《序の壱》おっさん、異世界へ
前書きとして、挨拶をさせて頂きたいと思います。
こんにちは。加藤 小判と申します。
たくさんある作品の中から拙作をお読み下さり、感謝感激です。
この小説は私の初投稿作品となります。拙い部分も多々ありますが、読者の方々の小さな娯楽になれれば幸いです。
『君は世界を救ったことがあるか?』
男は、そう謳うゲームのキャッチコピーに心惹かれた。
…それはもう数えきれないほどに。
パイロットとして宇宙人と戦い、魔法使いとして、悪の親玉と戦い、勇者として魔王と戦った。
俺は色んな世界を救ってきたんだ。もちろんこのシリーズもやったよ。
男は心の中でこう答えた。
そのゲームはちょうど40周年らしく、ポスターが店の窓にデカデカと貼られていた。
「もう40年も経つのか。」
歩きながらボソリと呟いてみる。
男の名は古田 敦。50歳手前のサラリーマンである。不気味に高い背を曲げ、だらだらと歩く姿は見る者に異様な印象を与える。
時刻は午前8時。会社へ向かう彼の目にその文句が飛び込んできたのだった。
というのも、このゲーム、『ヒーローズクエスト』は彼が人生で初めて触れた『ゲーム』であり、感慨深いものがあった。
「40年か…」
男は噛み締めるように繰り返す。
…全く時間が経つのは早いものだ。俺がやっていた時のゲームはこんなのじゃあなかった。もっと荒く、色も音も不細工だった。今のヤツは凄いな。こんなものが俺の生きてる内に見られるとはな。
少し前に今風のゲームをやったんだ。
つまらなかった。昔のゲームよりもつまらなかった。
決して今のゲームを貶める訳じゃない。それでも、昔の方が、例え未完成だったとしても、ワクワクした。平凡な少年だった俺を勇者にしてくれた。
時が経つにつれ、俺は勇者じゃなくなっていった。たくさんの魅力的でないものが、俺の目を濁らせていった。
たぶん、俺は大人になっちまったんだろうな。
男は憂鬱なノスタルジアに浸りながら、会社へむかった。
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仕事が終わった。今日はバーにでも寄ろう。明日は休みだし。
「いらっしゃいませ。」と大人びた声が軽く響く。
店内にあまり人はいない。良い感じだ。
彼は一杯のカクテルを飲みながら、自分の名刺を見つめていた。
朝のゲームのことが頭から離れない。いや、ゲームというよりは、それを見た時の感情が彼の心臓を掴まえている。
…俺は何のために生きてるんだろうな。
柄にも無いことを考えてしまう。
金ならある。時間もそれなりにある。だが何のためにそれを使う?
妻や子供がいない俺にとっちゃ、人生は長すぎる。もう腐っちまったこの心に、いくら栄養をやったって意味がない。これからずっと、何もないまま生きるのか?何もないまま死んでいくのか…?
…俺は少年には戻れない。
朝と同じような気分で、たらたらと酒を飲む。
「あまりご気分が優れないようですね。」
マスターが話しかけてきた。ここは行き付けのバーなので、彼とも仲が良い。
「ハハハ…。少し考え込んじまって。」
「お仕事が大変なんですか?」
「いやぁ、俺は少年には戻れないんだなぁって思ってさ。」
自分でも何を言っているのか分からなくなる。
「と言いますと?」
マスターは尋ねる。
「いやさ、朝『ヒロクエ』の広告を見つけてさ。俺もガキの頃やったなぁって。そんで、途端に感傷的になっちまったのよ。」
隠すこともない。思ったままを打ち明けた。
「あぁ、あのゲームですか。私持ってますよ。」
「そうそう、あの……えっ?」
意外な言葉に、頓狂な声が出る。
「景品で当たったんです。でも私ゲームはあまりやらないもので。良かったら差し上げましょうか?」
けろっとした顔でマスターは言う。
「いやでも、俺はもうそんな年じゃないし…。それにあんたが客に対してそういうのはどうなんだ?」
周りの目を気にしながら彼は言う。
「友人として差し上げるのでもダメなのでしょうかね?まぁ要らないと仰るのなら無理強いはしませんが。」
「うーん。」
彼は考えた。確かに、この店の商品じゃないもんな。
それに…
「じゃあ、頂いてもいいかな?」
「ええ。それじゃあ取ってきますね。」
マスターは店の裏側へすたすたと去っていった。
「今持ってるのか…。」
少し困惑した様子で、彼は酒を一口含んだ。
マスターが戻ってきた。
「はい。これですよね。あんまり下向いてばかりでなく、一度世界でも救って気分転換してはいかがですか?」
茶化しながら彼は言う。
「ハハハ…そうだな。やってみるよ。」
無理に笑顔を作ってみた。
しかし、俺はまた勇者になれるんだろうか。このつまらない現実に、少しでも刺激を与えてくれるのだろうか。
…そうは思えないな。
パッケージを見つめながら彼は考えた。
根本的な解決は出来ていないようだ。
彼がウンウン唸っていると、バーが騒がしくなってきた。
彼は少し不機嫌になりながら酒を飲む。相変わらずパッケージを睨んでいる。
しかし、騒がしいのはおさまらない。むしろ、だんだん酷くなってきた。
…どうなってんだ。ここのバーはこんなに人が来るような場所じゃあない。ちょっとは静かに出来ないのか。
我慢が出来なくなり、彼は周囲を見渡す。
小汚ない酒場だった。明らかにバーじゃない。洒落た雰囲気など一切なく、バカ騒ぎしている連中がジョッキにビールを注いでいる。
……どうなってんだ??何だこれは。いったいなんなんだ…
彼の感情は怒りから困惑に変わった。頭の整理が追い付かない。
しかし、確実に見たことのある景色だった。
…思い出した。ここは『ヒロクエ』の酒場だ。
お読み頂きありがとうございます!
不定期更新ですが、頑張っていきたいと思います!