四(幕間)
青年は永野尊と名乗った。
「みこと?」
「尊敬の『尊』をミコトと読みます」
気障なそれが本名だと言う。嘘である可能性は否めなかったが、たとえ偽名でもいいと泉は思った。目的の前には些細なことだ。そんな泉の考えを見透かして、尊は「嘘など申しません」と約束した。
「あなたと私は共犯です。多少の隠し事はしても、嘘は申しませんよ」
「途中で裏切ることは」
「絶対にいたしません。あなたが私を裏切らない限り」
泉は鼻で笑った。
「そんな保証がどこにあると?」
対面して僅か数秒で永野尊がただならぬ人間であることは悟った。類まれな美貌もさることながら、尊には媚びる様子は微塵もない。ただそこにいるだけで他人を惹きつける。恐ろしく魅力的で、だからこそ油断ならない。
「素性を明かしたのは私なりの誠意です。名前や経歴などいくらでも詐称できますから。お疑いでしたら、どうぞ気の済むまでお調べになってください」
北海道出身。四人兄弟の三男。東京の医大を卒業し、今は心理カウンセラーを生業としている。尊のプロフィールを頭の中に留めておく。後で調べておくためだ。探偵に調査させると本人にも宣言する。
「結構」尊は満足げに言った「それくらい用心深くなくては私の共犯足り得ません」
それから尊は今後の連絡方法から計画の内容まで細かく説明した。なかなか大掛かりで相応の費用と時間がかかるが、実現可能な計画ーー否、泉は弱気な考えを振り払った。可能不可能の問題ではない。やり遂げるのだ。この青年と二人で。
「最後に、もうひとつだけ約束をしてください」
尊は整った指を一本立てた。
「私とあなたは共犯であり、同志です。いわば運命共同体です。目的を果たすまでは誰にも心を奪われないでください」
泉は眉を寄せた。言っていることの意味はわかるが、意図が読めない。
「計画が狂う可能性があります。私は無論、他の誰に対しても、決して心を許さないでください。約束できますか?」
笑い飛ばすには、尊の顔は真剣味を帯びていた。鼻持ちならない余裕はどこにもない。
油断は禁物。だが同志として信用はしてもいいかもしれない。復讐を遂げる時までは。
僅かな逡巡の後、泉は尊に向かって自ら手を差し出した。