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悪魔の洗礼  作者: 東方博
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 翌日、泉は最悪な気分で朝を迎えた。

 自棄酒の代償は大きかった。朝から激しい頭痛と嘔吐感に襲われ、起き上がるのもままならない。上司には現場に直行すると平静を装って連絡し、布団から這い出したのが午前九時。小一時間ほどトイレに立てこもり、眠気覚ましにシャワーを浴びてようやく昨夜のことを思い出すだけの余裕が生まれた。

 とはいえ、しこたま酔っていたので記憶もおぼろげだ。

(誰かと……)

 会っていた。何かを話したような気がする。が、思い出そうとすれば頭に鈍痛が襲う。

 自棄酒なんかするもんじゃない。ただでさえ自分は酒に弱いのだから。

 何度目かもわからない後悔を胸に、泉は自宅のアパートを出た。会社支給の車を運転して、得意先に向かう。目立つようにと黄色く塗られた軽自動車は、入社して三年が経過してもダサいと思わざるを得ない。目論見通り、宣伝にはなる。しかし会社が目指すお洒落なイメージとは程遠い。

 泉が勤めているリリアンカンパニーは、そこそこ名の通った企業だった。横須賀のLPガス販売店をふりだしに、ガス事業で発展を遂げた。今では関東全域に営業所を構え、LPガスは無論のこと、LPガスの配送ノウハウを生かしてウォーターサーバーの販売と配送、果ては苺やサニーレタスなどの栽培事業にも取り組む一部上場企業にまで成長した。来年は創業五十周年を迎える。それを記念したパーティで亜紀と自分の婚約も正式に発表するーー予定だった。

 亜紀の澄ました顔が脳裏に浮かび、泉は顔をしかめた。嫌なことを思い出してしまった。

(どうして突然)

 泉にだってプライドがある。別れた女を未練がましく追いかけるような、みっともない男にはなりたくない。が、全く説明もなしに一方的に婚約破棄をされるのも納得がいかない。

(別れることを条件に理由を訊いてみるか)

 しかしそれは最後の手段だ。いくらワガママで性格に多少の問題があろうと会長令嬢。みすみすと逃すつもりはなかった。

 周囲に責められない程度に取り繕ってから、泉は横須賀にある本社に向かった。

「お疲れ様です」

 危険物を扱う営業所に比べて、本社はどこかおっとりとしている。社員の大半が縁故で入社しているせいもあるだろう。典型的な一族経営の会社。一部上場企業といえども実態はそんなものだ。

 自分のデスクに鞄を置くと、向かいの席に座る同期の市川智香がパソコンから顔を上げた。

「メモを置いといたけど、外出中、ナガノさんから電話があったわよ」

「ながの?」

 心当たりはなかった。机に置かれたメモを摘むが「十一時半頃、ナガノ様よりTEL」と書かれているだけで折り返しの電話番号もない。

「男性。二十か三十代くらいだと思うけど……すっごく丁寧な話し方をする人」

 泉は怪訝な顔で首を傾げた。

「用件は?」

「いや、何も。今、泉君はいないって伝えたら『改めてご連絡いたします』って」

「ながのねえ……」

 得意先の担当者にもそんな名前の人はいない。パソコンの立ち上げついでに会社のデータベースを洗ってみるが、やはり「ナガノ」でそれらしき人物はヒットしなかった。

「今度電話があったら連絡先をきいておくね」

「そうしてくれると助かる」

 体調不良に加えて精神的にも釈然としないものを抱えての仕事はどうもはかどらない。午後は適当に業務をこなし、繁忙期でもないので泉は定時で退社した。

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