二十四
永野尊と落ち合ったのは、着手金を振り込んでから一週間が経過した頃だった。定時連絡にしては早過ぎる。何か問題が発生したのかと身構える泉に、尊はこともなげに報告した。
「亜紀さんと別れるそうです」
「早っ!」
野田よ、もう少し頑張れ。大金を注ぎ込んだ泉はそう思わずにはいられない。いや、げに恐ろしきは目の前の青年だ。
「一体、どんな手を?」
「彼がお勤めの書店で聖書を注文しました」
なるほど。泉は一つ頷き、黙して待った。尊の華麗なる手練手管が披露されるのを。しかし一向に尊は語ろうとしない。焦れた泉が「それで?」と続きを促した。
「店に在庫がなかったので取り寄せてもらい、後日購入しました。その際に彼との食事を取り付けて」
「ちょっと待て」そのまま当たり前のように流されそうだったので、泉は止めた「ほぼ初対面でどうやって食事に誘ったんだ」
「ちょうど近くにドイツの地ビールが売りの居酒屋がオープンしたので、この後いかがですかと」
「それで野田はホイホイついて行ったのか」
「よほどビールがお好きなのでしょうね」
絶対違う。好きなら一人でも行くはずだ。だいたい亜紀はどうした。交際しているのではないのか。
「誤解されているようですが、誘ったのは私ではなく野田さんの方です」
「……野田が?」
「はい。野田さんが」
「あんたを?」
「私を」
絶句した泉には頓着せずに、尊は「それで泉さんにお越しいただいた次第です」と本題に入った。
正確には、相談事をメールで済ませようとした尊に対して、泉が直接会って話を聞きたいと希望したのだ。亜紀とのデートがなくなった分、時間は空いている。さしあたってやらなければならない用事も、イベントもない。それよりも尊と会って話をしていた方が気分はいい。
(それにしても)
泉は珈琲を飲みつつ、向かいの尊を盗み見た。
(一週間で陥落させるとは思わなかった)
整い過ぎた白い顔。薄い唇が描く、謎めいた微笑。泉は唾を飲み込んだ。男であることが惜しいーーいや、好都合かもしれない。女だったら早々に誰かのものになっていた。
「当初の予定では、野田さんには手酷い方法で亜紀さんを捨てていただくはずでしたが、思いの外彼は真面目な方のようです。このままでは話し合いで円満な別れを」
「それは困る」
亜紀に対する私怨もさることながら、ヨリを戻すためには相当に傷ついてもらう必要がある。円満に別れてもらっては困るのだ。
「なんとか引き延ばせないのか? 野田が亜紀を嫌うように仕向けるとか、上手く泥沼化するように」
尊はほんの少しだけ考える素振りを見せた。
「では、しばらく焦らすことにいたしましょう」




