!


「でぁッ!」

ゴン、と鈍い音と共に盗賊が倒れる。先程の奴と同様に、光に包まれ消えた。


小太りで小汚い男が小さな木材を持っている。

彼がそいつの頭を、背後から思い切り殴ったようだ。


ハァハァと息を切らし、小汚い男はユーリに手を差し伸べる。


「だ、大丈夫か……?」


「ええ……。」

ユーリは彼の手を取り、立ち上がる。これにて一件落着のようだ。



……違うッ!アツシさんは!?


イサムは気づき、後ろを振り返る。

アツシと盗賊は互いに距離を取り、均衡状態を保っている。

彼はボクシングのような構えをとって様子を窺っている。


瞬間、双方が近づいた!


盗賊が、長身のアツシの懐に潜り込む……!


寸前に彼の拳が盗賊の頭を揺らした。ガツンと嫌な音がしてその場に倒れ込む。そして、すぐに消えた。


一発かよ……。イサムは苦笑した。

すると、


パパパパーン!!!


勝利のファンファーレが鳴った。

お読み下さりありがとうございます!

この第五話よりストーリーが始まります。不定期更新ですので、気長に待って頂ければ幸いです。


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