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悪魔の洗礼  作者: 東方博
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十(幕間)

 一条亜紀。

 二十四歳。リリアンカンパニーの創業者にして現会長、一条忠雄の一人娘。お茶ノ水女子大学部卒業後、リリアンカンパニーに就職。明確に発表されてはいないが、それが何を意味するかは誰もが知っている。しかるべき経験を積ませた後、社長の座に据えるつもりだ。

 本人もそのつもりらしく、新規プロジェクトの立ち上げに参加し休日返上で精力的に働いてる。まさに一線で活躍する女性だ。

 そんなサラブレッドが何故、泉達也のような凡庸な男性を伴侶に選んだのかは謎ではある。泉は「同期入社だからそれなりに親交はあった。同期の飲み会帰りに二人で飲んだら意気投合して交際に発展した」と言っていたが、はてさてどこまでが真実なのか。

 結婚観に関していえば、一般的な男性のそれは女性よりも古く、現実味がない。女性は介護や料理など家事全般を担う代わりに、男性に安定した収入を求める。恋愛結婚と言っても少なからず打算があるのだ。

 対して男性は、恋愛や献身を重視しがちだ。かいがいしく自分を世話してくれる女性。帰宅したら手料理で出迎え、仕事の愚痴を聞いてくれる理想の女性を求める。

 夢を見るのは自由だが、そんな理想的な妻を迎えるには相当な稼ぎがないと実現しない。四十のフリーター独身男性が「妻の手料理が食べたい」と願ったところで叶う可能性はほぼないのだ。にもかかわらず、平然と自分よりも十も二十も若い女性を求める様は滑稽としか言いようがない。

 その点、泉達也は正社員でまだ若い。市場価値は今後の期待も含めて、まだある方だ。

 しかし、次期社長の亜紀にしてみればどうだろう。将来の収入は言うに及ばず。かといって家庭的でも精神的に支えてくれるわけでもない。客観的に見て釣り合いの取れていない二人だった。

 何も泉達也が身分不相応であることを責めているのではない。実情がどうであれ当人同士が納得しているのであれば外野がとやかく言うことでないのだから。

 問題なのは、泉がそれを全く認識していないことだ。自分を客観的に見ることなく、好調な時はそれを当然と受け止め、今回のように困難な時を迎えると他人のせいにし不遇を嘆く。今までが恵まれていたのだとは露ほども考えない。自分に非があるとは思いもしない。

(自分を正しく認識していない)

 調査書をテーブルに放り投げ、嘆息した。

(だから他人も正しく認識できない。だから間違う。過ちを犯しても気づかないし、悔い改めもしない)

 結論は自ずと導き出された。

(……昔と、何も変わっていない)

 ただ無知さ故の自信と自尊心だけをぶくぶくと肥えさせているだけ。だが、そろそろ無知のままでは許されないーー許しはしない。

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