二十二(幕間)
※直接的な表現はありませんが、苦手な方はご注意ください。
終業を告げるチャイム。終わりの会。クラスメイト同士でかわす、おざなりな「さようなら」という挨拶。帰宅を急くような夕方五時の鐘。昇るのは遅いくせに、さっさと沈んでしまう太陽。
尊を憂鬱にさせるものはたくさんあるが、中でも「夜」は最たるものだった。落日の瞬間は叫び出したい衝動をいつも堪えていた。
永野尊は幼いころから四兄弟の内で異彩を放っていた。比較することすらためらう程整った顔立ち。色は白く、体は細かった。その場にいるだけで人目を惹き、自然と足を止めさせるだけの魅力に満ちていた。
頭も良かった。一を聞けば十を悟る上に、記憶力も良かった。地元の小学校では常に一番。都内有数の進学校への転校を勧められたことも何度かあった。が、家族の誰一人として、尊を東京に行かせようとはしなかった。金銭的に困窮していたわけではない。手元から離すことを嫌ったからだ。
「ミコは別格よ」祖母の朋恵はことあるごとに言った「聡明で高潔、気品もあるわ。まるでお祖父様が生まれ変わったようね」
尊の高祖父にあたる永野周一郎は一代で製薬会社を築き、世界に通用する企業にまで育て上げた立志伝中の人だ。頭は言うまでもなく優秀、たいそうな美男子で「人たらし」だったと祖母は語る。偉大な祖先と並べられた尊は、幼心に気恥ずかしさと誇らしさを覚えた。
それも、遠い昔の出来事だった。何も知らなかった、無邪気な自分。世界は自分を中心に回っていると思い上がっていた。今では、どうしようもなく愚かな考えだと尊は嘲笑う。世界どころか自分の身ですら自由にならないというのに。
早めの夕食を終えたら、すぐさま自室に引きこもる。誰とも会いたくはなかった。学校の宿題に取り掛かる。週に二度、家庭教師に教えてもらっている尊にすれば公立小学校の漢字や計算プリントなんてお遊びだ。すぐさま終えて、空いた時間に祖母から借りた本を読む。このひとときだけが尊にとって安寧の時間だった。
(夜なんて来なければいい)
切実に尊は願った。豪勢な食事も家庭教師も高級ブランドの服もいらない。家族なんていなければいい。何もかも消えてしまえばいい。
町一番の大きな屋敷は尊にとって牢獄だった。夜は処刑の時刻。さしずめ自分は死刑執行を待つ罪人か、屠殺される家畜か。
背中に声を掛けられる。ノックもなく侵入される不躾さは今更だった。
「ミコ、風呂入るぞ」
尊は緩慢とした動作で栞を挟んで本を閉じた。兄に先導されるように浴室へと向かう。
入浴の次はいよいよ『処刑』だ。相手が変わるだけで毎夜毎夜やることは大して変わらない。一人の時もあるし、三人の時もある。決まっているのは、尊は完膚なきまでに痛めつけられることだ。
初めて犯された時は頭が真っ白になった。衝撃と激痛、そして恥辱。まだ性に対する知識はなかったが、自分がおぞましいことをされている認識はあった。誰にも知られてはならないことだと本能的に察し、口を噤んだ。
その日から尊は徹底的に蹂躙された。聡明さも気高さも、圧倒的な力の前では関係なかった。祖母が褒めそやした尊は、実のところ無力な少年に過ぎなかった。父も、兄もーー家族の誰も助けてはくれなかった。それどころか我もと争うように尊に襲いかかってきた。
気を失うほどの苦痛の中で尊は悟った。倫理や矜持などに意味はない。美しいから何だ。清らかだと何の役に立つ。必要なのは力であり、現状を打破するための知恵、そして生き抜くためのしたたかさだ。




