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悪魔の洗礼  作者: 東方博
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「泉さんは婚約者だった一条亜紀さんの心変わりの理由が知りたい。できれば復縁を望んでいらっしゃるーーそういう解釈でよろしいでしょうか」

 改めて言葉にされるとなおさら恥ずかしい。赤面する思いで泉は小さく頷いた。

「でしたら、私も多少はお力になれるかと存じます」

 差し出された名刺には「永野尊」という名前の上に「縁切り屋」とだけ簡潔に記載されていた。素っ気ないが、信頼できると泉は判断した。自分の仕事と腕に自信がないから人は資格やら肩書きを求めるのだ。

「探偵業、対人関係の何でも屋とお考えください」

 縁切り屋。見慣れない単語だが、噂には聞いたことがある。

 いわゆる『別れさせ屋』だ。法律に抵触する恐れがあるので表立っては宣伝しないが、探偵会社が顧客向けにこっそり案内することがある。元カレと復縁したい女性が、元カレと今付き合っている女性に他の魅力的な男性をけしかけ二股をかけさせて破局させる、など一定の需要を見込める商売ーー渡りに船だ。

「改めて、詳しくお話を伺えますか」

「まだあなたに依頼するとは決めていないのですが」

 うまい話には裏がある。泉は慎重に身構えた。法外な料金を請求されてはたまったものではない。

「ええ。ですからご事情を伺うだけです。私がどうお役に立てるかを提案いたします。価格も提示いたしますので、依頼をなさるかどうかはその上でご判断いただければ結構です」

 つまり相談する程度では料金が発生しないということ。相手は心理カウンセラーだ。いわば他人の話を聞くプロ。無料で相談に乗ってくれるというのなら、お言葉に甘えない手はない。もしかしたら何かいい助言がもらえるかもしれない。

「じゃあ、ちょっと聞いてもらえますか」

 泉は身を乗り出して事の顛末を語った。先日も同じ話を散々聞かされただろうに、尊は嫌な顔一つせずに耳を傾けていた。大げさでない程度に相槌を打ち、時折質問を挟む。聞き上手とはこのことを言うのだろう。いつの間にか泉は亜紀との出会いから先日の一方的な婚約解消まで詳しく語っていた。

 一通り泉の話を聞いた後、尊が訊ねた。

「それで、泉さんはなんとおっしゃったのですか?」

「いや何も……だって、理由を聞く前に向こうがさっさと帰ったから」

 我ながら言い訳めいていたが、尊は責める様子もない。むしろ「賢明なご判断です」と泉を褒めた。

「別れ話を持ちかけられた際に『別れたくない』と相手に追いすがれば追いすがるほど、相手は『別れたい』と強く願うようになります。逆にあっさりと受け入れた方が相手は動揺し、気持ちに迷いが生じやすくなります」

「そういうものなのか?」

「心理的リアクタンスとも言いますが、人間は自分の自由が脅かされた時、無意識にその自由を取り戻そうと抵抗します。生徒と教師などの禁断の恋が盛り上がるのも心理的リアクタンスが一因です」

 だから何もしないこと。あからさまに興味を示さないことが重要らしい。

「もし、泉さんが亜紀さんを引き止めていたら、彼女は反発し『別れるための理由』を必死に探したでしょう。結果、亜紀さんの中でも別れたい気持ちが強くなります」

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