十七
泉は改めて調査書を凝視した。ほぼ同い年でしかも相手は正規雇用ではない。アルバイトを掛け持ちしているのだから給料も安いのだろう。自分が劣っているとは思えなかった。
「解決策を講じるにあたって、確認させていただきたいのですが、泉さんご自身はどうなさりたいのでしょうか?」
質問の意図をはかりかねる泉に、尊は柔らかく微笑んだ。
「ありていに申し上げれば、亜紀さんとヨリを戻したいのか、それとも浮気の証拠を掴み、婚約破棄で訴えて慰謝料を請求なさりたいのか」
「それは……」
「婚約破棄で訴えた場合、亜紀さんとの関係修復は望めなくなります。仮にも会長のご令嬢を訴えるわけですから、一条家を敵に回すことにもなりかねません。現在、泉さんがお勤めの会社にも居づらくなるかと」
思わず眉間に皺が寄る。裁判沙汰にでもなれば間違いなく解雇される。今の泉はただの平社員だ。解雇理由なんていくらでもでっち上げられるだろう。真っ向から戦うのは得策ではない。
となれば、残るは亜紀との関係修復だ。野田とかいう男と破局すれば泉にもチャンスはある。
「あのー……亜紀とこの男を別れさせる、とかってできます?」
「可能です」
あまりにも簡単に答えるので泉は「マジで?」と素っ頓狂な声をあげた。
「マジです」
「いや、でも……本当に?」
「先ほど申しました通り、美人は三日で飽きますから。野田氏に接触し、より彼の『好み』に近い人間をあてがえば、いずれ心変わりするでしょう。そうなれば必然的に野田氏は亜紀さんと別れることになります」
「でも、それでも野田は亜紀と別れないかも」
一時的な好意は長続きしない、とはつい先ほど尊自身が言ったことだ。会長令嬢にして次期社長の亜紀を捨ててパッと出の好みの女性を選ぶとは考えられなかった。
「亜紀さんと張り合う必要はありません。たった一度でいいのです。野田氏が亜紀さん以外の人間に一度でも心を寄せれば、それは立派な浮気です。仮に亜紀さんが赦したとしても、一条会長は赦さないでしょう」
たしかに。亜紀の父、一条忠雄は厳格な人物だ。倫理に反する者をーーましてや、自分の娘を裏切った男を赦しはしないだろう。
理路整然と語る尊を泉は頼もしいと思った。が、そんな泉の期待を裏切るかのように、尊はすげなく言った。
「とはいえ、現実的には難しいでしょう」
なんで、と言いかけて泉は口をつぐんだ。これ以上尊に察しが悪いと思われたくはなかった。少し考え、訊ねる。
「費用がかかるから?」
別れさせるための工作にいくらかかるのかはわからない。しかし手間と難易度からして素行調査よりは格段に高いはずだ。
尊は小さく首を横に振った。




