六
近所のコンビニで夕食を買って帰宅。一人暮らしの部屋は整理整頓とは程遠い様相を呈していた。昨夜帰宅するなりベッドに直行したせいもあるだろう。床に積まれた洗濯物。丸められただけのコンビニやドラッグストアの袋。台所のシンクには洗い物がたまっている。かろうじてゴミだけは所定の曜日に出して始末している状況だ。
ちゃぶ台と呼んで差し支えない程度の小さいテーブルの上にチラシやらダイレクトメールが無造作に置かれている。今朝、出かけがてらポストから引き抜いた郵便物だ。まとめてゴミ箱に入れてしまえばよかったのだが、それもできなかった。郵便物の中の往復ハガキが目に留まったからだ。
泉は不要な郵便物のたぐいをゴミ箱に放り込んた。テーブルにコンビニ弁当を置き、一緒に買った緑茶のペットボトルを開けて喉に流し込む。さすがに今日は酒を飲む気にはなれなかった。
ひと息ついたところで、送られてきたハガキをつまむ。
(同窓会、ねえ……)
中学校の同窓会の案内。実家から転送されてきていた。
ごく親しかった人とはたまに連絡は取り合っているものの、卒業以来顔を合わせていない。今さら会っても懐かしいという感情がわくか甚だ疑問だ。
それでも先週の泉ならば前向きに出席を検討しただろう。胸を張って出れるだけの余裕があった。しかし、今は。
泉は周囲を見回した。ろくに整理整頓もしていない部屋で、一人コンビニ弁当を食べる自分。とてもじゃないが他人には見せたくない光景だ。会長令嬢の婚約者でなくなっただけでこうも違うのか。
陰鬱なため息が泉の口から出た。私用スマホが着信を知らせたのはその時だった。知らない番号からの着信。少し考えてから泉は通話ボタンをタップした。
『夜分に失礼いたします。泉達也さんでいっしゃいますか。私、永野と申します』
「そうですが、何か」
つい無愛想に応じてしまった。が、相手は気を悪くしたふうもない。
『昨日ご相談いただきました件で、詳しくお話を伺えればと思い、ご連絡させていただきました』
「ちょっと待ってください。なんのことですか?」
低いが明瞭な声。丁寧な物腰。昼過ぎに智香が言っていたナガノとはこの人物と見て間違いはない。とはいえ、泉にはナガノなる男に相談した覚えがなければ、会社や自分の電話番号を教えた覚えもないかった。
「今日、会社に電話をしたのもあなたですか」
『はい。もう一度お会いできればと思ったのですが……重ねて失礼をお詫びいたします』
「何かの間違いじゃないですか? 俺は、」
泉は息を呑んだ。
覚えは、あった。思い出した。
「……バーで会った人」
『さようです。連絡先及び名刺交換をさせていただきました』
脳裏に浮かぶ、たぐいまれな美貌と秘密めいた微笑の青年。肝心要の会話の内容は思い出せないが、たしかに自分はナガノと会った。
『ずいぶんとお酒を飲まれていたので無理はありません。改めてお話を伺う機会をいただけないかと思い、お電話を差し上げました』
状況は大体呑み込めた。次に泉の脳裏に浮かんだのは「詐欺」という二文字だった。
『突然ご連絡差し上げましたので、驚かれるのはごもっともと思います。ご心配でしたら泉さんお一人ではなく、ご友人かどなたか信頼できる方とご一緒ということでも構いません。場所も関東であればどこでも構いません。私の事務所でも結構ですし、喫茶店などでも結構です』
委細、泉に合わせるということだ。ならば会うくらいならいいのではないか。自宅を知られるのは抵抗があるので、駅近辺の店で落ちあうとか。
「念のため確認させてください。昨日、俺が相談したこととは……」
『一条亜紀さんのことです』
最悪の予想が的中。泉は昨夜の自分に苛立った。初対面の男に一体何を言ったのやら。
結局、泉は返事を保留にした。最低でも一晩は置いて落ち着いて考えたい。そう告げるとナガノは「当然です」と快く承諾した。