《序の参》女子高生、異世界へ
彼女は恍惚としていた。自分の投稿した写真が評価されるのがたまらなく嬉しかった。『いいね』と書かれた隣の数字が少しずつ増えていく。
…私は評価されている。間違いなくそう思える瞬間だった。
だから、数字が増えなくなると急に不安になる。
この広いネットの世界で自分だけが取り残されたような、誰も自分を見ていないのだと憂鬱になる。周りには誰もいない。雪山の遭難者のようだ。
彼女の名は花山 百合。専門高校に通っている二年生だ。顔はきれいに整い、彫刻のような手足は誰もが美しいと思うだろう。
それ故に、おしとやかな雰囲気に似合わない、派手な金髪とピアスが目立つ。
彼女は優秀な生徒だった。中学生の時は学校で誰よりも賢かった。また、スポーツにも優れ、男どもに徒競走で勝つこともしばしばあった。男女に関わらず、他の生徒は彼女のことを羨望の眼差しで見ていた。
だからこそ、彼女が専門学校に行くと言った時、全員が驚いた。
彼女は元来、着飾るのが好きだった。それは人に認めてもらえるからではなく、鏡に映った自分を見るのが楽しかったからだ。
勉強や運動はただ、偶然得意なだけ。好んでするものではなかった。
おしゃれをした自分を見ると気分が高揚する。別の自分になったような気がする。自分を認めてあげられる。それだけで彼女は嬉しかった。
もちろん、普通の高校に行くことも考えた。彼女の頭脳があれば県で一番の進学校に行けた。そこに行っていれば良い大学にも行けるだろうし、良い会社にも入れるだろう。
けれど、それは私の、本当にやりたいことなの?
人並みに生きて、人並みな生活を送る。私はそんな生活の為に、人生を賭けられるの?そんな生活のために死ぬことができるの?
…考えるだけでゾッとする。
彼女は意を決して教師に報告した。自分は専門学校に行きたい。ファッションについて学びたい。
教師は反対した。教師だけじゃない。友達も、後輩も、親戚にも反対された。
『もったいない』そう言われ続けた。
けれど両親は違った。
「やりたいことをやりなさい。」
二人ともそう言ってくれた。彼女は涙を流しながら「うん。」と答えた。
高校は家の遠くにあったため、一人暮らしをすることになった。両親には感謝してもしきれない。
見返してやる。誰よりも頑張って、この選択が失敗じゃなかったことを証明してやる。
私は正しかった。そう言えるように努力するんだ。
その覚悟をしてこの学校に入学した。
その覚悟をしたはずだった。
入ってすぐ、自分の至らなさを思い知らされた。
少し、驕っていたのかもしれない。自分より賢くない人間を見下していたのかもしれない。
自分は『頭が良いのにここに来た』と。
一見相反する二つの事柄には、全く因果関係が無い。
つまりそんな人間などたくさんいるということだ。
それどころか、むしろ自分の様々なアイデンティティを剥がされ、ファッションという一つの事柄で勝負しなければならないのは、彼女にとって厳しいものだった。
今まで培ってきた知識が何の役にも立たない。
そんな世界だった。
周りを見れば自分より綺麗な人間は山ほどいる。自分より優れた人間がいるなどということは、彼女にとって初めての経験だった。
自分が、とてもちっぽけに思えた。
そんな中、彼女が『良くない』人間とつるむようになったのも、当然の事なのかもしれない。
『彼ら』と一緒にいるようになり、学校を休みがちになった。
代わりに色んな所へ遊びに行った。たくさんの写真を撮った。
そこに映る自分は美しくなかった。自分を認めてあげられなくなった。
あの子よりカワイクない。耐えられなかった。
写真加工アプリを使うようになった。写真に映る自分は格段に美しくなった。あの子よりもカワイイ。私はあの子よりも優れている。
そう思えた。
ネットに自分の顔をあげるようになった。
たくさんの人たちに『いいね』と言われた。もちろん、友達にも。
私は認められているんだ。私は存在していいんだ。
そう思えたんだ…。
当たり前のように、学校の成績は下がっていった。
写真の自分がキレイになる代わりに、現実の自分は汚くなっていった。
本当に汚くなった訳じゃない。現実の自分を認めてやれなくなっただけだ。
けれど彼女はそのことに気づかない。
焦った。周りの人間はどんどんキレイになっていく。知識を身につけ、格好良くなっていく。
差を付けようと髪を染めた。ピアスも着けた。
でも、その中途半端な意識が、彼女をより一層平凡にした。
学校は相変わらず休みがちだ。卒業は出来る程度に行っているが、こんなんじゃダメだ。
このまま私は大人になるの?もしかして、人並みの生活すら送れなくなるんじゃないの?
怖くなった。怖いから、ネットにいる人間に慰めてもらう。
そうしている内に彼女の価値は磨り減っていく……。
『君は世界を救ったことがあるか?』
ネットで広告を見つけた。
そういえば、私がオシャレに目覚めたのはこのゲームがきっかけなんだよね。
小さかった頃、このゲームの主人公を着せ替えるのがとても楽しかった。
魔法使いの装備が可愛かったのを覚えている。
友達に、遊び方を間違えていると言われたこともあったな。
なつかしいな……
バイトで貯めたお金があるな。買ってみよう。
童心に帰るのも大事かもしれない。
現実逃避だと分かっているが、不思議な魅力に取りつかれ、すぐに『ヒロクエ』を買いに店へ向かった。
その帰り道、彼女は小躍りしながら歩いた。
ゲームなんてやるのは久しぶりなんだ。楽しむぞ。
だから、信号が赤になっているのに気づかなかった。
トラックがぶつかる。
もう遅い。私はやるべきことがいっぱいあったのに。ここで死んでしまうの?いやだ、いやだ…
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気づけばそこは酒場だった。天国とも地獄とも思えない場所だ。
周りでは、オシャレとは程遠い人間が酒を飲んでいる。
そもそもあの格好はなんなの?まるで中世ヨーロッパの戦士みたい。
中学生の時に、教科書で見たものを思い出す。
二人、ここには似つかわしくない格好をした男がいた。
まぁどうでもいいことだ。
そんなことよりも、ここはどこなの?一体何が起こったの?
私はトラックに轢かれて、それで……
意味がわからない。夢なのかな。
良く見たら、何となく覚えのある景色だな。懐かしい雰囲気……懐かしい?どうして?
さっき、少し目に留まった二人に話しかけてみよう。
…あっちはダメだな。気持ち悪い。あの背の高いおっさんに聞いてみよう。
「あの、ここって……
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