十一
二週間後、泉は喫茶店で調査書を受け取ることになった。前回の反省を踏まえて、表参道の比較的お洒落な店を選んだ。亜紀に教えてもらった店だ。客もそれなりにグレードが高いので、ファミレスの時のようにあからさまに興味を示さないーーと思っていた。
結論を言えば、場所を変えた意味は全くなかった。
永野尊の姿を見た瞬間、泉は息をするのを忘れる。彼のいるところだけスポットライトが当たっているようだった。店内にいたほぼ全ての者が尊に釘付けになる。が、当の本人はまるで頓着せずに泉の席へと真っ直ぐに向かった。
「お待たせいたしました」
「いや、今着いたばっかりだから」
女性は無論だが、どういうわけか男性からの視線が特に痛いーー心地良い痛さだった。誰もが羨むような美貌の青年と会話しているこの状況。自分までもがスポットライトに照らされているようだった。
「早速ですが調査の結果をご報告させていただきます」
「その前に料金の件なんですけど」
泉は鞄からファイルを取り出そうとした尊を手で制した。
「本当に五万でいいんですか?」
五万円しか今は用意がない。後から請求されても困る。泉の懸念を知ってか知らずか、尊は「今回の調査では、五万以上は請求いたしません」と誓うかのように明確に答えた。
「先方の承諾もいただきましたので、先にご説明いたしましょう。三週間、居酒屋であなたと会ったのは偶然ではありません」
「は?」
「ある方のご依頼で、あなたと接触しました」
「俺のことを調べていたってこと?」
途端、尊は小さく笑った。
「違いますよ。私が調べていたのは一条亜紀さんです」
亜紀の素行調査をしていたのだという。例の婚約解消を言い渡された現場も尊は目撃していた。つまり、彼も近くにいたのだ。そんな馬鹿な。
「全然気付きませんでした……」
「変装は得意なもので」
にわかには信じがたいことだった。しかし、そう考えれば尊がこんなにもたやすく接触してきたのも頷ける。以前から自分のことを知っていたからだ。
「泉さんからお話を伺った後、私の依頼主に報告しましたら一条亜紀さんの素行調査結果を共有しても構わないとのことでした」
「その依頼主というのは誰ですか」
一応、元婚約者として亜紀の素行を調べる目的が、気になるところだ。
「申し訳ないのですが、お答えはいたしかねます」
「でも向こうは亜紀と俺のことを知っているんでしょう? 不公平じゃないですか」
「おっしゃることはごもっともです。ですから、正体を明かさない代わりに素行調査結果を破格でお譲りくださるそうです」
尊は丁寧だが、はっきりとした声音で告げた。
「依頼主の名誉のために申し上げますが、決して亜紀さんを陥れようとしての調査ではありませんし、亜紀さんが突然婚約を解消したことと依頼主に因果関係はありません。本来であれば知らぬ存ぜぬで調査を進めるところを、依頼主の厚意で情報の共有をご提案したのです。こちらの事情をご理解いただけないでしょうか」
「まあ……たしかに俺は助かりますけど」
どうも釈然としない。見ず知らずの他人の厚意に甘えて、あとで痛い目を見ることはないのだろうか。
「では、調査結果をご覧になるのはやめますか」




