二
あの頃は輝いていたーーと、過ぎし日に思いを馳せることが最近多くなってきた。それは取りも直さず現状に満足していないという意味なのだが、泉達也にその自覚はあまりなかった。ただ、自分はここで終わる人間じゃない、とは常々思っている。
自分で言うのも憚られるが、学生時代、泉は他の学生とは「別格」だった。スポーツ万能、成績優秀の文武両道に加えて、クラスの中心的存在だった。体育祭、文化祭などの行事では必ずと言っていいほど代表に選ばれた。季節問わず女子から告白されていたし、卒業式では下級生から強請られて制服のボタンが全てなくなった。
自分から目立とうとしていたわけではない。ただそこにいるだけで泉は周りから認められていたし、期待に応えるだけの器量と能力もあった。
学級委員、生徒会、サッカー部の部長から果ては卒業式の答辞まで、当然のように泉に役目がまわってきた。おかしいと考えたこともなかった。他の凡庸な連中がやるよりは特別な自分がやった方がずっと上手くできるのだから。
新卒で今の会社に入ってからは、さすがに周囲から持ち上げられることはなくなった。しかし同期と比べても有能な新人社員として一目置かれていた。
現会長の一人娘である一条亜紀にだって見初められた。交際を申し込んだのは自分だが、それも形式上のこと。実際は亜紀からアプローチをかけてきたのだ。
(順調過ぎたのかもしれない)
思えば、泉は今まで苦労という苦労をしたことがなかった。大抵のことならそつなくこなせるだけの器用さもあった。
こうしてーー場末のバーで自棄酒を飲むことなんてなかった。
「捨てられちゃったんだ」
バーのマスターがどこか楽しげに言う。悪気がないだけに余計質が悪かった。泉はウイスキーを喉に流し込み「そうだよ」と投げやりに認めた。
婚約破棄。指輪まで交わしたというのに。自分は捨てられたのだ。ボロ屑のように。
安っぽいドラマでありそうな展開だ。これが他人事だったならば泉も笑っていただろう。が、哀しいかなこれはまぎれもない現実で、泉は当事者だった。
「愛想つかされたんだね」
「だからといっていきなり一方的に婚約破棄はないだろ」
会えない分、連絡もこまめにしていた。亜紀からの返信が遅れがちになってきたのは数週間ほど前からだ。その頃に何かがあったのだと今更気づいても遅かった。
「会長令嬢だよね? 会長の不興を買ったとか」
「それはない」
断言できる。会社でも私生活でも注意は払っていた。そもそも泉は本部とはいえ現場の人間で、会長とはさほど関わらない。不興を買うほどの影響力がないと言ってもいい。
泉はカウンター席に突っ伏し、重く深いため息を吐いた。
「おー先生、久しぶり」
頭上でマスターの声。人の気配に振り向き、泉はたっぷり十秒は固まった。