《七話》いざ、タンブルへ
右、左のどちらを見ても、店が途切れることはなく、人の群れは依然絶えない。通称『城への道』を、彼ら四人は歩いていた。しかし、向かうのは城ではなく、人々とは真逆の国境であった。
少女と、長身の男は本を読みながら歩く。彼らが他の人にぶつからないよう、残りの二人は注意する。
「炎魔法に、氷魔法。へぇ、闇魔法なんてあるんだ。」
ユーリは先程、兵士にもらった教科書から目が離せないようだ。
「こっちは攻撃に使えるようなのは無いなあ。代わりに、補助魔法やら回復魔法ばっかりだ。性にあわんのだが。」
アツシはぶつぶつと文句を垂れながら歩く。
「しかし、これだけ金があっても何を買えばいいんだろう。」
イサムは手帳に書いてある50万Gの文字を見る。
「じゃあ、あそこに寄らないか。」
モリーが、『道具屋』の看板を指さす。彼の提案に三人は乗り、そこへと道を逸れる。
いらっしゃい、と年増の女性の、元気な声が出迎える。
売り物欄には『薬草:HPを回復できる!旅に必須!』と、『魔法ドリンク:MPを回復できる、後衛さんの必需品!』と書かれている。
「あの、薬草と魔法ドリンク、十個ずつ下さい。」
イサムが注文する。
「はいよ!薬草と魔ドリ十個ね!……はい、最近はネロの野郎のせいで物騒だからね。あんたらも気をつけなよ。」
女性は、はきはきとした声で喋る。
「やっぱり、ネロ義賊団ってそんなに問題になってるの?」
ユーリが尋ねる。
「そりゃあさ。噂だと、タンブルは大変な事になってるらしいよ。アタシらは『ソト』に出たりしないから、あんまり関係ないんだけど。」
女性は相変わらずの大声で喋る。
「はい、それじゃあ5万Gね。」
えらく高いな。イサムはそう思ったが、渋々と払った。思ったよりも、この世界の物価は高いらしい。
ありがとうね、との声を背後から受け取り、彼らは店を出る。
「皆ソトって言うけどさ、何なんだろうな。」
アツシが尋ねる。
「ほら、ちょっと昔のやつだと、ゲームで街から出ると、『フィールドマップ』に行くだろう。あれに似たようなもんじゃないか。」
モリーが答える。
フィールドマップ、ここではRPGなどにおける、街や城、ダンジョンなどのシンボルが点在するマップの事を指す。多くは、そのマップでモンスターとの戦闘が起こり、店や宿屋があることは少ない。
「ああなるほど。それじゃ、あれだ。今から、『ビア島』にある、『イスファン』国の領の、なんちゃら城の城下町を出る訳だ。
それで、ここを出たら『ソト』に出て、そこから『タンブル』にある港に行くって訳だな。」
アツシは納得する。
「整理してくれてありがとうございます。そういえば確かに、あの城の名前を聞いていませんでしたね。」
イサムがアツシに向かって言う。
「ビギン城って言うらしいよ。城内に書いてある場所が何個かあったの。」
ユーリがけろっと言う。
「よくそんなのを見てるな。俺は全然気づかなかったぞ……」
そんな雑談をしている内に、人の種類が変わってきた。変わらず、人の群れは絶えないが、鎧を付けた者や、如何にも商人といった風の者が多くなった。
国境が見えた。大きな門が幾つかあり、周りを兵士が守っている。そこには、車のような物から降りる人影が見える。
いよいよ、門の前に着いた。多くの人がここにいる。兵士、『ソト』から来る人物、『ソト』へ行く人物に、品を売る商人……
その中の一人が、彼ら四人に話しかけた。
「やあ兄ちゃんたち。今からタンブルに行くのかい?『魔車』はもうすぐ満員になっちゃうから、急いだ方がいいよ。」
商人と思しき人物である。
「マシャ?」
イサムが尋ねる。
「あんたら魔車も知らずに『ソト』へ出ようとしてたのか?恐ろしい奴だな。ほら、あれが魔車だよ。」
彼は近くの、車のような物を指す。イサムたちが先程、遠目に見たものと同じである。
「あれに乗ればタンブル港までは、一日くらいで着くよ。さあ、あんたら四人だから10万Gだ。はやく乗った乗った。」
彼は四人を急かす。言われるがままに、彼らは車に飛び乗った。
「バスみたいだな。」
イサムはそう呟いた。四人は指定された席に座る。すると、先程の商人が乗ってきて彼らに忠告した。
「あんたら魔車に乗るのは初めてらしいから言っとくけどさ。『ソト』なんだからモンスターに襲われることもあるんだよ。その時は自己責任で頼むぜ。あと、ネロ義賊団に気をつけなよ。」
とんでもない奴だな。イサムは眉をしかめた。
しかし、周りを見ると、傷だらけの顔をした男たちが何人かいる。恐らく彼らは、商人などに雇われた傭兵なのだろう。
なるほど、自己責任というのは暗黙の了解なのか。イサムは理解した。
「それでは、出発します。」
気だるげな運転手の声が聞こえる。ガタガタと不穏な音を発しながら、魔車は発進する。
決して快適とは言えないが、不思議な感覚に、彼らは少し楽しんでいた。
「いやあ、こんなものがあるなんてね。」
ユーリは楽しそうに喋る。
「本当にな。徒歩で行くなんて、とんでもない事を考えていたんだな。」
アツシは答える。
「おおー。あれがモンスターなのか。動物とほとんど変わらないな。」
モリーが窓の外に目を向け、草を食んでいるモンスターを見ながら言う。
「そりゃあサイコが生み出したものなんだろ?サイコが僕らと出身が一緒なら、動物に似るのも当然なんじゃないだろうか。」
イサムは答える。
だらだらと雑談を続ける。いつの間にか、日は沈んでいた。
「なあ、俺はそろそろ寝るよ。今日は大変な一日だったもんで、疲れちまった。」
アツシが言う。そして、すぐに寝息を立て始めた。
「はは。オレも疲れたから寝る。おやすみ。」
モリーが続く。
「私も寝るよ。起きてても仕方ないしね。おやすみ…」
ユーリも目をつぶる。
「ああ、おやすみ、皆。」
イサムが答える。しかし、彼は窓の外を見ていた。
暗い草原を見る。少し見上げると、いくつかの星が見える。光は星と、魔車が放つ無闇に明るいものだけだった。
……疲れたな。本当に今日は疲れた。
僕は何を考えていたっけな。とりあえず、皆に流されてここまで来たような気がする。
そうだ。夢のことを考えていたんだ。ヒロクエの世界に来る前――いや、ここはイデアと言うのか――僕は夢について考えていた。
元の世界での夢。僕の人生を決める、でっかい部分。イデアでは、それはサイコを倒すこと。それが終わったら、僕の夢は無くなってしまうのだろうか。
うん?僕はサイコを倒すことが夢なのか?そもそも、その後、元の世界に戻れなかったらどうしよう。戻ったところでどうしよう。
モブは何してるのかな。僕は明日大学に行けないだろう。というか、しばらく行けないはずだ。両親は何て思うかな。元の世界で僕はどういう扱いになっているのだろう。
失踪?行方不明?人に迷惑をかけていないだろうか。大体、こんな異世界転移なんて事が、未だに信じられない。
……やめよう。どうにもならない事を考えても仕方ない。折角、世界を救おうとゲームを始めたんだ。最後までやってやろうじゃないか。
イサムは、すっと目をつぶる。意識が遠のいていく。黒の世界が彼を包み込む……
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チャラララチャラララ…
その音で彼は目を覚ます。
「お、起きたね。目覚ましに、少し暴れるよ!」
ユーリが杖を構える。
……一体何を言っているんだ?
イサムは首を傾げる。自分の腕には金属が纏われている。
……僕は、何で鎧なんか着て……
周りを見る。剣を構えた男達が数十人。眼前には、どこかで見たことのある、小汚い盗賊のような男が百人ほど。
「まだ寝ぼけてるのか。俺たちは魔車に乗っている途中で、ネロ義賊団に襲われたんだよ。」
アツシが拳を固める。結局、魔法を使う気は無いようだ。
……ああ。そういうことね。ここは戦闘場なのか。
ぐっと剣を握りしめる。
双方が動いた。傭兵たちと盗賊たちが、一斉にぶつかりあう。
四人は慎重に隊列を組んだ。目の前に、数人の盗賊が迫る。
「ぅらあッ!」
およそ一分で、決着が着いた。
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