《一話》チュートリアル
異様な光景だった。
中世ヨーロッパをモチーフにしたゲーム『ヒーローズクエスト』。
もちろん格好はみな相応のものだった。
ゲームだからだろうか。酒場にいる人々の顔は輝いている。この世の憂いなど一回も感じた事が無いような感じだ。
その中に、眼を濁らせた四人がいた。
スーツ姿の中年男性。小汚ないジャージを身に纏う太った男。
お洒落な服を着て、けばけばしいアクセサリを着けた少女。安っぽいチェックシャツを着た青年。
明らかにここにいるような人間ではない。ここにいる『べき』人間ではない。
神原 勇……イサムは親子とも思える二人組に話しかけた。
「すみません。いったいここはどこなんでしょうか。」
イサムは彼らがゲーム内の存在だと思っている。差し障りのない質問をした。
「あんたもか。俺もよく分かんねぇけどさ……」
「アツシが言うにはここは『ヒロクエ』の世界らしいよ。びっくりするよね。」
中年男性の言葉を少女が遮る。どうやら親子ではないみたいだ。
「うん?あんたも?その――アツシさんですか――どういうことですか?」
イサムは戸惑いながら尋ねる。
「ああ。俺もあっちからこの世界に来たんだ。このユリちゃんもそうらしい。」
アツシは落ち着いた様子で答える。しかし、頻繁に手を弄っているのを見ると、その動揺を隠しきれてはいないみたいだ。
「そうそう。私もあっちから来たんだ。トラックに轢かれてたんだけど、気づいたらここにいたの。」
ユリは淡々と言う。そんなにけろっと言う事ではないだろう。
「ほんとうに?どういうことなんだ……?」
イサムは困惑する。有り得ない現実に理解が追いつかない。
ここで彼は気づく。人間、こういう時こそ無駄なことに気がつくものだ。
「あの、ユリさんって……」
「ユリでいいよ。あんたの方が年上でしょう。」
諭すように彼女は言う。これではどっちが年上か分からない。
「あぁ……じゃあユリ。君はウィンスタクラムで有名なユーリじゃないか?」
ウィンスタクラム、通称ウィンスタは気軽に写真を投稿出来るアプリだ。若い世代にとても人気があるSNSである。
ユリ……ユーリは衝撃を受けた。あの完成されている写真を見た後ならば、現実(?)の自分に幻滅されるに違いない。いやだ、嫌われたくない。
「うん……まぁ。」
上手く言い訳が思いつかず、そのままを言ってしまう。
「やっぱりユーリだ!僕フォローしてるんだよ。写真で見た通りカワイイなぁ。」
カワイイ?今の私が?そんなはずはない。
「ちょっと待ってくれよ。何の話をしているんだ?おっさんよく分からないぞ。」
アツシは横から口を挟む。
「ウィンスタっていうアプリがあるんです。ユーリはかなりの有名人なんですよ。」
なぜかイサムは自慢気に言う。
「へぇ。ユリちゃんは凄い人だったんだ。それなら俺もユーリって呼ぼうかな。」
茶化しながらアツシは言う。
「やめてよ……私はそんな……」
バン!!
突然銃声が響いた。
水を打ったように酒場が静まる。そこら中にあった黒い頭が、すっと机の下に隠れる。
「オイラ達はネロ義賊団だァ!」
男が扉のそばで、銃を片手に叫んだ。覆面を被り、いかつい上半身を露出した過激な服装をしている。その後ろには同じような格好をした男が数人。
どうやら彼らが酒場を静かにさせた犯人らしい。
無論、異世界の四人も同様に静まる。息を潜め、彼らの怒りに触れないように振る舞う。じっと覆面たちを見つめ、決してその動向を逃さまいとする。
しかし。
「何だおめぇらァ!そこの三人組だよクソ野郎!なァにを見てんだァッ!?」
目を付けられた。どうしてこんなことに。そう思う間もなく彼らに銃が向けられる。
バンと音がなった。
死ぬッッ!
イサムがそう思った瞬間
チャラララチャラララ……
妙な音楽が流れ、三人の視界が歪む。ぐるりと世界が捻れ、酒のビンと酒飲みの顔が一緒になっていく。
気がつくと三人は異空間に居た。否、その表現は正しくないかもしれない。先程の盗賊たちは依然目の前におり、床は相変わらずギシギシとなる酒場の床だ。
だがその空間は今いた場所とは明らかに異なる。『そこ』は薄く濁った壁と天井で覆われた、まさに『箱』と言うべき場所である。
イサムはすぐ後ろにあるその壁に、盗賊から目を逸らさずに、そっと触れてみる。
が、その壁はとても硬く、簡単に破れる代物ではないことはすぐに分かった。
横目に扉が見えた。ここから出ればこの空間から出られるのだろう。
盗賊たちと三人を取り囲む箱は、およそ縦と横がそれぞれ20m、30m。彼らと戦うには十分な広さである。
彼らと戦う?この表現を思い付いたイサム自身が疑問に思う。
どうしてだ?普通は逃げることを考えるだろう。そこに扉もある。どうにかして扉へ駆けることを考えるだろう。どうして僕は戦うなんて事を考えているんだ。
その理由は明確だった。イサムはこの空間を『知って』いる。それだけの事に過ぎない。
どうしてこの空間を知っているのか。イサムがこの問いに答えを出すのもはやかった。
……ここはヒロクエの戦闘フィールドだ。前作のヒロクエと仕様は変わっちゃいない。敵とエンカウントし、戦闘BGMが流れ、この空間に放り込まれる。そして、このフィールドで敵と自由に戦うんだ。
そして、恐らくこれは『イベント戦闘』。逃げられない戦闘だろう。つまりあの扉は意味をなさない。
イサムは理解した。何をするべきかも。
「あいつらを倒すぞ!」
イサムは、ユーリとアツシに向かって叫んだ。敵も三人。銃を持つリーダー格が一人と、ナイフを持った男が二人。
対してこちらは全員が素手。勝てるはずがない。だが、彼らは不思議と勝つ自信があった。
「おう!」
「よっし!」
二人が同時に答える。すぐさま盗賊たちに突進していく。
「おめぇらバカかぁ??」
敵のリーダー格が呆れたように銃を向ける。その銃口はイサムを狙っている。
バンと音がし、小さな弾がイサムに襲いかかる。
それでもイサムは走るのを止めない。弾が彼の身体に触れた。
いや、触れてはいない。寸前のところで、パキッという軽い音と共に銃弾は消え去った。彼が覚悟をしていた痛みはほとんど無かった。その音は、何かヒビが入ったような音だった。
「うぉぉぉッ!」
雄叫びをあげて突進する。銃は接近戦に対してあまりに無力。イサムがその顔に殴りを入れる。決して彼は格闘技などしたことがない。しかし、身体が覚えているかのように、もう一発叩き入れる。
身体が軽い、とはこのことだろう。誰かに操られているかの如く攻撃を続ける。無我夢中でその顔、胴体に拳をいれる。その時間はまるで一瞬で、それでいて何十分もそうしていたような感覚だった。
「ぐはあっっ」
断末魔のようなものを発し、盗賊は倒れた。その体が地に着いた時、ふわっと光に包まれ、そして消えた。
「うっし!」
彼は拳を固め、小さくガッツポーズをとる。
だが喜ぶのも束の間、隣の方から女の悲鳴が聞こえた。
……これはユーリの声だ。
イサムがその方向を見ると、ユーリが倒れ、ナイフを振りかざした盗賊が彼女を見下ろしている。
マズイッ……!
イサムはそう思ったがもはや遅かった。ナイフが、振り下ろされる……ッ!
「でぁッ!」
ゴン、と鈍い音と共に盗賊が倒れる。先程の奴と同様に、光に包まれ消えた。
小太りで小汚い男が小さな木材を持っている。
彼がそいつの頭を、背後から思い切り殴ったようだ。
ハァハァと息を切らし、小汚い男はユーリに手を差し伸べる。
「だ、大丈夫か……?」
「ええ……。」
ユーリは彼の手を取り、立ち上がる。これにて一件落着のようだ。
……違うッ!アツシさんは!?
イサムは気づき、後ろを振り返る。
アツシと盗賊は互いに距離を取り、均衡状態を保っている。
彼はボクシングのような構えをとって様子を窺っている。
瞬間、双方が近づいた!
盗賊が、長身のアツシの懐に潜り込む……!
寸前に彼の拳が盗賊の頭を揺らした。ガツンと嫌な音がしてその場に倒れ込む。そして、すぐに消えた。
一発かよ……。イサムは苦笑した。
すると、
パパパパーン!!!
勝利のファンファーレが鳴った。
お読み下さりありがとうございます!
この第五話よりストーリーが始まります。不定期更新ですので、気長に待って頂ければ幸いです。